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4話 死はどこに



「誰だお前は!」


 静寂を破るエイゼルの声。黒髪の青年は何も言わずにエイゼルの方へ向き直った。


「答えろ!」


 エイゼルは一変して、標的を私から黒髪の青年に変えていた。何度も罵詈雑言を捲し立てるが、青年はじっとしたままだった。


 黒髪の青年は救世主というには少し様子がおかしい。左脚の無くなった私を見ても動揺すらしていなかった。

振舞いに意思が感じられない。例えるなら……無?そうだ、喜怒哀楽のどれでもないのだ。

 あの瞳の奥に感情が見えない。機械よりも無機質めいた、生物としてのあらゆる機能を削ぎ落とした何かに思えた。


 人が纏う雰囲気に恐怖したのは初めてだった。


 急に視界が大きく揺れる。出血で頭が朦朧とし意識が飛び掛けた。上半身を起こしているのも辛くなり、バタリと横に倒れた。

足許は大きな血溜まりが出来ていた。今も尚拡がり続けている。


 歯を食い縛る。応急措置まで頭が回らないが、取り敢えず傷口を両手で強く抑えた。せめて行く末を見届けなくては。


 フッと消えそうな意識の中、青年から音が鳴った。


 何かの言葉を口にしたのだが、その言葉が全く理解出来ない。聞き取れなかった?いや、違う。


「何て言ったんだお前……」


やっぱりそうだ、言語が違う。


「―――――――――――」


 謎の青年は何かを喋りあぁと声を漏らす。諦めのような納得のようなニュアンスに聞こえた。

頭を抱え独り言を呟く声は弱々しかった。


「何なんだよこいつ……!?」


 エイゼルは行き場の無い疑問を吐き出していた。エイゼルは私を見てはすぐに青年に視線を戻した。


「ああもう邪魔だ!そこを退け!」


 エイゼルは右腕に霧を集める。私に止めを刺しに来た。あの槍は既に消えていて、線状の黒い霧が新たに構成された。


 青年はというと、堂々とエイゼルに歩み寄った。


「……え」


「近寄るんじゃねえ!」


 エイゼルは警戒心を露にし、大声で相手を警告する。エイゼルが一歩後退する度に青年は一歩前へ踏み出す。


異能(スキル)が怖くないのか?青年は華奢な体格な上、武器も見当たらない。戦闘においてはまるで素人のようにしか見えない。


 青年との距離が狭まるにつれてエイゼルの顔が大きく歪んでいく。互いの距離が2メートル程まで近付いた時、エイゼルは右腕の霧を放出した。


 線状の霧が青年の左胸を貫通する。そして、物体に触れると粒子が拡散する破壊の霧の性質が、彼の体内で発動する。小規模の爆発で傷口から更に血が溢れだした。


 青年は膝を付いた。身体の内側がやられてしまった。もう心臓もグチャグチャになっているはず。


 終わった──その私の予想を裏切って、青年はゆっくりと立ち上がった。


「は?」

「えっ……?」


 何事も無かったかのようにまたエイゼルに近付く。エイゼルは飛び出す程に目を見開いて青ざめた顔で絶叫する。


「あ……うあああああっ!?」


 剣で袈裟懸けに青年を斬り付けた。返り血がエイゼルの手に付着する。青年は前のめりに倒れ伏した。のだが、またも直ぐに立ち上がる。

 エイゼルは勢いよく背後に跳躍し右腕に霧を集めていた。エイゼルは息を大きく乱し左手で口を覆った。ようく目を凝らすとその左手は震えていた。


 何だ、何が起きている?私だけ置いてきぼりだ。エイゼルは何故あんなにも怖がっている。あの青年は一体何をした。どうしてまだ立ち上がれる。


「消えろ……消えろ消えろ!気色悪いんだよ!消え失せろ!」


 エイゼルは右手を天に伸ばす。掌の上で霧が螺旋を描き細長く伸びていく。黒い霧は長槍の形になり、全長は人の背丈を優に超していた。穂が全体の1/3を占め、穂の中央には核のような膨らみがあった。きっと霧を溜め込むことを目的としているのだろう。


 エイゼルが腕を振り下ろすと、宙に浮かぶ槍は周囲の空気を巻き込みながら発射された。黒く禍々しい槍は青年の腹部に深く突き刺さると同時に、核の部分が体内で爆散した。


 爆発は轟音と衝撃波になって私を襲う。


 青年の身体は地面を離れ、私の横を一瞬で通り過ぎる。背後で二回、ダンという叩き付けられるような音が聞こえた。


 首を背後に向けると青年は腹部の大半が無くなっていた。上半身と下半身は殆ど繋がっていない。床には大量の赤い斑点と肉片が広がっており、壁には水風船を投げたかのような真っ赤な円と赤い線が描かれていた。


 私は左脚を抑えながらただひたすらグロテスクな光景を目の当たりにしていた。開いた口が塞がらなかった。こんなにも無惨な姿で殺されてしまうなんて。



――何だこの違和感は?



 身体の前面は抉られるように無くなり、お腹周りは臓物が飛び出ている。ピクリとも身体を動かしていない。


 それなのに何かがおかしい。間違いなく不足している。彼の死体にあるはずのものが無い気がする。


「…………血が」


 血が流れていない?私は今も尚血が止まらないのに、どうして彼はもう止血しているの?


「……え?」


 凭れ掛かっていた彼の首が壁から離れた。


「え……ぇ」


 彼は両腕で胸からお腹へゆっくりと手を翳すと、丸見えになった肉の部分から赤と肌色の物体が膨れ上がる。一定の大きさで増幅は止まった。それは、人の身体のサイズまでだった。

 更に服も破れ目からじわじわと生地が生えてくる。徐々に伸びていった服に血は疎か破けた箇所がどこにも存在しなかった。


 五体満足で無事そのものだった。痛くなるほど強く目を閉じて確認しても結果は同じ。彼は生きている。


 私は気付く。常識を覆すもの、それは一つしかないことに。


「──彼の異能(スキル)は……不死身……!」


 青年は何も語らない。しかし身体を見れば一目瞭然だった。


「──なんで」


 エイゼルの声だ。私は首を戻した。顔中に汗をかき肩で息をしており、剣を支えにして立っていた。


「何なんだよ」


 赤く火照っていた頬が段々青ざめていく。終始右腕に纏っていた破壊の霧は完全に晴れていた。青年の方を振り返ると壁に凭れ掛かったまま明後日の方向を眺めていた。エイゼルに近寄る気配は無かった。


「……セルシア・アリア。そいつはお前の仲間か?」

「見て……分かるでしょ?」

「ああ、ちっとも見えねえよ。無駄なこと聞いて悪かったな」


 お互い苛立ち混じりに答えた。そして長い沈黙が訪れた。張り詰めた空気を乱す者はこの場にはいなかった。


 エイゼルはもう戦う気力が失せていた。剣を鞘に仕舞い、左手で目元を抑えていた。


 青年は此方を見据えていた。しかしエイゼルにも私にも視線は向いていなかった。ただ真っ直ぐ前だけを、前髪に覆われた漆黒の瞳がつまらなそうに見ていた。


 長く続く沈黙は突然の来訪者によって終わりを迎えた。


「エイゼル!」


 突如エイゼルの背後から丸い円が現れ、気の強そうな女性の声が聞こえた。

 空間に差し込まれた直径一メートル程の円。円の内側には部屋とは別の景色が広がっており、円の奥からエイゼルを覗く者が数名確認出来た。


「──じゃあな化け物ども」


 エイゼルは円を跨ぎ振り返る。


「今度は亡霊の姿で会いに来い」


 目の隈に陰を増やし私達二人を睨み付けた。円は瞬く間に縮小し、数秒後に空間から消滅した。



 そうして、二人だけが残された。



 視線を感じて振り向くと、青年の視線は左脚に向いていた。すると、ゆらゆらと身体をよろけさせながら立ち上がった。


「何するつもり……」


 青年は歩み寄る。私は剣を探す。エイゼルの攻撃を受けたときに離してしまった自分の剣は、手の届く距離より遠くにあった。


 青年から逃げるように惨めに這いずり、剣を掴んだ。


 瞬時に振り返ると目の前の青年を見上げていた。漆黒の前髪に遮られていた瞳が露になる。まるで硝子細工のように綺麗だった。目が合うと金縛りみたいに腕は動かなかった。


 瞳に吸い込まれそうだった。釘付けにされたままの私に彼は手を伸ばした。


「―――――――――」


 差し伸べられた右手を呆然と眺める。彼は哀れむような目で優しく見詰めていた。ゆっくりと膝を着き目線を合わせてくれた。


緊張が一気にほぐれ、ほっと胸を撫で下ろした。敵意は無い。それどころか、なんだ、普通じゃないか。

彼にはちゃんと感情が備わっている。私と同じように生きている。


「……助けてくれるの?」


 彼は首を傾けた。でもきっと、彼の



 その瞬間、左脚に熱が籠る感覚がし、すぐに失ったはずの脚に目を向ける。


「嘘──」


 失った脚の断面から赤と肌色の物質が肥大していく。物質は真っ直ぐに伸びて、右足の踵の長さで上向きに曲がる。膨れ上がった物質は凝縮し丸みを帯び、先端は五つに別れる。


 何度か瞬きをしていたら、傷一つ無い艶のある肌の私の左脚が生えていた。膝下が無くなった軍服までもがしっかりと全身が新品同様の状態になっていた。ただ唯一、左足は裸足のままであった。


 足の指は自由に動かせるし、膝を曲げて痛みはない。


 この異能(スキル)は不死身じゃない。自他共に傷を癒せる力だ。


「治癒の異能(スキル)……!」


 凄い、凄すぎる。歴史上まだ誰一人として発現してなかった異能(スキル)だ。彼がこの世で初めて手にした。高揚が抑えきれない。その恩寵を受けてしまった。


 貧血気味だったのにクラクラしたり頭痛もなくなった。むしろ力がみなぎってくる。怪我をする前より健康になった。

 溢れ出る感謝の意を伝えたい。顔を上げた。きっと彼は微笑んでいてくれるものだと思ってた。



 彼は和らげな表情でも、笑顔でもなかった。眉に皺を寄せ私から身を引いていた。まるで、目の前で起きたことが予想外だったように。



「怪我が……治った……?」



 彼が答えた。


「あなた今、『怪我が治った』って言った?」


 何の前触れもなく自分と同じ言語を話すようになった。それに、自分の異能(スキル)に驚いている。私を治すためにあなたが使ったのに?


 彼の顔を下から見つめていたが、自分の問い掛けに返事が返って来ることはなかった。


 彼が口を開こうとした瞬間に銃声が響き、肉が潰れる耳障りな音が通り過ぎた。


 彼の右の後頭部が爆ぜて血が飛び散った。倒れこむ彼の身体を慌てて受け止めたが、既に気を失っていた。




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