表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/22

10

 金華が窓際にもたれて、笛を吹いている。銀鈴はそわそわしながら、糸を動かしたり止めたりを繰り返していた。不審に思ったらしい金華が、こちらを見た。


「なんだ、さっきからそわそわして」


 銀鈴は糸を置いて言う。


「あの、縫糸殿を見学しに行きませんか?」

「見学ってなんだ。大体、こないだ行っただろう」

「ほら、金華さまは長官だし」

「俺が行っても煙たがれるだけだ。別に用もない」


 むくれた銀鈴に、金華が目を細める。


「なんでいきなりそんなことを言い出した?」

「弟たちが、おねーちゃんはむしょくなの? とか聞くので……」

「なるほど


 金華は笛をしまい込み、ふらりと立ち上がった。障子に手をかけて、早く来い、と言う。


「行くんだろ」

「はい!」


 銀鈴は顔を明るくし、金華と共に部屋を出た。


 縫糸殿へ向かうと、建物の前で、大きな樽をかきまぜている人物がいた。おそらく糸を染色しているのだろう。銀鈴はそう思って、そちらへ向かう。少女は桶を前にして、浮かない顔をしている。


 ふと、金華に視線を向けて、少女が顔を赤らめた。金華はその視線に気づいて、微笑んで見せる。無垢な乙女を邪悪な色猫から守らねばならないと、少女をかばうように立つ銀鈴。その意図を察したらしい金華が肩をすくめた。


「どうかしたの?」

「藍で染めているんですが、なかなか真っ青に染まらなくて」

「ちょっといい?」


 銀鈴は彼女から糸を受け取った。糸を触ってみると、かすかに凹凸があった。


「粗悪品の絹ね」

「え……でも王宮に卸されるのは、最上級のもののはずです」

「本物の絹糸は、繭玉ひとつから両腕くらいに長いものが一本とれるのよ。これは途切れてるもの。重さをはかり比べてみればわかるはず」


 染めなおすといいと思う。銀鈴がそう言ったら、女の子はありがとう、と小さな声で返した。


「あっ、陽銀鈴だ~」


 その声に顔を上げると、琢磨と呂宋が立っていた。彼らは、ひそひそ声で金華に訴える。


「まずいですよ~忌み子に触らせちゃあ~」

「品物が完成しないよりはいいだろう?」

「ゴホゴホ、金華さま……われわれの首を飛ばしたいのですか?」

「まさか。俺より働いてるやつらに辞めてもらったら困る」


 全部聞こえてるんだけど。銀鈴は顔を引きつらせる。女の子がおずおず声をかけてきた。


「あの、どうでしょうか」


 銀鈴は糸を受け取る。


「うん、これはいい絹糸ね」


 少女はほっと息を吐いて、糸を染めなおし始めた。


 草木染めに必要なのは、植物性の材料だ。ちなみに、乾燥しているか、生のままかで必要な量が変わる。もう一つ重要なのは、「(ばい)(せん)」だ。


「媒染」とは、糸に色をしみこませる工程のことで、絹の場合は色を染めた後に行う。染め上がった絹糸を見て、金華は不可解そうに言う。


「青というより、緑だな」

「空気に触れると青くなるんですよ。面白いでしょう?」

「ああ」


 彼はしげしげと糸を見ている。縫糸部の仕事に興味を持ったのは喜ばしいことだ。


「ところで、これは何に使うんですか?」


 銀鈴が問うと、呂宋が答えた。


「王妃さまの夜着ですよ~」


 その言葉に、金華がぴくりと肩を揺らした。銀鈴は彼を見上げる。彼は乾いた声で、


「……銀の刺繍を入れたらどうだ。母上は紫陽花が好きだからそれを」

「それはいいですね、ゴホゴホ」


 迫眞がせき込みながら同意する。金華は糸を銀鈴に渡し、


「俺は戻る」


 さっさと歩きだした。銀鈴は、慌てて彼を追いかけた。



 日が落ちて、宮中の灯りがともり始める頃。銀鈴は弟たちと共に、夕飯を食べていた。弟たちは、好奇心をあらわにして尋ねる。


「ねえお姉ちゃん、どうして王宮に住んでるの?」


 そう尋ねた晶馬の後を継ぎ、悠鈴が問いかける。


「わかった。おねーちゃん、王様のお嫁さんになるんだ」


 銀鈴はあはは、と笑った。


「まさか。あの色猫が王様になんかなったら、国が崩壊しちゃう」

「色猫ってなに?」


 キョトン顔の弟たちを見て、銀鈴は笑うのをやめた。まさか、子供に妙なことを吹きこめないし。祖母は関わりないと言わんばかりに、黙々と飯を食べていた。銀鈴は言葉を選びつつ、


「えーっと、お姉ちゃんのご主人さまはね、猫みたいに寝てばっかりなのよ〜」

「猫? あ、そうだ。さっきの猫ちゃん、ご飯食べてるかな?」

「どっかいっちゃったんだよねー」


 弟たちは別の事柄に食いついている。その猫がまさしく金華なのだが。苦笑いする銀鈴に、悠鈴が問うた。


「ねえ、お姉ちゃんのご主人さまは、ごはん食べないの?」


 子供は嫌いだ──金華がそう言っていたのを思い出し、銀鈴は曖昧に笑った。


「えっと、あの人はね、一人が好きなのよ」

「そんなひと、いるのかなあ」

「え?」


 悠鈴はこちらを見て、可愛らしい声で言う。


「私、ひとりでごはん食べるのいやだな」

「……」


 銀鈴が答えに窮していたら、祖母が口をはさんだ。


「悠鈴、世の中には色んな人間がいるんだ。生まれも育ちも、能力も違う。だからそれぞれみんな、自分の器に合ったふるまいをするものなんだよ」


 悠鈴が首を傾げた。


「金華ってひとは、ひとりで食べるのが仕方ないの? なにか悪いことしたの?」

「悪いさ。妖憑きなんだからね」

「婆様」


 銀鈴は思わず口を挟む。祖母は箸を置き、手を合わせた。


「ごちそうさま」


 まるで、これでその話は終わりだと言わんばかりだった。障子がすっ、と開き、英俊が現れる。


「あっ、飴のおにーちゃんだ」

「あそぼー」


 弟たちに囲まれ、英俊はにこにこと笑う。


「あはは、元気ですねえ」


 彼は祖母に目をやり、


「いかがです? 食事のお味は」


 祖母はふん、と鼻を鳴らした。


「血税を使って、ずいぶん豪勢な食事をしてるんだってことがよくわかったよ」


 英俊が弱り顔で言う。


「なかなか手厳しいですね」

「私はもう寝させてもらうよ。ここはえらく退屈だからね」


 祖母はそう言って、さっさと寝台に向かう。英俊は苦笑いし、確かに何もありませんからねえ、とつぶやいた。


「なにか持たせましょうか? 花札とか」

「花札やるー!」

「私もやるー!」


 弟たちがすかさずはしゃぐ。晶馬が袖を引っ張ってきた。


「ねえ、お姉ちゃんも一緒にやろうよ」

「え、ええ」


 銀鈴は、悠鈴の言ったことを反芻していた。金華がなにか悪いことをしたのか、という言葉を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ