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2話 建国記念日

 もたれ掛かっていた壁から背を離し、口許を手で隠しあくびを噛み殺した。

扉から出てきた軍人達は駆け足で曲がり角の奥に姿を消してしまった。


 入れ替わるように曲がり角から現れたのはワゴンを押す給仕達の姿。ドームカバーに覆われた料理は次々と大広間の中に運ばれ、白いテーブルクロスの上に並べられていく。


 目の前を通り掛かる度に食欲をそそる香りが意図せず襲い掛かる。呼吸を止めるべきか切実に悩んだ。


「退屈だ」扉の横に立つシューヤは室内を覗き見ながら不満そうにぼやく。

「今何時?」

 眼鏡を掛けた青い髪のシューヤは隣にいるビークンに尋ねた。ビークンは黒髪にお下げの女の子で背丈は私達二人よりも頭一つ小さい。ビークンは気だるげに懐からチェーンの付いた懐中時計を取り出した。


「……七時丁度です。もうすぐ始まります」

 ビークンは懐中時計をしまい、俯いてつまらなそうに床に爪先を擦り付けていた。

「お前も気の毒だな。こんなところで毎年誕生日を終える訳だし」

「別に同情なんていらないです」


 私はビークンの頭を優しく撫でた。

「来週はどこか出掛けよ。好きなの買ってあげるから。ね?」

「はい……」

 嬉しそうな返事は返ってこなかった。


「つーか、室内側のやつら何処に行っちまったんだよ」

「どうして私達には連絡もないのかしらね」

「俺らじゃなくて内側のやつらが呼び出されるってのも変だよな」

 シューヤも同じく違和感を感じているようだ。


 どうして態々彼らをこの場から離れさせたのだろうか。仮に何処かでトラブルがあったとしても、近くで騒がしい様子もない。

無駄だと分かっていても周囲を見渡した。ビークンは話に興味がないとばかりにずっと床をいじっていた。


「――二人とも」

 曲がり角からある人物の気配を察知した。態度を一変させ低い声で二人を呼ぶ。どちらも察して背筋を伸ばし手を後ろに組んだ。

 数秒後、曲がり角の奥からぞろぞろと足音が近付いてきた。そこそこの大所帯のようだ。


 しばらくして現れたのは、体格はがっちりと筋肉質で白髪交じりの栗毛の男と、十人程の青年達の姿だった。後ろに連れているのは、ちょうど一ヶ月程前に入隊したばかりの訓練生だ。その証拠にシワもほつれの一つない黒の制服を身に纏っている。


「お疲れ様です隊長」

 先頭を歩くジェイ隊長に会釈し隣の二人も同じく続いた。

「ああ、ご苦労」

 片手を上げ快く挨拶を返してくれた。


 隊長は到着するや否や、背後に控えていた訓練生を大広間の中へ移動させた。出ていった者の代わりだろうか。


「何かあったんですか?」

「ああ、急で悪いんだが配置替えになったんだ。大広間を私が担当するから、君達は北門へ向かってくれ」


 配置替えなど初めての事だった。私達三人はお互いに顔を見合わせた。


 話を伺うと、パーティーに招待されていた方が城へ向かう途中で事故があったそうだ。詳細は有耶無耶にされたが怪我人は幸いにもいないようで、迎えと事故現場の復旧の為何人か人員を割いたとのこと。


「――それと事故の原因はまだはっきりしてない。人為的な可能性を考慮し警戒をより強めることになった。速やかに行動してくれ」


 三人全員で返事をした。しかしシューヤは納得していないようで、「直接来る前に連絡してくれても良かったのでは?」

と尋ねた。隊長はバツが悪そうに目線を逸らした。


「あー……いや、すまない。実は通信機をどこかに置いてきてしまったようでな」

「えぇ……?」驚嘆の声を上げたのはビークンだった。

「珍しいですね……。隊長がそんなミスをするなんて」

「連絡する際に気付いて、探す暇も無く今に至るという訳だ。面目無い」


 規律に厳しく抜け目のない隊長からは想像出来なかった。明日は雪でも降りそうだ。


 そうこうしてる内に、廊下の奥から国の重鎮達が続々と姿を現した。お喋りしてる暇はないみたい。


「私のを使ってください」膝につけた通信機を取り隊長に渡す。

「悪い、明日必ず返そう」


 隊長に別れを告げ、私達三人は北門へ向かった。




 迷路のように長い廊下を駆け抜ける。既に1分以上は走っているがまだ外に辿り着けていなかった。こうも無駄に広いから何人も見張りや護衛が必要になるのだ。もっと小さな会場でやってくれないだろうか。


 仕事の不満を抱えながら階段前を通り掛かった。その時、視界の端に映った物が気になり立ち止まった。


「どうした?」


 シューヤに呼び掛けられるが振り返らず来た道を戻っていく。階段前まで戻りそこに落ちてた物を拾い上げた。


「これ――」


 私は手にしたそれを二人にはっきりと見えるように付き出した。


「通信機!?」シューヤは驚嘆の声を上げた。


私が手にしていたのは壊れた通信機だった。中央が粉々に砕けており、何か硬いもので衝撃を与えられたに違いない。


「まさか、隊長のですか?」ビークンが訊ねる。

「それしか考えられないけど、まさかそんな……」

「待て待て、通信機を気付かれずに盗んだって?あの隊長から?」

「そうね。かなり前から侵入してるのかも……」

「敵の気配は?」

「分からない。それに、そこまで隠密行動に長けているなら尚更気付けない」


 シューヤは歯噛みした。ビークンはオロオロと狼狽えながら私とシューヤを交互に見ていた。


「すぐに大広間に戻らなきゃ」

「ああ、狙いはそこだろう。ビークンはすぐに使えるよう準備しとけ!」

「はい!」


 シューヤは通信機を取り出し走りながら連絡を取りはじめた。ビークンはその背中を追った。

 通信機を盗んで壊す、危険を犯してまでただ悪戯をするだけなんてことはないだろう。絶対に別の目的があるはずだ。


 二人に追い付くように全速力で足を踏み出した瞬間、背筋を冷たい何かに撫でられるような不気味な気配を感じた。

 勢いよく背後を振り返る。反射的に腰に下げた剣に手を掛け、城の階段前で立ち尽くした。視線を階段の踊り場へ移すが当然そこには誰もいない。


「――上にいる」

「へ?」


 私はビークンの元まで追い付くと、壊れた通信機を強引に押し付け、階段前まで逆走する。


「上に敵がいる。二人は一度大広間に戻って様子を見てきて」

「えっ、ちょっと待ってくださいよ!」

「私は先に行くから」階段を静かに駆け上がった。


シューヤは通信を切り溜め息をついた。

「あいつ……、行くぞビークン」

シューヤはビークンの腕を掴んで走り出した。

「ええ!?ちょっと!」




 間違いない。すぐ近くに敵がいる。更に未知の薄気味悪い何かを感じる。


 煙のような不安が上から下へと漂っていき、それを吸い込んだためか不快感が身の内にこびり付いている。頬に冷や汗が流れた。

 警鐘が自分の中で煩く響く。それが杞憂であってほしいと切に願った。




 音を立てないよう慎重に足を運び、二階を通り越し三階に到着した。耳を澄ますと微かな揺れと物音を捉えた。それは一番奥にある美術品などが保管されている物置部屋からだった。

 普段は鍵が掛かっていて、ましてやパーティが行われている最中に人が居るはずがない。


 足音を立てずにゆっくりと、装備を揺らさないようにとても繊細に。時間にして十秒に満たない時間を掛けて扉の前に差し掛かる。


 扉には鍵が掛かっていたが――



――コツ、コツ



 部屋の中から靴が床を擦る音が聞こえた。私は敵を見付けた安心感と未知の敵に対する恐怖心がまぜこぜになり、体が身震いを起こした。


 音を立てずに腰の剣を鞘から抜き、両手で構える。狙いは先手必勝。敵に防御の隙を与えず一撃で仕留めるだけだ。一息つき集中力を高める。


 剣で扉を力任せに振るい破壊し派手に扉を吹き飛ばす。間髪入れず室内に突入、後ろ姿の先客に接近する。力強く踏み込んだ足を軸に剣を振り上げた。


 その侵入者は驚く素振りを見せず、左手に携えた剣の腹を右手で押さえ、私の剣の勢いをそのまま受け流した。


 私は侵入者の容姿を目の当たりにして息が詰まった。漆黒に塗り潰された剣、右腕には剣よりも黒い靄のようなものが薄く漂っていた。

 その靄がまばたきの間に粒子が分泌され濃度が濃くなり、右腕を渦巻く黒い霧になるのを見て私の中の警鐘は限界まで鳴り響いた。


 瞬間、私はその場から脱兎の如く離れた。


 右手を強く握る動作をすると、霧は腕が見えなくなるほど濃くなり黒い霧が右腕の回りを何層にも重なり渦巻いていく。

 銀色の髪を後ろでまとめたポニーテールの髪形の男は、隈がくっきりと生えた目で私をじっくりと見定める。


「最強の剣士様がお出迎えしてくれるとはな」


 メルディルの男は独り言のように呟いた。


「どうしてここにいる。入り口から入ってきた訳じゃないでしょ」

「分かりきった事を訊くなよ」


 たった一人で誰にも気付かれることなく城に侵入していた。普通ではあり得ない。


 ならば普通ではないもの、その選択肢は一つだけだ。


「――異能(スキル)か」

「御名答」

男は肯定を返し、嘲るような態度で続ける。


「こんなザル警備じゃ使う必要すら無かったかもな」


 言い終わると同時に男は纏う霧を何本もの太い線のように変形させ、右腕を大きく振るい放出した。私は横に素早く跳び回避する。その霧は床に接触すると爆発した。


 木片が周囲に飛び散り半径1メートル程の大きさ穴が出来上がった。霧の粒子一つ一つが火薬のような威力で、私の剣と比べたらその差は歴然だった。


 右腕に黒い霧を纏う男は剣先を私に向ける。


「さあ来いよ、セルシア・アリア」


 男は私と戦うつもりだった。だが、私は剣を構えず、瞬時に扉へと身体の向きを変え相手に背を見せ走り出した。


 分が悪すぎる。一対一ならまだしも、相手が一人という確証が無い。城内に侵入するのに使った異能の正体も不明だ。

 更に私は膝に付けていた物を貸し出してしまったが為にすぐに仲間を呼ぶことが出来ない。


 逃げよう。どうせ相手も敵の本拠地で一人で先行することはないはず。


 男を見ると逃げる私を退屈そうに眺めながら、右手を斜め下に向けていた。


「つまらねえな、……この辺りか?」


 床に向けて異能を使おうとしている。いやまて、その延長線上にあるのはもしかして、大広間じゃないか?


 あいつの異能の威力なら数百メートル離れた場所から攻撃することも可能なのか?

 一瞬の葛藤があった。私一人じゃ勝てるか分からない。ならば適当に気を逸らすべきか否か、そう思っていた。


 男は逃走を図る私に向けて霧を放出した。飛電のごとき鋭さの霧が襲い掛かる。


 黒い霧は私の前方を通り過ぎていった。男は狙いを間違えたかと苦虫を噛み潰した表情をする。私を追うため一歩足を踏み出した。


「――ふうん」


 私は踏み込む足で床を勢いよく蹴り、ダンという音と共に方向転換し男へ距離を詰める。目付きの悪い男の目蓋がこれでもかと見開いていた。

 男は接近しようと二歩目を踏み込んでいた。慣性は心を置き去りに男の身体を無理矢理動かし、十数メートルはあった距離は一秒足らずで目前まで迫ってきていた。


 私の剣が胴体と脇の下の無防備な部位へ延びていく。

男は漆黒の剣を両手で握り直し三歩目を力強く踏み込んだ。私の剣を叩き落とすように振り下ろした。


 お互いの勢いを乗せた剣が重なる音は試合開始の合図に相応しい大きな音を響かせた。

 鍔迫り合いが生じ、ギリギリと鋼の擦れる音が耳を侵食する。

私は相手の剣を強く押し返し、首筋に剣を伸ばす。相手は右腕から黒い霧を放ち、剣の軌道をずらし後退した。



 よく分からないが、相手は最初から私しか狙うつもりがないみたいだ。まあいいや。私もここで時間を稼いでいれば誰かが駆け付けてくれるはず。



 私の青藍色の瞳に殺意を宿す。首を振りセミロングの金髪を揺らす。前髪を掻き揚げ私は言った。


「受けて立つわ、シーマ・エイゼル」




日本のように名字の後に名前が来るという設定です。

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