逃亡劇 ★
夕方になり、俺はアイと宿に戻るとロビーにルーナがソファに座っていた。俺を見るとぱあっと輝いた顔をして僕のもとへと走ってきた。
「あ、お兄ちゃんおかえり!」
「ただいま、大人しくしていたか?」
俺に飛びつき、抱きついてくるルーナに荒んだ心が癒され、表情が明るくなった気がした。ルーナの頭を撫でた後、辺りを見るとベルがいないことに気づく。
「ベルは?」
「ベルお姉ちゃんならお風呂に入ってるよ。個もさっき入ってきたばかりなの」
おいおい、ベルさんよ……。最後まで留守番しておけって言ったよな……。いやでも、ちゃんとここにいたんだから、良しとするか……。
「そっか。ならいいんだ」
「ミチナシ様ルーナ様、なにか飲み物は?」
アイが飲み物を聞いてきた。
「ううん。大丈夫!」
「じゃあ、俺はコーヒーで」
ルーナがニコニコとしていた。少し前までは落ち込んでいた顔をしていたが……心配をする必要はなかったようだ。
アイが離れてコーヒーを注いで持ってきた。俺はコーヒーを受け取ると一口すすった。
「そういえばスロープの話はどうなったの?」
「情報を集めた。あとはその情報を元に行動をするだけだけど……」
実行するには多少不安でしかない。だって情報が足りていないんだから。
そっか。とルーナが返事をした。
コーヒーを飲んでから息を吐き、窓をみる。夕日が暮れて空はだんだん夜へと変わろうとしていた。
「ルーナ、一つ聞くけどお前……」
窓ガラスが割れた。メイドの人たちは嬌声を上げて頭を伏せた。
「なんだ!?」
俺は割れた窓から顔をだした。割れた窓から見えるのは大通りだ。
その大通りは松明と槍をもった人たちが埋まっていた。
「スロープは出て行け!」
「スロープを処刑にしろ!」
「そこにスロープがいるのを知っているんだぞ!」
怒声と叫び声と憎しみが渦巻いた海のようだ。
「お兄ちゃん?」
「ルーナ! こっちに来るな!」
「いたぞ! スロープだ!」
「スロープを捕まえろ!」
松明が投げ込まれる。石が投げ込まれる。俺はルーナをかばうように俺の体を盾にした。石が背中に当たったり、槍が耳をかすめたりとけがを負う。松明の火をアイは迅速に消す作業を行う。
「なんなんだよ! これ!」
宿の玄関に押し寄せる群衆。いや、これはもう群衆という生易しいものではない。
俺達の敵だった。
「ミチナシ! これってなんなの!?」
風呂から出てきたベルが声を荒らげながら俺に言ってくる。湯上りなのか髪がしっとりとしており、服が多少濡れていた。
「スロープの仲間だ!」
「スロープの仲間は犯罪者だ!」
割れた窓から医師が投げ込まれ、ベルに向かって石が飛んでいく。俺はベルの頭を押さえつけ床に近づけるとベルの顔に当たるべき石は俺の右目に直撃した。
「っつ!」
「ミチナシ!」
痛みに耐える。手で擦り状態を確認するが、幸い出血はしていないようだ。
「ノーバディーの奴らがルーナの居場所を特定した。誰かが俺たちの居場所を教えたんだ」
でも誰が? 誰が漏らした?
「そんな状況じゃねえし……!」
自分自身に突っ込む。
「どうしますか。ミチナシ様」
そんなもん一つだけだ。当たり前だろうクソが。
「ずらかるぞ! この宿にはもう迷惑はかけられない!」
「スロープがあっちに逃げたぞ!」
宿に侵攻してきた群衆を再度見返す、彼らの目には恐怖が現れていた。思わずぐっと悔しさが滲み出る。
なにに? わかっているだろう。ルーナはそんな奴じゃないのに、そう思われているからだ。
ルーナは顔を伏せていて表情が読み取れないし、動こうとしなかった。
「ルーナこっちだ!」
「あ……」
ルーナの腕を引っ張った。
「クソッ……馬鹿共が……」
そう吐き捨て、俺たちは宿の裏から逃げた。
街の路地裏、人気のない場所で俺たちは息を整えていた。武器も何もない。いや、イザベルからもらったステッキくらいか……。
「なんとかまいたの……?」
息を整えているベルが俺に聞いてきた。
「そんなこと、知るわけ、ないだろう」
「索敵します」
「頼む」
アイは了解しましたと返事をし、その場を離れる。アイを見送った後、僕はルーナをみる。ルーナは考えている顔をしていた。
「ルーナ」
俺の声に反応したルーナは紫色の瞳を僕に向けてきた。
その顔は俺が読み取れない顔をしていた。
「あはは、個はお兄ちゃん達の敵みたいだね」
「それは違う」
俺は即答した。
「絶対に違う。お前は俺たちの仲間だ」
「無理だよ。個はお兄ちゃんに迷惑ばかりかけてるよ……」
彼女は俯く、肩が震えている。おそらくルーナは精神的に追いやられている。
ベルも取り繕うようにルーナに近寄った。
「そうだよ、ルーナちゃん。この馬鹿にいくらでも迷惑をかけていいんだから!」
「おい、お前そんなこと一言も言ってねえよ」
「ほら、お兄ちゃんだってそういっているじゃない」
墓穴を掘った気がした。
「いや、違うから! 俺が言ってるのはこいつに迷惑をかけられるのはまっぴらごめんだけど、ルーナとアイからの迷惑ならいくらでも引き受けてやるって言っただけで」
なんせアイとルーナは俺が保護者的なものだし……。特にルーナについてはもし何かしでかしたらルスにぶち殺されかねない。
「ミチナシ様」
「おかえり、首尾はどうだった?」
「撒けたかと」
そうか、と俺はもう一度ルーナを顔を向ける。顔をうつむかせたままそこから動こうとしない。そして顎に涙が流れているのを確認できた。
「あのな、ルーナ。俺はたしかに人間でお前とは違う種族だ。だから敵だとか、仲間じゃないとか言いたいのか?」
ルーナは涙を流しながらうなづく。
俺はそのルーナの頭を思いっきり叩いた。
「なに……!」
「ふざけたことを言ってるんじゃない! 何度も言ってるが、その前に俺たちは仲間であり、家族だ! お前がもし変なことを考えているならそれを正すのも俺の、俺たちの役割だ。今後間違えることがあるなら何度でも何回でも引き戻してやる!」
「……ごめん……なさい」
涙を流し、感情を爆発させながら僕に抱きついてきた。ルーナが泣き喚くのを俺は不本意ではあるが抱きしめた。
「ミチナシ様」
アイが俺の名前を呼ぶ。それと同時に俺とルーナの体は吹っ飛んだ。
「な、アイ!?」
「敵襲です」
俺とルーナがいた場所に入れ替わるかのようにアイが立つと斜め上の方角から人が剣を持ち、飛びかかり襲いかかってきていた。
アイは太ももに収納していた黒光りのナイフを取り出すと剣に対応する。
「なん……」
その光景に頭が回らなかった。ベルもあまりのことに驚いた顔をしている。
「ミチナシ! 上!」
俺が上を見ると月を背後に人間が二人いた。
いや、正確には違う。
二人の頭には耳らしき影が見えた。
キラリと月の光に反射して襲いかかる狂刃。
「ベル!」
ベルに向けて俺はルーナの体を押した。
背中に襲いかかる鈍痛。おそらく背中にさっき放たれたものが突き刺さったのだろう。まだ死ぬような痛みじゃなかった。
「アリアの元へ走れ! ベル! 絶対にルーナを守れ!」
「わ、わかった!」
「お兄ちゃん!」
「ルーナ、俺は大丈夫だ。アリアのところで匿ってもらうんだ」
「やだ! お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
頼んだぞ。とベルに神頼みをし、背中に突き刺さった物を引き抜いた。返しがついている矢だ。クソいてぇじゃないか。
アイが襲いかかってきた人間を蹴り飛ばし距離を取ると俺の側に跳躍しながら背中合わせに立つ。
月を陰にした二人が降りてくる。数は二対三。三人の姿がだんだんあらわになる。頭に生えているそれは、羊のような角と、うさぎのような耳、狐みたいな耳だった。
「ちっ、やっぱりスロープかよ」
俺は舌打ちをした。できれば彼らじゃなかった方が良かった。
そして明らかに不利だ。
「ミチナシ様。怪我を」
「平気だ。気にするな」
アイが俺の怪我を気にするが、大丈夫だと答える。
背中の痛みはまだあるが、別状はなかった俺はステッキを手にし、構えた。
「一人は逃げたやつを追いかけろ」
「いかせるかよ」
俺はステッキに強く握った。ステッキに込められた力が熱く燃え上がる。煌々と赤く光る魔術式はまるで網の目のように編まれた髪の毛のような細かさだ。
「お前らの相手は俺たちだ」
地を蹴る獣のように、三人のスロープは襲いかかった。




