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同盟の儀

 

「へ? 締結に俺が出る?」


 ノーバディーの東側、馬車に乗っている。

 両手両足は縄で締め上げられている。だれでもない、俺の対面……目の前には筋肉質の執事にだ。寝床を襲われ抵抗する間も無くこの状況だ。あの宿屋のメイド達はおそらく俺を売ったのだろうか。あとで仕返ししてやる。

 その隣には青いドレスを着た金髪碧眼の美女、アリアライオネル陛下が座っていた。相変わらずの威風堂々なやつだ。


 馬車に乗っている? 訂正しよう、俺は強制的に馬車に乗せられていた。


「そうよ。ミチナシ君、ヒューマン……人類国、ノーバディーに新しい可能性をもたらした人ということでこんな人がいるのよ! と言わせるために是非一役買って欲しいの!」

「いや、いやいや、俺そんな大層なことはしてないし……」


 ガタガタと揺れる中俺は卑屈に拒否をする。

 というかなんで晒し首みたいなことをしようとしてるの?

 そもそも前の世界での俺のような人種は前に出て自慢げにする奴らではない。そしてこの国の奴らがどうかはわからないが、おそらくそれを見せられてもそこに渦巻くのは嫉妬とか負の感情だろう。


「というより出るといっても、誰の前にだ」

「重鎮と、民草の前よ」


 えぇ、やる気起きないわ。


「もし、出たら金貨五百枚出すわ」

「よし乗った。どういう風にやるんだ?」


 訂正、俺は嬉々として馬車に乗った。そうだ、俺がノーバディーの可能性を広げた勇者だ。どうだこんちくしょー!

 背に腹はかえられぬっていうし。

 アリアはその俺の急激な態度を動じもせず話を続ける。


「簡単に言えば私が紹介をして出てくる。そしてイザベル・ジャッククール・ルゥセーブルと公約を結ぶ時にその仲介役として執り行って欲しいの」

「ふむふむ、つまりお互いの公約の紙を持ってお互いのもとに送ればいいんだな?」


 簡単な方じゃないか。こんな簡単なことをするだけで金貨五百枚なら全然やってやる。


「簡単じゃないか。全然やるぜ!」

「その言葉とても心強いわ」


 あ、そういえば俺ベル達にいなくなるからって言ったっけ?




 ノーバディー西側、王城の更衣室で俺は()()()()とした服を着せられていた。その更衣室は壁に取り付けられた物干し竿にずらりとかけられていてそれらは全て金の装飾品だったりと一着うったらそれはとんでもない金額になるんだろうなと思う代物ばかりだ。


「締結の際は正装で執り行ってください」

「え、この服じゃダメ?」


 たしかに今の服はヨレヨレの服装で浮浪者気味の庶民のような服装だ。よくこれで西側のノーバディーに入れたなと今更思うが……王城でも別にへんな視線はなかったし。

 すると執事はおほんと咳払いをする。


「アリアライオネル陛下はああいう堅苦しいのは苦手でして……陛下の前なら庶民の服であろうが構いません。しかし、同盟となれば話は別でございます」

「あぁ、まぁそうだよね」

「どんな服をお着になさりますか?」


 執事に聞かれた俺はとりあえず一番最初に思ったことが一つ。

 全部【ベルばら】みたいな服しかないのか? という点だ。ほら、ブローチとか、胸のあたりがウェーブかかった白い布だとか、いかにもきゃー! 気品ある服装ね! というか……例えが悪いな。端的にいえば【ドラキュラ】みたいな貴族が来そうな服なのかというやつだ。


「あ、えっとー。地味なやつで」

「かしこまりました。すぐに用意しますので」


 しばらくした後に服を用意してくれた執事は俺に着々と服を着せていく。

 まぁ、【貴賓のある服装】とでも言っておこうか。赤い服に? 前が紐で結んでて? 白いハーフパンツみたいなやつに? 白い靴下?


「たしかになんでもやるぜ、地味な服をお願いする、とは言ったけどさぁ」


 これ昔ネットでよくみた中世の男性の服装じゃん。めっちゃ恥ずかしいやつじゃん。まだエリマキがないだけマシだと思わなきゃいけないけどさ、いややっぱ恥ずかしいわ。


「……とても……にぁって……いるわね!」


 アリアが俺の格好を見て今にも笑いそうな顔をしているが、その言葉振り絞って出してる時点で笑ってるのと同じだからな?

 近くに姿鏡があったからちらりとみた。うわぁ、本当に合わなさすぎだろ。日本人がへんなガチのコスプレをしたような格好だよ。なんなんだよこれ。


「なぁ、もっとましなものないの?」

「ないわね……ふっ、それが、一番のましなやつ……ふふっ」

「おいふざけんなよ! 絶対まともなやつあるだろ!」


 今にも笑いのダムが決壊しそうなアリアに怒声を飛ばすが、アリアは気にしない様子。


「まぁ、いいじゃないの。私はドレス、ミチナシ君は男性の正装、イザベルは露出の高い服よ。明らかにミチナシ君のほうがましよ!」


 ぐっ! と親指を立てられる。


「それだったら俺は裸の王様にでもなりたいわ!」


 今日一番の叫びがこれかもしれない。


 同盟の話は耳にしていない。何度かイザベルとアリアの話し合いをしたあと、その周りにいる重鎮と言われる頭の固そうな奴らがイザベルと会話をし共存の道のための書類を書く。

 そして俺はその二人の真ん中に立っていた。ちらりと見ると、イザベルにはヒューマンとの同意書。アリアにはウィッチとの同意書がありその名前記入欄に名前を書いている。

 そしてお互いがその書類を丸めると、火がついている蝋燭にシーリングワックスを近づける。蝋燭のすぐ上には金属の漏斗らしきものがあり、そこにシーリングワックスを押し当てることでたらりと溶けた蝋が漏斗を伝い、同意書の上に落ちた。


「では、誓いの封蝋を」


 重鎮の一人が宣言するとイザベルとアリアの右手の人差し指に差し込まれている指輪の模様を押し当てた。

 俺はアリアへと足を進めると、アリアが立つ。

 えっとどうしたらいいんだっけ。

 戸惑いが見えたのかアリアはふと笑うと封蝋で閉じられた同意書を俺の手を掴み持たせた。封蝋には俺ももらった手紙と同じように、獅子に二本の剣の印が付いていた。


「大事なものだからね。君も、その書類も」


 アリアのその言葉が重くのしかかる。

 たった数グラムもない書類一つで、この国の全てが変わる。その重たさに俺は息を飲んだ。

 それを確認したあと、俺はイザベルへと足を向ける。イザベルが立ち上がり俺がそちらへ来ることを待っていた。相変わらずの服装……というにはやや外れている。それこそ下着のようなものが見えるレベルの服装であったものが、胸部や臀部から膝下まで明るめの布で隠しておりやや過激なインドの民族衣装……といったところか。相変わらず透けてる服は着ていたが。

 重い足取りでイザベルの前に立つと、俺はイザベルにアリアから受け取った同意書を渡す。


「なにを緊張しているですの?」

「こういう(まつりごと)は人生で初めてなんだよ。仕方ないだろう?」

「それもそうですの」


 それを確認したあと、イザベルはにこりと微笑んだ。

 そしてふわりといい匂いが漂う。それはおそらくイザベルの匂いだ。香水なのだろうか、集中して気を張り詰めていた緊張が緩み脱力した状態になった。

 いや、イザベルが俺に抱きついていた。


「なっ」

「大丈夫ですの旦那様。ただの書類ですの、紙切れ一枚に効果はありませんの。あくまで通過儀礼」

「それは」


 俺の唇に指を当て口にするのを憚れた。


「いつか裏切るのでは? じゃないですの。私達ウィッチは契約を重んじる者。紙一枚で契約を裏切るのはヒューマンと、商人だけでいいですの」

「……」


 それ以上のことを言わず、イザベルから封蝋された書類を受け取る。その封蝋の印璽は杖と蛇の紋章だった。


「そういえば」


 イザベルがさりげなく口にする。


「その衣装誰の考えですの? あまりにも似合っていませんの」


 ごもっともで、恐悦至極にございます。

 その否定は本当にありがたかった。ちくしょうが。

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