あるナットくんの話

ナットとは、機械や建物の部品をつなげるために用（もち）いられる部品である。

ナットには雌（め）ねじ（穴にねじ切りされたもの）があり、ボルトなどの雄（お）ねじ（棒にねじ切りされたもの）部品と組み合わせて使われている。

また、用途（ようと）や目的に応（おう）じて様々な形状・材質のナットが存在する。

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とても寒い雨の日のこと。道の片隅（かたすみ）に、あるナットくんがおりました。

ナットくんは、ポツポツと体に降りかかる雨を感じていました。

ナットくんの体は錆（さ）びにくいものです。しかし水に当たるとかゆくなるので、ナットくんは雨が嫌（きら）いでした。

人間に蹴飛（けと）ばされても、大きな車に轢（ひ）かれてもナットくんは平気です。全然痛くありません。

でも、目を向けてもらえないことには寂（さび）しさを抱（いだ）いていました。やることがないという不安が、ナットくんの心に暗（くら）い影（かげ）をつくっていたのです。

長い間、ナットくんは同じ場所（ばしょ）で仕事をしていました。

そこには同じ仕事をする仲間（なかま）たちがいて、自分を使ってくれる人間もいました。

でも今、ナットくんはひとりぼっちです。

ナットくんは仲間とはぐれて、仕事もなくて、途方（とほう）に暮（く）れていたのでした。

しばらくすると、ナットくんの近くに高そうな車が停（と）まりました。ナットくんが気になって近づいていくと、その高そうな車にはねじのお嬢様（じょうさま）がいました。

彼女はおしゃれな傘（かさ）を持って、優雅（ゆうが）に鼻歌（はなうた）を歌っています。

ナットくんは勇気（ゆうき）を出して話しかけることにしました。

「あなたはここで働（はたら）いているの？ねえ、ボクもここで仕事がしたい。」

ナットくんの言葉を聞くと彼女は冷たい声で言い放（はな）ちます。

「わたくしは由緒（ゆいしょ）あるインチねじですのよ。へんてこな形（なり）して近づかないでくださいな。」

ナットくんはインチねじがどういうものか分かりませんでした。

でも、『へんてこ』と自分を悪く言われたことは分かりました。

「ボクは蝶（ちょう）ナットだよ。ボクの仕事（しごと）は、人が手の力でねじを締（し）めたり緩（ゆる）めたりできるようにすることなんだ」

「あら、そうでしたの？知らなかったわ。それでも……ここに、あなたの仕事はありませんのよ。」

ナットくんは分かりませんでした。どうしてナットくんはここで働（はたら）けないのでしょう。

「どうして？ボクは仕事がしたいよ。」

彼女はふー、とため息をついて答えます。

「だってあなた、メートルねじでしょう。わたくしたちと一緒には働けないわ。ねじ山の間の長さが違（ちが）うのよ。」

ねじ山の間の長さが違うと一緒に働けないのか。疑問（ぎもん）がとけてナットくんは嬉（うれ）しくなります。

ですから、ナットくんは教えてくれたインチねじのお嬢様にお礼を言いました。

するとお嬢様は少し驚（おどろ）いた顔をして言いました。

「失礼を言ってしまってごめんなさいね。さようなら。」

そうしてすぐに車と一緒に行ってしまいました。

ナットくんは、どんどん小さくなっていく車にずっと手を振（ふ）りました。

あくる朝、ナットくんが目を覚ますと道路の真ん中に二つのナットを見つけました。あいさつをしてみると、どうやら彼らは旅（たび）をしているようです。

「おれらは戦場（せんじょう）のダブルナットさ。」

「戦場（せんじょう）でずっと働（はたら）いていたんだ。」

彼らの姿はナットくんとはだいぶ違（ちが）っていました。二つで一つよりたくさん働（はたら）くのだそうです。

「何でこんなところにいるの？お仕事（しごと）は？」

ナットくんが問いかけると彼らはこたえます。

「仕事に飽きたから逃げてきたんだよ。」

「働いてもお金もらえないし。」

その言葉を聞いてナットくんはむっ、っとしてしまいました。

「仕事がいらないならボクにちょうだいよ。」

ナットくんの機嫌（きげん）が悪くなってしまっても、ダブルナットは気にしません。とてもずぶとい性格（せいかく）をしています。

「おれら規格品（きかくひん）じゃねえんだ。極秘（ごくひ）の特別製（とくべつせい）だからさ。」

「他の奴じゃゼッタイ働けないの。残念（ざんねん）だけど。」

彼らは特別（とくべつ）なねじのようです。ナットくんがよくよく見てみると、ダブルナットの体にはよくわからない穴が空（あ）いていました。

ねじの切り方も、ナットくんとはだいぶ違っています。

これではナットくんがダブルナットの代（か）わりになることはできません。ナットくんはあきらめました。

「他（ほか）に仕事がいらないナットを知らない？知っていたらおしえてほしいんだ。」

ナットくんは藁（わら）にも縋（すが）る思いでしたが、ダブルナットは否定的（ひていてき）でした。他のナットの仕事をするのは難（むずか）しいことだと知っていたのです。

「組み合わせが正しくないとちゃんとした力が出せないし。」

「使えないことはないけど、ねじがダメになっちゃうよ。」

それでもボクは仕事がしたい、とナットくんは思いました。ダブルナットは、世界は広いんだから一緒に旅をしないかと言ってくれましたが、そんなものにナットくんの興味（きょうみ）はありませんでした。

ダブルナットとわかれ、ナットくんは公園に散歩しに行くことにしました。

花壇（かだん）のお花を見ながら進んでいると、土の中に何かが埋（う）もれていました。ナットくんが近づいてみれば、土に埋もれていたのはプラスチックのボルトでした。

仕事を探していると話すと、プラスチックボルトはナットくんの思いがけないことを言いました。

「ウチらのかわりなんていくらでもいる。仕事なんてしないで一緒にのんびりしよう？土の中はあったかいよ。」

このプラスチックボルトはなまけものに見えました。あと、年かさなのか、彼の体はボロボロでねじの所にはたくさん傷（きず）がついていました。

「新しいやつのほうが喜（よろこ）ばれるし、新（あたら）しくなきゃ使ってもらえないよ。ウチはそのせいで捨てられたんだ。」

新しい部品の方（ほう）を人間は好（この）んで使います。ナットくんだって知っていました。

「ボクは古くないし、ボクは仕事がしたいよ。どうすればいいの？」

ナットくんは、自分が捨てられたのではなく迷子であることに優越感（ゆうえつかん）を覚（おぼ）えていました。その嫌な態度（たいど）はプラスチックボルトに伝わってしまいます。

　ですから、プラスチックボルトはナットくんのことが嫌いになってしまいました。

「ナットはボルトがないと仕事できないもんな。ウチの方がマシなんだ。ウチはねじ穴があれば仕事できるもの。」

プラスチックボルトの悪口（わるぐち）に、むっとしたナットくんはプラスチックボルトに言いました。

「君のねじ、つぶれちゃって使えないじゃん。だからすてられたんだよ。」

機能的（きのうてき）に何の問題（もんだい）がなかったとしても汚（きたな）くなったから、新しいものを買ったからと捨てられ、風雨（あめかぜ）にさらされているうちにねじが悪くなってしまうことがあります。

ナットくんはそのことを知りません。

ですから、ナットくんはプラスチックボルトの心に大きな傷をつけてしまいました。

「うるさいっ。新しいやつが悪いんだ。うわああああん。」

プラスチックボルトは悲（かな）しくて泣（な）いてしまいました。大きな鳴き声があたりに響（ひび）きます。ギーンという音が体をかけぬけていやな気持ちになったので、ナットくんはその場（ば）を去（さ）ることにしました。

しばらく行くと、なんとナットくんは元（もと）の仕事場（しごとば）を見つけました。公園は元の仕事場の近くにあったのでした。

わくわくしながら元の仕事場に入ると、そこには、ナットくんではない新しい蝶ナットくんがいました。新しい蝶ナットくんは言います。

「僕がいるからもう君はいらないよ。」

ナットくんは、一瞬（いっしゅん）で頭（あたま）の中がまっしろになってしまいました。

ここはナットくんがずっと働（はたら）いていた所（ところ）です。ここはナットくんの居場所（いばしょ）のはずでした。

「ひどいよ。迷子になっていただけなのに、ボクの仕事をかえして。」

ナットくんが新しい蝶ナットくんにつめよると、元の仲間（なかま）たちは新しい蝶ナットの味方をしました。

「迷子になったのが悪いんだろ。」

「君の仕事なんかもうどこにもないよ。」

「みんなの邪魔（じゃま）になるから出て行ってよ。」

元の仲間たちは口々（くちぐち）にナットくんを悪（わる）く言います。

そして、味方のいないナットくんは悔（くや）しくて泣いてしまいました。自分（じぶん）が悪くないのに悪く言われるのは、とんでもなく苦（くる）しいことでした。

寂（さび）しいよりずっと痛（いた）いことでした。

しばらく泣いていると、元の仲間はナットくんをかわいそうに思（おも）って、ある提案（ていあん）をします。

「そんなに仕事がしたいなら、製鉄所（せいてつじょ）にでも紛（まぎ）れこんだらいい。新しい鋼（はがね）を造（つく）るときに古い鉄くずも加（くわ）えると聞いたことがある。」

鋼（はがね）とは、ナットくんのからだを作っている素材（そざい）のことです。とても高い温度（おんど）になると熔（と）けて、また違う形が造（つく）れるようになります。

「熔（と）けて新しい姿（すがた）になればまた仲間もできるし仕事をもらえるさ。」

熔けて新しい姿になれば、また仲間や仕事が手に入る！

仲間が教（おし）えてくれたことは、ナットくんにたいへん良（よ）いことでした。

ナットくんはたいそう喜（よろこ）んで、教えてくれた元（もと）の仲間にお礼を言いました。

「どうもありがとう。」

みんなにさようならをして、ナットくんはスキップをしながら製鉄所（せいてつじょ）に向かいます。

まだ見ぬ次の自分に心をはせて、ナットくんは楽しそうに笑（わら）いました。

おわり

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“資源再利用”を主題に目指して書きましたが、ズレた気がします。

今はこれを読んでくれた方が日常の中の彼らに興味を持ってくれたらいいなあ、という心境です。探せばいくらでもいますからね……いろんな子がいますよ。

せっかくなのでお話に出てきたねじを少し紹介します。「知ってるわ！」って人はごめんなさい。

＊蝶ナット・・・筆者の一番好きなねじ。かわいい。お耳の丸いのと角いのがある。

＊インチねじ・・・インチはアメリカなどで使われている長さの単位。お高くとまってそうなので筆者はあまり好きではない。

＊ダブルナット・・・短めのナットをふたつ組み合わせて用いる締結部品。めっちゃ締まる。

＊非規格品ねじ・・・よく見るのは防犯用のねじ。特殊ねじとかは、スケッチや製図送れば作ってくれるメーカーがある。やってみたい。

＊プラスチックボルト・・・樹脂ねじとも言う。柔くて使い捨ての印象が強いが、錆びないし色々ハイスぺである。たまにめちゃくちゃ性能良いやつがイカしてる。

お読みくださりありがとうございました！

蛇々