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夜が明ける

 


 時間はそうかからなかった。


 十分ほどした後にアリアが部屋から出てきて俺を見ると「中に入っていいわよ」と入室を促した。

 中に入ると特に変わったこともない……が、明らかにルーナの様子は変わっていた。

 多少明るくなったような、覚悟を持ったかのような顔だ。アリアに励まされたのだろうか。


「話は固まったわ」

「おう。どうにかしてくれるのか?」

「仕方ないわよ。この状況でどうにかする方法がこれしかないとか頭おかしいんじゃないかと思ってしまうわ」


 金髪の髪を後ろに持っていくとアリアは大きく息を吐いた。


「ミチナシ君」

「ん? なんだ?」


 碧眼の瞳が俺を見つめてくる。何かあったのか? いや、あったんだろうな。きっと。


「愛されてるね」

「……?」


 なんでもない。と彼女が言うと少しだけ嬉しそうに部屋から出て行った。

 なんなんだ? 一体……。と彼女の後ろ姿を見送った後、ルーナへと視線を向ける。

 まじまじとしている彼女はどこかしおらしい。というか可愛い。いつもそう思っているけどさ。


「ルーナ?」

「……なに?」


 不機嫌なの? なんなの? その間。怖いんですけど。

 俺はそれ以上聞かないように心に決めた。

 ふと外を見ると太陽の光がだいぶ登っている。そろそろスロープがノーバディーに乗り込んでくる時間が来ると思うと背中や、腹部に針が刺さったかのような痛みが襲いかかってきた。嫌な予感とかそれに遠いようで近い感覚。

 それを抑えるためにお腹のあたりを手で握りしめた。


「ミチナシ、ミチナシ」


 また軽い感覚で俺に問いかけてくるベルに俺は視線だけを送る。


「ところで犯人っていうのは大体目星ついてるの?」


 犯人の特定。そういや、そうだったな。

 たとえ計画が破綻していなくても、犯人が特定できなければまた同じことの繰り返しだ。

 ベルを見て俺は笑った。


「実は全然、わかんねえや」

「えぇ、どうすんのよ! 犯人見つけないと!」

「と言ったってわかんねえもんはわかんねぇんだよ! 唯一わかるのはヒューマンじゃない誰かとしか……」


 ヒューマンではない誰か。

 スロープでもない。魔素回路がない生物。いや魔素回路がないモノ?

 人間のひらめきというのはスーパーコンピュータが三十分で見つける思考と同じらしい。


「いや、まさか……」


 俺は思わず口を手で抑える。

 ベルとルーナは俺たちを見てきた。


「どうしたの? ミチナシお兄ちゃん」

「ルーナ様。おそらく、ミチナシ様は犯人に思い当たる者がいるのでしょう」


 思い当たる者。思いつく何物。


「魔物……」


 どうしてこの事を思いつかなかったのか。どうしてこれを思いつかなかったのか。

 きっとそれはこの国に来てからだ。魔物に合わず、ずっと人間の面倒臭い所を見てばかりだった。

 ここは魔物がいる世界だ。


「魔物がこの国の中に潜んでいる」




 夜明けがやって来た。

 王城に集まるヒューマン達。奴らの口からはスロープを殺せだの、スロープを入れるなだの、人聞きの悪いことばかり言ってやがる。

 俺は歯を砕けるくらいに噛みしめる。


「ミチナシ君」

「なんだ?」


 後ろからアリアが話しかけて来た。俺の周りにはルーナだけがいた。ベル達は他の用事で各自別行動をしていた。


「準備はいい?」

「……ははは、そう言われてしまうと正直怖じ気付いているよ」

「私は……準備できてるよ」


 ルーナは唇をきゅっと引き締めた。ルーナは偉いなぁ。

 俺はただの一般人だから、本当なら逃げ出したいくらいだ。


「でも、やらないといけないし」

「板挟みだねぇ。……で犯人は?」

「大体予想している。そのために二人他のところでいてもらってるんだ」

「そっか」


 さて、時間だ、もうやるしか選択がない。アリアが息を呑み歩みを進める。ふと、彼女の手を見た。


 その手は震えていた。




「此度、ノーバディーに一つの事件が起きた」


 アリアが王城から下に集まっている国民に話す。


「我々同胞が殺されるという事件だ。もう耳にしている話だろう。出なければここに来ないわけだが」


 じっと何も言わずにアリアを見ている国民たち。俺はその間にルーナを見た。


「ルーナ。ここにいろ、俺は少し離れる」

「やだ、お兄ちゃん」


 袖をぎゅっと握りしめられた。手が震えている。アリアも同じだった。


「行かないで、私を置いて行かないで」


 それは願いだった。俺にしか言えない助けの声だろう。今手を離せばどうなるか、鈍感な俺でもわかる。

 ルーナが今ここに入れるのは俺がいるからだ。俺は袖を握るルーナの手を上から覆うようにつなぐ。


「大丈夫。何度も言うが俺はお前の味方だ。アリアも、ベルも、アイもみんなお前のために頑張っている。だからルーナ頑張れ」

「……うん」


 ルーナには申し訳ないだろう。心細いだろう。


「いい子だ」


 袖から離れた手。俺は微笑みながら頭を撫でた。


「アリアに呼ばれたらすぐに行くんだぞ」


 そして俺はその場を離れ、ベルの元へと向かった。

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