進撃する緑の巨人
……意識がもどらない。
表面に浮かばない。浮いたり沈んだりを繰り返しまるで泥濘にはまったかのような息苦しさをずっと感じていた。ぼんやりとした意識が外界を見つめていた。感覚が鈍磨し巨大な影が俺の目に入り込む青い天蓋をほとんど隠している。
その巨大な影はおそらく俺が落ちて来たやつだろう。
何がいけないんだろうと自分の体の痛みがどこから感じるのか生き死にを繰り返し断絶する意識の中で考え込む。
なにかが異物が差し込まれているらしい。
あぁ、これが死なのか。
これで俺は死ねるのか。
今まで何度も死んできたから。
これでもう生き返ることもなく、静かに眠ることができるのだろうか。もう、あいつらと顔をかわせることもなく、静かに虚無にのみこまれるのか。
いやだめだ。
ふとあの二人を思い出した。最初のパーティだったあの二人を思い出した。
まだ死ねない。
まだ俺はやることがあるんだ。
泥濘にある異物を感じ取る。
胸の真ん中。撃ち抜かれたかのような杭のようなものが感じ取れる。
あとは頭の中身。棘のように破片が入り込んでいる。
右手が動く。感覚は痺れているけど、動くなら構わない。
杭に手をかけた。触るとそれは杭のように尖った木製の棘だった。
ぐいっと引っ張るがピクリとも動かない。骨に引っかかっているのだろうか。体が少し浮いた。
右手を突き刺さっている胸へと持っていくと綺麗に突き刺さっていて隙間がなかった。
隙間がない。隙間を作ろう。
傷に手を差し込み、思いっきり引っ張り上げる。すると皮がベリベリと音を鳴らし剥がれた。
骨が露わになる。血しぶきが顔にかかった。
どうでもいい。
杭を再び手にかかる。今度はしっかりと握り込む。骨の隙間に突き刺さる杭を思いっきり横に倒した。
ぶぢぢっと筋肉が引きちぎれる音が聞こえる。そして杭を引き抜いた。
痛みは感じなかった。手にあったのは血まみれの五十センチもある杭だ。血まみれの杭を放り捨てると今度は頭部にある棘だ。
右手に籠る力はほとんどない。あと良くて二、三回ほどだろうか。
右手で後頭部に触れる。
三分の一が石畳によって潰れていた。脳はおそらく脳漿と一緒に飛び散っているのだろう。
右手で頭を持ち上げるとずるりと耳が音を拾った。
今ので脳が全て抜け落ちたかもしれない。意識がぶつりとテレビの電源を消したかのように暗くなった。
これで異物は全て取り除けたかもしれない。
これで泥濘から抜け出せる。苦しい思いをせずに終わる。
そう思うと安堵した。
もうすぐ体が元に戻る。じっくりと治っていく感覚が新鮮だった。
「あ、目を覚ました!」
目の前にいたのはベルだ。上に乗っかるように俺をみていた彼女は目を覚ますと声を上げる。
「どいてくれませんかな」
「え、美少女がわざわざ迎えに来てあげたのにそんなこと言っちゃうの?」
「そんなこと言ってる暇あるのかよ」
良くこの状況で軽い口調でいられるな。と悪態をつく。
ベルが俺の上から降りるとそこはボロボロの家屋の中だった。ベルが移動させたのだろうか。
「どうなっている?」
「ノーバディーの王城は見事に無くなってるわ。アリアとルーナちゃん、ルスちゃん、あとアイ、イザベルその他諸々も無事よ」
「そうか」
とりあえず仲間が無事ならなんでもいいと思った次第である。
「俺どんだけ意識なくしてた?」
「大体四時間くらい? 外でみんな戦ってる」
お前はなんでここにいるんだよ。いや、こいつがいるから俺は魔物に狙われないのか。
「それよりあいつ何者なの!?」
「あれはジャックが連れてきたやつだ。ジャックが黒幕だった」
ずん。と地面が揺れる音が響いた。
何かがあるく音だ。俺は起き上がり外へ出る。
「……巨人?」
緑色の、蔓が幾重にも重なりあい作り上がられた造形。蔓の一本一本が血管のように、筋肉のように、骨のように作られていた。
足元は植物のように踏みしめたところから根っこが触手のように石畳を破るように地面へと向かっていく。
高さはおそらく五十メートル。今まで見てきた魔獣とは規格外の存在だった。
「ミチナシ! 危ない!」
知らない間に俺に向かって石畳を破ることができなかった根が走ってきた。それをベルが遮るように立つと手にしていた片手ほどの剣を思い切り払われ、根は全て打ち捨てられた。
「……早くこっち!」
ベルが叫び俺の手を掴むと走り出す。
巨人と真逆の方向、逃げるように走る。
「お、おい! ベル!」
「ミチナシは今は何も役に立たないの! だから逃げるのよ!」
「ば、」
かな事をいうな。俺は……。
そこから俺は言えなかった。
何もできないじゃないか。俺一人じゃ何もできた試しがないじゃないか。
ベルは俺の抵抗がなくなったのを確認するともう一度強く手を引いた。彼女の顔は余裕な顔をしていない。
「だから今からアリアのところに行くのよ!」
「……」
手を引かれながら後ろを見た。
巨人に立ち向かう人の声が聞こえる。それは全て雄叫びではなく、悲鳴だった。
俺とは違う、死なない体ではない人たちが戦い巨人を恐れながらも立ち向かう声。
「……くそっ!」
心から湧き上がる罪悪感に俺は俺自身を呪った。




