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巨人狩り

 巨人は暴れていた、いや苦しそうに悶えていた。

 突風を引き起こし、大地を揺らし、そして張り巡らせた根を揺らしている。


 それを俺とベルは遠巻きに見ていた。

 ベルは後ろで不安そうな顔をしていた。また同じ状況に陥らないのか怖がっているのだろう。


「ミチナシ、本当に大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫。ベルが頑張ってくれれば」

「ねぇ、さっきから私を頼りすぎじゃない? 私そこまで強くないのよ?」


 何言ってる俺の頭吹っ飛ばすくらいのバカ力が。

 ベルの手にはハリボテでできた木の板があった。しかしその木の板には赤い血がべっとりとついていた。

 それはルーナの血だ。

 ルーナには申し訳ないが、少々痛い思いをしてもらった。

 とりあえず目の前で暴れるやつを見据えた。


 傍迷惑なその存在に灸を据えないとな。


 またノーバディーが焦土になる。

 先ほどまで何も反応を示さなかった巨人は怯んだ。


「ジャックが関係しているのかは不明だけど、好都合だ」


 俺はベルが持ってきたボロボロになった杖を持つ。もう魔術式が刻まれている部分が傷ついていて、まともに機能するかわからなかった。


 しかし今はこれしかない。


 俺はステッキにオドを注ぎ込む。

 また一つ、命を削って行く。しかしそこまで削る気は無かった。


 五人分のオドを注ぎ込んだあたりで、杖は発火する。

 手にしていた部分が火傷しはじめた。


「ちょ、ミチナシ、やめようよ! それじゃあもう体が!」

「俺は……止まるわけにはいかない」


 親父に教えてもらったことがある。

 俺の名前。行止正義。


 行き止まりでも、そこに足跡がない道であってもそれは道だと。その道を誰かに止められても、突き進めていけば、それは正義だ。

 意味のある人生だ。


「俺は、自分の為に、みんなの為に、正義を通す!」


 俺はステッキを握りしめた。赤く燃え上がるその杖は消滅した。

 そして生まれ落ちたのは大きな炎だ。空中に轟々と音を出して燃え上がるその姿に俺は美しいと思った。


「ベル、いまだぁぁぁ!」

「……っ!」


 ベルは力を込めた。それに呼応するかのようにハリボテの板は光り輝く。

 緑色に光るそれはルーナの血だ。

 血が魔術式の代用として動いた。


 そりゃまぁ、竜が使えるものを、神が使えないわけがない。


 ベルが一周、軸足で回る。速度をつけ、回転を強めて行く。

 ハリボテの板はメキメキとなりはじめた。


「いっ、……けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ベルが叫ぶ。届けと言わんばかりに、ハリボテの板を振り抜いた。


 それに合わせて風は空高く巻き上がり、吹き荒れる嵐となる。

 巻き込まれた炎は風とともに上に捲き上ると巨大な雲へと変化した。


 突然の巨大な雲に太陽は遮られる。

 そして俺とベルのオドが孕んでいる雲は光り輝くと、まるで烈火のごとく迸る雷となり巨人へと落ちた。

 ルスが作り上げた巨大な雷よりも比較にならないその規模に衝撃が走る。

 土ぼこりが巻き上がり、焦土となっていた魔法陣と大地はすべて吹き飛ぶ。


 あ、もちろんアリアたちにはその場を離れてもらっている。巻き込まれたらひとたまりもないし。


 ただ、その規模は予想してるよりも大きすぎた。


 嵐によって吹き荒れる風が砂と瓦礫と全てを巻き上げて質量のある竜巻へと変貌したからだ。

 まるでヤスリのように吹き荒れるその竜巻は雷に撃たれ、ピクリとも動かない巨人に襲いかかる。

 ゴリゴリと削れる音が離れていても聞こえる。


 しかし、それでも巨人は生きていた。


「バケモノが」


 巨人はまた再生を繰り返し、また俺たちに針のように尖らせた蔓を放ってきた。

 万事休す。もう避ける力もない。ベルもオドの使用に気を失っていた。

 蔓が目の前に迫ってきた瞬間……。


「蓄積……五百パーセント」


 ボソリと聞こえた。

 勝利を確信した。と思っていたら大間違いだ。


「腕部安全装置解除します。圧力発射点に集中……」


 手にしていた漆黒のナイフが紫電をまとうと、ガチリと何かが噛み合う音が響いた。

 赤毛の髪が逆立ち、身体中のエネルギーを一点に集中し始める。ぐいっと腕を思いっきり引くとアイの瞳は目標を捉えた。


「頭部保護全開。対ショック、対閃光防御。……全封印(リミッター)解除」


 ギチギチとこすれあう音が響いた。


「アイ! いまだぁぁぁ!」


 アイは一歩踏み出した。

 前とは違う。体がボロボロではない。万全の一撃。

 その体は大地を踏み抜くと、ズシンと大地が揺れた。紫電を待とうナイフを逆手で持ち限界を超えた速さで放たれようとしている。その姿は命も、記憶も全てを代償にしているようだ。


超電磁砲(プラズマメイドパワー)。射出します」


 ナイフは紫紺の軌道を描く。

 その紫紺の光は巨人の足元にめがけて投げられた。


 その足元は巨大な穴を開けるようにえぐった。


 勢いがなくなることはなかった。大地をえぐり、草木を全てかすっただけで燃え尽きた。


 足が浮いた。大地に触れていない。


「ルーナぁぁぁぁぁぁぁ!」


 大声をあげた。


 この瞬間を待っていた。

 黒い炎が巻き上がった。

 その炎は知っている。

 その炎は俺が出したものより大きくそして膨らんでいく。


「龍槍……【逆鱗】!」


 放たれたそれは魔法なのだろうか。全くわからない。


しかしそれはどういうものなのかは知っていた。


マナを使った魔法。イザベルの魔術式とは違う、オリジナルだ。


 それは登りゆく竜のような姿だ。轟くその炎は巨人を飲み込むように全てを包むと爆発もなく、消失する。

 巨人は黒ずみになっていた。


「……」


 何も言わずに見ていた。静かになったその音のせいで心臓の音が耳に触った。


 再生することはない。

 灰に、塵に、だんだんなっていくその姿を見届けた後。


「よか……った」


 うつらうつらと眠たくなった。意識を失う瞬間ふと思った。

 鼓動が聞こえなかったのだ。

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