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 わあわあとはしゃぐ声が聞こえてきて、金華はうっすら瞳を開いた。


「……」


 ずいぶんと昔の夢を見た。久しぶりに、母の顔を見たせいだろうか。

 金華はむくりと起き上がり、あくびをした。部屋の中は冷えていて、布団から出ると、冷気が全身を包む。


「さむ……」


 金華は身震いをし、再び布団にくるまろうとした。

 からりと障子を開けると、一面の銀世界が広がっている。一晩でこんなに積もったのか。金華は特に感動なくそう思った。雪の中に、明度の低い白が見えた。


いや、白ではない。あれは銀だ……。こちらに駆けてきた少女は、白い息を吐く。


「おはようございます。金華さま」


 透き通るように白い頬が、寒さで真っ赤になっていた。


「何してるんだ」

「雪合戦です!」


 銀鈴は笑顔で雪玉を差し出した。


「金華さまもやりますか?」

「俺はいい」

「そんなこと言わずに!」


 彼女はぐいぐい金華の腕を引く。庭には、英俊と子供たちが降りていた。英俊が笑顔を見せる。


「金華さまがそちらなら、この二人は私の組ですね」

「というかおまえも普通に参加してるのか、英俊」


 金華が言うことではないが、ちゃんと仕事をしているのだろうか。


「三対二はずるくないですか? 金華さま鈍そうだし……」

「おい。誰が鈍いだって?」

「おにーちゃんの組がいい人ー!」

「「ふあーい!」」


 口をもごもごさせながら、悠鈴と夾月が答えた。


「あっ、飴あげてる! ずるい!」


 指摘した銀鈴に、英俊がにやりと笑う。


「私はやるからには全力ですよ」

「やっぱり大人げないっ!」

「楽しそうだな、おまえら」


 金華は呆れ気味に言った。と、いきなり腕を引っ張られる。


「金華さま! 身を低くしないとあたりますよ!」


 びゅんっ、と音がして、雪玉がものすごい速さで飛んでいった。木の枝に当たると、弾けとんだ。心臓が久しぶりにどくどく鳴っている。


「なんだあの球……あんなの当たったら死ぬだろ」

「雪合戦をなめちゃだめです! 婆様が言ってました。古くは兵士の訓練に使われたのが始まりだって」

「うそだろ」


 それはもはや遊びではないだろう。銀鈴は雪球をせっせと作りながら、


「私、こう見えても小さなころ、『銀雪の魔術師』を自称してたんです」

「自称か」

「近所の子供が誰も遊んでくれなかったので、こういう木を相手に見立てて想像で雪合戦してました。百発百中で」


 動かないから、命中するのは当たり前だろう。小さな銀鈴が一人で雪玉を投げる様を想像すると、なかなかぐっとくるものがある。


「悲しいな、銀雪の魔術師」

「弟たちが生まれるまでの話ですよ。金華さまだって、やったことないんでしょう」

「まあな」


 一緒に遊ぶ相手がいなかった。弟は随分変わったようだし。赤ん坊の頃、金華の指を握りしめたことも覚えていないだろう。銀鈴は、せっせと雪玉をつくりながら言った。


「私たち、なんとなく似てますね」

「……そうか?」

「ええ。はみ出しものだし」


 銀鈴はそう言って笑った。金華は目を細めて、その細い肩を抱く。


「じゃあ……はみ出しもの同士仲良くするか?」

 顔を覗き込んだら、銀鈴が渋い顔をした。


「すぐそうやってふざけるんだから」

「ふざけてない。男はみんな、可愛い女と仲良くしたいものだ」

「はいはい」


 彼女は、金華の手を掴んでどかした。すっかり金華のあしらいに慣れている。


「おまえは全然その気にならないからつまらない」

「残念でしたね。からかうのも飽きたでしょ、そろそろ」

「飽きないな、不思議と」


 人形のように美しいのに、ころころ表情が変わるし、遠慮なく男の布団を剥ぎ取るし。


「一生飽きないかもしれない」

「またまた」

「本気だぞ」

「金華さまの本気は当てになりませんよ」


 そっけなく答える銀鈴を見て、金華はふ、と笑った。


「本当につられないな」

「遊び人におちょくられるのは、喜栄さまでこりごりですから」


 喜栄。名前を聞いてむっとする。


「最近は遊んでない」

「確かに……最近女の人を見かけませんね。心境の変化でも?」


 新緑のような瞳が、不思議そうにこちらを見ている。雪に反射された銀髪が、光で輝いていた。金華は口を開く。


「俺は──」


 ぺしゃっ。何か冷たいものが、ほおにぶつかった。いつのまにか目の前にいた英俊が、にこりと笑う。


「はい、金華さま残念」

「は?」

「負けた人は罰印ー!」


 悠鈴と晶馬が、英俊の後ろからひょこりと出てきた。彼らはこちらに駆け寄ってきて、金華のほおに筆でバッテンを書いた。


「ははは、素敵ですよ、金華さま」


 英俊が涙を浮かべて笑う。


「……楽しそうだな、おまえ」

「次はおねーちゃんだー!」

「えっ、二対一は卑怯だってー!」


 悠鈴と夾月に追いかけられて、銀鈴は走り出す。


 英俊はくすくす笑いながら、金華の隣に腰を下ろした。金華はほおを手巾でぬぐい、


「戦わなくていいのか?」

「そうですねえ。年齢的にちょっと疲れましたねー」

「そんな歳だったか?」

「ええ」


 初めて会った時は、英俊も十代だったはずだ。金華は、子供たちの嬌声を聴きながらつぶやいた。


「歳をとったんだな、お互いに」

「ええ。初めて会った時は、金華さまはとても可愛らしかった。利発そうで、でも暗い目をしてらした」


 英俊はこちらをじっと見つめる。


「いつの間にやら、そのようになられて……」

「そのようにってなんだ」

「銀鈴さんが来てから、金華さまは少し変わられた」


 見透かされているような言い方が癇に障り、金華はそれを否定する。


「俺は何も変わっちゃいない」

「雪合戦を提案したのは銀鈴さまなんですよ。金華さまをはげまそうって」

「……」


 金華は白い息を吐いた。


「俺は別に気にしてない。ただ、わざわざ偽の手紙を送った目的は気になる」


 英俊は、ふっと表情を変えた。子供たちに見せる「いいお兄さん」の顔は、彼の一部でしかない。この男は冷静で、時に冷酷なのだ。現に金華が初めて会ったとき、調査官の柳英俊はこういう顔をしていた。


「──朝貢に添えられていた手紙、誰の手によるものかわかりました」

「だれだ?」


 告げられた言葉に、金華は目を伏せた。


「なるほど……」

「どうされますか」

「俺が話す」

「私もご同行を」

「必要ない」


 英俊が瞳を揺らした。


「しかし、今日は満月です」

「だから、だよ」


 金華はゆっくり立ち上がった。視線の先には、銀鈴たちが楽しそうに遊んでいる。彼女と自分が似ているはずがない、と金華は思う。陽銀鈴にはその名の通り、日の当たる場所が似合う。

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