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「来ないなあ、二人とも……」


 銀鈴は月籠庵の前に立ち、金華と英俊の帰りを待っていた。会議が長引いているのだろうか? それとも何かあったとか……。ふと、背後で戸の開く音がした。杖をついて、祖母がこちらへやってくる。


「さっきから何をうろうろしてるんだい、銀鈴」

「あ、婆様。金華さまたちが謁見しに行ったきり帰ってこなくて」

「ふん。打ち首にでもなったのかね」

「そんなこと言わないでよ、縁起でもない」


 ──そうだ、もうすぐ見頃も終わってしまうことだし、梅を調達しよう。こないだ飾った椿の花は、枯れかけているし。


「ちょっと梅林に行ってくるね」


 銀鈴は祖母と別れ、竹林を歩いて行った。竹林を抜けて、荘園の方へ歩いて行く。そうして、荘園内にある梅林へと足を踏み入れた。紅白の梅が咲き、甘い匂いが漂っている。


銀鈴が下に落ちている枝を拾おうとしたら、ぱきり、と音がした。一瞬、金華かと思う。


「やあ、また会ったね」


 振り向くと、梅の枝を片手にした少年が立っていた。夾竹桃の東屋にいた少年だ。


「こんにちは」


 彼は銀鈴に枝を差し出し、


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます……でも、折らずともよかったのに」

「どうして?」

「梅がかわいそうです」


 彼は目を瞬き、くすりと笑った。


「面白いことを言うね。植物に感情があるみたいな言い方だ」

「感情があるかはわかりませんが、痛みはあると思います」

「そうなんだ。知らなかった。ごめんね」


 彼は梅を見上げ、謝っている。不思議な少年だ。それに、やっぱり誰かに似ているような気がした。梅を見る横顔が特に。脳裏に、くあ、とあくびする猫が浮かぶ。そうか、金華だ。銀鈴は合点した。美しい横顔が、ふっ、とこちらを向く。


「おいで」

「え? わ」


 少年は、銀鈴の手を引いて歩き出した。少年と銀鈴が共にいるのを見て、すれ違った人々がギョッとする。もしかして、どこかの豪族の息子とか?


「あの、どこに行くんですか?」

「僕の隠れ家」


 少年が向かったのは、夾竹桃の東屋だった。彼は東屋に銀鈴を座らせ、


「六月になるとね、夾竹桃が花を咲かせるんだ」

「さぞ綺麗でしょうね」

「僕はね、六月に咲く花が好き。紫陽花、夾竹桃。どちらも冷たくて美しい感じがするでしょう?」

「冷たい……ですか?」


 そう思うのは、雨の季節だからなのだろうか。


「誰かをここに連れてきたのは君が初めて。どうしてかな」


 彼はじいっ、とこちらを見た。銀鈴の髪に手を伸ばす。


「髪も目も、珍しい色だね。名前も変わってるのかな」

「私は……」

「ああ、待って。名前、当ててみようか」

「え?」


 銀鈴は目を瞬いた。少年が言う。


「三回で当てられたら、僕のお嫁さんになるっていうのはどうかな」


 愛人の次はお嫁さんときたか。銀鈴はから笑いをする。夾月は、さらりと銀髪を梳いた。


「綺麗な髪だね。こんな色の髪があるんだ」

(ぎん)(めい)、とか?」

「惜しいです」

「そう? あと二回だね」


 銀鈴が手にした梅に、彼は目をやる。


「花が似合うから、(ぎん)()

「違います」

「ありゃ。意外と当たらないね」


 彼は銀鈴を上から下まで見た。


「君の名前は──」

「銀鈴!」


 その声に、銀鈴はハッとした。こちらにだれかが駆けてくるのが見える。ん? あのアホそうな人影は、もしや……。


「げっ、喜栄!」


 思わず敬称を忘れる銀鈴であった。


「銀鈴〜! 会いたかったぞ」


 銀鈴は反射的に喜栄を避けた。喜栄は東屋の縁を乗り越え、夾竹桃に突っ込む。喜栄ぎゃー! と叫んだ。

 少年が軽く声をかけた。


「夾竹桃は毒があるから、早く出たほうがいいよ」


 またぎゃー、と悲鳴が上がる。うるさいなあ、と少年が言う。銀鈴は心の中で同意した。のろのろと身を起こした喜栄が、こちらにやってくる。


「うう……銀鈴、死ぬ前に接吻してくれ」


 うー、と唇を尖らせ、顔を寄せてきた喜栄を、銀鈴は思い切り押しのけた。


「大丈夫ですよ、刺さってないから!」


 ふと、こちらに歩いてくる人物に気づいて、銀鈴は目を瞬いた。真っ黒な服をまとった、長身の男。


「あ、桃李さん……」


 彼は銀鈴をジロジロ見て、眉を寄せた。


「何をしてるんだ……あなたは。不法侵入か?」

「違います。あなたたちこそ何してるんですか」

「もちろんだ」


 桃李は風呂敷に包まれたものを差し出した。何が入っているのだろう。形状からして壺だろうか。


「君たちが『明月亭』か。遅かったね」


 少年の言葉に、桃李が頭を下げた。


「お初にお目にかかります、(きょう)(げつ)さま」


 夾月というのか、この少年は。そう思った銀鈴は、次の言葉に驚かされた。


「お世継ぎになることが決まったそうで。おめでとうございます」


 つまり彼は──金華の弟? どうりで似ているわけだ。納得している銀鈴に、夾月が微笑んだ。その笑みに、色ボケ猫を思い出す。


「じゃあ、私はこれで失礼します」


 銀鈴が立ち上がりかけると、夾月がさりげなくその手をとった。


「待って。君も一緒にお茶でも飲もうよ」

「いえ、私は金華さまのところに」

「お世話係だから? 忌み子って大変だね。しなくていい努力ばかりして」


 ──そういえば、金華は忌み子、という呼び方をまったくしなかったな。


「いいえ、大変じゃないです。金華さまは、悪い人じゃないですから」


 その言葉を聞いて、夾月が目を細めた。


「少しくらい離れていても大丈夫だろう? 子供じゃないんだから」


 反対側の手を喜栄が掴む。


「銀鈴の手を握っていいのはこの俺、班喜栄だけだ!」

「あなたは既婚者でしょうがっ!」


 思わず突っ込む銀鈴。というか、世継ぎである夾月にタメ口とは、恐れ知らずのあんぽんたんである。


「へえ、恋人がいるんだ。じゃあ片手ずつ繋ごう」

「いえ、恋人じゃないし愛人でもありません」

「らしいけど?」

「愛人(予定)だ!」


 銀鈴は、喜栄と夾月に手を掴まれたまま歩き出した。なんなんだ、この状況は。桃李はひとり素知らぬ顔で荷物を抱えている。


(私があの荷物を持つ係になりたい……)


 銀鈴は羨望の眼差しで桃李を見た。

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