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獅子王と蛇女

 東と西を結ぶ橋の上は昼夜問わず人が歩いていた。あるものは散歩の一環に、あるものは西側に食料を運ぶために、あるものは西側で勉強をするために。

 その人ごみの中に俺達はいた。

 流れていく川の流れに刺した一本の棒のように、そこに佇む岩のように、俺たちは西側の岩壁を眺めていた。

 まるで一度入れば二度と出れないようなその面持ちは昨日感じたものではない。昨日は圧巻であったが、今回は圧巻ではなく恐怖にちかい。ぶるりと体が震えた。もう一度言うが恐怖ではない。冬の寒さによる緊張……いや武者震いだし。


「……よし、やるしかないよな」

「ふぁぁ……あふぅ……ミチナシお兄ちゃん、がんばれ」


 朝早くに叩き起こされ、転移の魔法を使った所為なのか、それとも転移の魔法の消費量が多すぎるのか、とても眠たそうにしているルーナは他人事のように応援をし自分だけ宿に戻ろうとしていた。


「お前も来るんだよ」


 ルーナがえぇ、という嫌そうな顔をする。珍しいじゃないか、お前がそんな顔するの。逃げ出そうとしているルーナの首根っこを掴むと借りてきた猫よろしく、諦めて大人しくなる。


「作戦はあるのでしょうか」


 アイは後ろで背筋を伸ばして俺に問いかける。


「まぁ、あると言えばある。だけどそれに関しては()()の手も必要なんだ」

「奴らとは」


 まぁ、お楽しみってことで。と曖昧に返事をする。

 大きな橋を歩んでいくと門番があくびをしながら立っていた。俺たちが見えるとキリッと気を引き締めてお辞儀をする。


「おはようございます。ミチナシ様」

「おはよう、朝から申し訳ないが国王アリアライオネルに用事がある。すぐに通して欲しいのだが」

「はい、はい、わかりました」


 二言返事で門番が俺たちを通す。また奥にいた門番が馬車が来るのでお待ちくださいと言って俺たちを待たせた。


 別に歩いて行ってもいいんだけどな。




 俺たちは馬車に搭乗し、王城に着くとまた同じ部屋に通された。その部屋は実は暖炉があり、その暖炉には薪が焼べられており、パチパチと水分が弾ける音がした。その暖かさはじんわりと部屋全体を温めており、寒い外とは比べ物にならないくらいだ。

 相変わらず煌きすぎて目が眩むシャンデリアに金属で装飾されたテーブル。何もかもが俺が見たことがないものばかりだ。

 しばらくお待ちください。と執事が言った後扉が閉まる。


「さて、今のうちにっと」


 俺はポケットから【あるもの】を取り出す。

 ルーナが不思議そうな顔をして俺を見ている。その視線に気づいた俺はそれをルーナに見せた。


「これイザベルからもらったものさ。暖炉があったらそこに焼べろって言われたんだ」

「へぇ、魔素の匂いがするから多分魔法が組み込まれてるんだと思うよ」


 どんな魔法機構なのかは全く知らない。しかしロアから出る前にイザベルと打ち合わせもとい計画を(あらかじ)め話をつけてある。

 その話をした後、イザベルはそうだと言いながら俺にものを渡す。


「ならこれを渡すですの。それを火があるところに焼べてくれればいいですの」

「火に焼べるって、魔素回路ってそんなものなのか?」

「いいから焼べろですの。それで十分ですの」


 押し付けるようにイザベルが渡したのは白い立方体だ。


「本当にこれを火に焼べるってどうかしてるよな」


 側から見ればただの白い石にしか見えない。しかしルーナからすればそれは緻密で精巧な魔素回路だそうだ。


「とりあえず突っ込めばいいんだよな?」


 そう独り言のように言った後、俺はそれを火の中に放り捨てる。特に変化もなく燃えることもなくただチリチリと炭を白い肌に塗りたくるように黒い薪の炭に埋もれていく。

 とりあえずイザベルが言っていたことを全てやったし、あとは俺らがアリアにこの事件の真相を話すだけだ。

 だがしかし相手はあのアリアである。

 まだあって一度だけ、そして国王となればどうなることか俺にもわからない。

 ルーナ達は暖炉の近くに固まって暖を取っている。


「アイは行かなくていいのか?」

「えぇ、私は寒さとかは感じないので」


 ふと思った。アイは暑さも寒さも感じない。ということは表皮の感覚を感じていないってことだよな。


「【痛み】は?」

「ありません。ミチナシ様を守るために不必要です」

「その考え、やめてくれ。俺はみんな傷ついて欲しくない」


 だけどみんなを使って魔獣を倒すなんて、矛盾してるよなぁ。


「かしこまりました」


 多分彼女は了解をしたがきっと守りに来るだろう。そこに甘えてしまう俺が憎かった。


「失礼します。アリアライオネル陛下がいらっしゃいます」


 執事がいつものようにいうと、部屋に入って扉から少し離れた場所に着く。

 またいつも通り扉が思い切り開いて花瓶が倒れたりするのだろうか。そんな思いをしながら俺はその光景をじっと眺めていた。

 バーン! とまた扉が開いたが、今度は学習したのかそこまで強い力で開いていない。


「待たせたわね!」

「相変わらずの登場に俺の心臓は驚くことなくなりましたね……」


 俺は乾いた笑い声でアリアの一挙一動を迎える。

 アリアの服装が前と違ってラフな姿になっていた。おそらく俺たちだからという考えだろう。


【対等な関係でいたい】という気持ちの表れだろうか。


 まぁ、それに関してはどうでいいが……。

 つかつかと威風堂々と俺の目の前の椅子に座るとさて。と声をあげた。その碧眼は俺を射抜き、まるで試しているかのようだ。


「ミチナシ君、何の用?」

「事件の解決の話をしにきた」




 事件の経緯を全てアリアに話した。


 誘拐事件を引き起きている理由はウィッチの種族が子孫を残すために男性を求めていた。死ぬようなことをしていないについてだ。


「だからといってそれを『はいそうですか』と許せる私たちでは無いわ。たとえ私がそれを知って許したとしてもノーバディーの重鎮達は物言いをするでしょうね」


 アリアが苦い顔をする。


「ウィッチ達はノーバディーの状況を知っているの?」

「いいや、誘拐をして子孫を残すまでが彼女たちの伝統だ。ノーバディーの状況よりもウィッチの存続を第一優先にしていたのだろう」


 あれは誘拐というより、拉致監禁に近いものだと思うがあれは婿入りのようなものだと言ってみる。

 あくまでウィッチは悪事に手を染めているわけではない。コラテラルダメージとでもいうべきか。

 なんで弁護士みたいなことをしなきゃいけないんだ。俺は。


「でも、それを聞いた時点では解決策なんでないに等しいじゃない。どうしたらいいのかなぁ……」

「そこで、アリア陛下にお願いしたいことがある」

「……お願いとは?」


 俺は立ち上がると頭を深く下げた。これまでこんな深々と頭を下げることがあっただろうか?

 アリアは何を突然という顔をしていた。きっとノーバディーには頭を下げる……お辞儀というのを知らない。


「ウィッチをノーバディーでの【住民権】を与えてくれないだろうか」

「はい?」


 そう、この誘拐事件を()()()()解決する唯一の方法。

 お互いを認知し、お互いの存在を同じ場所に置く。


 それは多国籍化だ。


「いやいや、ミチナシ君。それは無茶な要望じゃ無いのかなって私はおもうよ?」

「だから国王であるアリアライオネル陛下にお願いをしているんだ。この状況、この事件、この事態を収束するにはアリアライオネル陛下の権利が必要だ」


 ノーバディーにいる重鎮はきっと反対をする。重たすぎる腰をあげる労力もせずただ口だけだして終わるに違いないのならば、国王として君臨するアリアライオネルの権限だったら……。


「ウィッチの目的はウィッチの子孫繁栄。つまり人として子どもを作り人として生活をしたいだけだ。たしかにこれまでのことはノーバディーにとっては損害であり、罪であるのを知っている。向こうでもそのことについては話してきた」


 頭を下げたまま俺は口早に説得を続ける。


「さっき言った通り彼女達は悪事に手を染めているつもりでやっていない。ちゃんとこの国で暮らしていればこんなことにはならなかった」

「それはまるで私たちの見聞が狭いという言い方にしか聞こえないわ?」


 アリアの声が怒りに染まった。美人な顔の鼻が開いている。

 だが、それを否定はしない。


「そうだ、この国は見聞が狭い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はまるで外から守る檻でしかない」

「口を慎め、ミチナシとやら」


 首元に鈍色の光が輝いた。ひんやりとした金属が俺の首に触れている。


「次その口を開いたらその首を切り落とす」

「お兄ちゃん!」


 ルーナが俺の名を呼びアリアを警戒する。ベルは何も言わず、ルーナの体を抑えるように手を捕まえていた。アイも俺を見ていたが、その視線は明らかにアリアライオネルを敵として認識しようとしているようだ。


「まて、ルーナ……まだ話が終わっていない」

「でも」

「心配しない。俺は大丈夫だから」


 正直ちびりそうだった。助けてくれるなら助けて欲しいくらいだ。

 だが、そんな弱気なこと言っては話がまとまらない。やることはやるんだ。


「アリアライオネル陛下。俺たちは対等な関係で話しているはずだよな?」

「今お前は国家の批判をしている。その時点でお前は対等として呼ぶには不相応だ」

「はっ、そうだな」


 鼻で笑った。アリアが疑問に持つだろう。


 なぜ笑ったのか。


「そうだ。人というのは相応か不相応かの区別をする。人から外れればそれは人じゃなく、犯罪者だ」

「……」

「俺が犯罪者……それで結構だ。犯罪をするつもりはないが、国王が犯罪者と呼ぶなら俺は犯罪者なんだろう。だが、俺はウィッチとノーバディーの未来のために話にきている。それを否定をするならばそれは俺との関係はもとよりウィッチを敵だと認識しているような言い方だ」

「なにを」

「アリアライオネル陛下……【ウィッチを追い出したのはいつだ】?」

「……!」


 アリアは驚愕の顔をした。その表情を見た俺は確信をする。


「昔、あんたが生まれる前、ひとりの人間を追い出した。その人間は変な事ばかりを繰り返し研究をしていた。そしてそれはいずれノーバディーの内部で孕む脅威でしかなかった」


 天才は一歩間違えれば邪魔者でしかない。

 その国から外れたものは全て犯罪者である。

 そう考えればもともとは人間と変わりなかったウィッチ達がなぜ夜の街に住んでいるのかが手に取るようにわかる。


「先代ノーバディーの国王はウィッチを追い出したんだ」

「……」


 なにも言えず、アリアは俺を見ていた。俺はそれを確認した後、俺は顔を上げた。


「さぁ、もう一度確認をする」


 その剣を握る。力強く握りしめたために血が剣を伝って滴る。


「もう一度この国からウィッチを追い出すのか。それとも受け入れるのか。答えろアリアライオネル」

「……私は」


 もう一押しだ。しかしその一押しがない。この状況では手札を使い切って何もない。

 アリアの瞳は揺らいでいた。受け入れるべきか、受け入れないべきか。


「すこし待つですの」


 その声はふと聞こえた。

 その声を向くと暖炉の炎が燃え盛った。赤く空気を舐める炎が青緑色の光に輝くとその炎の中からピンクの髪を三つ編みにした露出狂のような服装のイザベルが現れた。


「……イザベル、イザベル・ジャックヒール・ルーブル」

「悪いけど私の名前全然違うですの。イザベル・ジャッククール・ルゥセーブルですの」


 間違えないでくださる? とツンとした顔をして俺を見ていた。

 いや待ってなんでそこにイザベルがいるの?

 ハッとした。


「暖炉にこれを火に焼べてくださらない?」


 あの立方体は魔素回路の塊だ。つまりあれは転移の魔素回路が織り込まれていた。


「アリアライオネル陛下でありますの?」


 しゃなりしゃなりと歩くその姿はまるで遊女のような美しい姿で思わず見惚れてしまった。


「私、イザベル・ジャッククール・ルゥセーブルと申しますの、今回はそこの旦那様が言っていた。ウィッチですの」

「……」


 アリアの視線が鋭い。それは獅子のような今にも首に噛みつきそうな剣幕だ。

 ぞくりと体が震える。

 俺でもわかる。これは一人の少女としての気配じゃない。もはや別の何か……国王としての威厳とも言えるものだ。


「そんな気を立たなくていいですの。せっかくの可愛い顔が台無しですのよ?」


 それに臆する事なく話しかけるイザベルもイザベルだ。それを気にすることもない姿に俺はただ茫然としているだけだった。


「ウィッチが何の用かしら」


 殺気立ったその声にイザベルはにっこりと微笑み、簡単ですの。と口を手で隠す。


「【交渉】ですの」


 その言葉にアリアはしばらくの間固まる。

 固唾を飲み、その場を眺めていた俺はルーナ達をみるが、彼女達は首を横に振る。


 どうなるかわからない。ときたか。


 するとアリアは気を落ち着かせて剣を収める。姿勢も臨戦態勢から普通の状態に戻した。


「……交渉は?」

「旦那様の言っていた住民権の獲得ですの。私たちがやってきたことはノーバディーにとっては犯罪なのは昨日聞きましたの」

「本当なら絞首刑にしたいくらいだわ」

「まぁひどいですの」


 うふふ。と笑うイザベル。


「で、その住民権の代償にノーバディーにくれるものは?」

「【魔法機構(マギガクラフト)の技術】……というのでどうですの? 」


 俺は目を見開いた。


 ウィッチのこれまで研究してきた成果を惜しげなくノーバディーに渡すという意味だ。

 その言葉にアリアも目を見開いていた。


「嘘、ではありませんの。なんなら今ここで魔法機構の道具を出してもいいですのよ?」


 そう言って彼女が取り出したのはライターほどの大きさの金属製の箱だ。それをカチンと鳴らしながら開くと暖炉の火が消え、光を集めるように箱の中に入っていく。


「これは雷光虫の甲殻で作った集約灯ですの」


 そういってもう一度開けると暖炉の元へ光が走り、暖炉に火がついた。そして閉じた箱をアリアに向けて綺麗な放物線を描きながら投げる。

 アリアはそれを受け取った後、しばらくその箱と向き合いながら考える。そしてもう一度イザベルを見たときの顔は決意した顔をしていた。


「時間がかかると思う」

「構いませんですの。それが今まで私たちがやってきた罪ならば私たちは幾らでも受けますの」


 イザベルも決意していた。もしかしたら処刑されるかもしれない状況で、ノーバディーの国王と向き合っている。

 アリアは視線を俺に向ける。


「……わかったわ。ウィッチの住民権を発行できるように重鎮たちを説き伏せるわ」

「……お兄ちゃん」


 ルーナがおれの名を呼ぶ。

 どっと体の緊張が抜ける瞬間が襲いかかる。脱力感におそわれ、その場で腰を落とした。

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