ロア
顔を手で隠す。恥ずかしさのあまり思わずしてしまった。
生まれてこのかた二十何年。誰かにモテたということがなかった凡人が突然人気者になってしまったら逃げ出したくなる。
しかしここは敵地。俺たちからすれば袋小路。そして俺は蛇の穴に捨てられたネズミだ。
「ねぇ、そこの御仁。私と楽しい一夜を過ごさない?」
甘ったるい声が俺にかかる。右耳だけに問いかけられた俺の理性は綻びそうになる。
いやけっこうです。まじ勘弁です。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 私とたのしいことしない?」
俺をお兄ちゃんと呼んでくれる奴は一人しかいない! お前は違うだろう!
次々襲いかかる甘い誘惑に俺は小さくなり存在を消そうと励むがそんなことできるわけがないわけで。
「お兄ちゃん、気をしっかり!」
ルーナが励ましてくれる。しかしすまないルーナよ。俺はもうダメかもしれない。
いやほんとここに来たのが失敗だよ。なんでここに来たんだっけ。あ、そうかアリアライオネルの依頼だっけ。でもこんな状況望んでないんだけど!
俺の周りにベルとアイ、ルーナが囲んでくれているから露出狂めいた服装の女性から守られている。触られるだけで毛虫が走ったかのような悪寒が走るのだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
ベルが女性たちに話しかけるが無視され、その女性の視線は俺に刺さる。
その完全無視の扱いに信仰を集めたい彼女にとっては大打撃でして……。
「もうなんなのよ! これは!」
泣きそうな顔でこの状況を恨んだ。
いやいや、俺が聞きたいですよ!?
とにかくこの状況をなんとかしないといけないと考える。どうしたらこの囲まれているのを打破できるか……一度来てしまったからには成果を上げなければきた意味がないし。
だけどこんなこう着状態……あぁ、イライラする。
「ちょっと静かにしてくれぇぇぇ!」
我慢の限界が迎えた俺は思わず声を張り上げて静かにしろと吠えた。
多分無駄だと思っていた。声が届かず、このまま取り囲まれたまま時間が過ぎていくのだろうと思った。
例えるならきゃー! かわいいー! どんな犬種なの? と質問ぜめされて、キャンキャンと泣き叫ぶだけの犬のよう。
しんと静寂が訪れる。
「……?」
顔を上げてあたりを確認すると露出狂……肌色が多い服を着ている女性たちが何も言わずにただ俺を見ていた。
「お兄ちゃんこれって」
「あぁ、予想外すぎるんだけど……」
俺のいうことが通じた。
じっと俺が言った言葉を遵守する彼女たちを見回すあたり、明らかに俺のいうことを聞いたというわけか。
俺は何かないかと言葉を取り繕う。
「あなたたちは何者?」
お前たちと言いたかったが初対面であるし、いきなり不躾なことを聞くのもおかしかったためなぜかあなたたちという呼び方をしてしまった。
ざわざわとお互いが話し合っている。その姿を何も言わずに俺たちは見ていた。
すると一人の女性が声をだす。
「私達は【ウィッチ】です」
「ウイッチ?」
スイッチか何かか? ニンテンドーかな?
彼女たちが首を横に振る。どうやら発音が違うらしい。
「ウィッチです。人類の派生種、ウィッチ」
木魚の音が響く。ルーナもベルも、もちろん俺もその木魚の音が聞こえているのだろう。そして理解した時。
「あぁ……なるほどね」
いや納得はできないけど。
俺のいうことを聞いてくれるウィッチ達に頼み、俺は彼女達の中で一番偉い人は誰かを聞いた。すると道を開けてくれた彼女達はまるで俺たちを誘う蝶のように寄ったり離れたりを繰り返しながら道案内をしてくれる。
そして彼女達が連れて来てくれたのは街の中で一番大きな家だった。気を引き締めて扉をノックするとゆっくりと開く。
「イザベル・ジャッククール・ルゥセーブルと申しますの。この度はウィッチの街【ロア】へお越しいただきありがとうございますの」
ピンクの髪を三つ編みにし、小さく綺麗な白い花の飾りを身につけて三つ指を立ててお辞儀をしてくる。まるで日本で見られる不束者ですがみたいな格好で……そして露出が激しい服装だ。シースルーだったりとかレース柄だったりとか。ここの女性達はスケスケで寒くないのだろうか?
年齢もそこまでいったないだろう。おそらく俺より多少上の年齢だろうか。
とりあえず目のやり場に困る。
このイザベル・ジャックヒール・ルーブルがこのウィッチの街【ロア】の長なのだろうか?
顔を上げた瞬間、その瞳の中にはハートマークが見えた。あぁ、これ発情してるかもしてるわ。
「えぇっと、悪いけど俺はそういうので来たわけじゃないから」
「そういうので……とは?」
「言わせんなよ」
知ってるくせにと嫌そうな顔を見せる。
その視線にゾクゾクと体を震わせる彼女に余計怯えた顔をしてしまった。
「俺はここに誘拐された男を追いかけてきた。この誘拐事件は俺たちの国で問題になっているんだ。これ以上したらお前たちの立場がなくなってしまうんだぞ」
「と言われましても、我々ウィッチには仕方ないことですの。ウィッチの呪いを知ってまして?」
ウィッチの呪い? なんだそりゃ。
ベルたちの顔を見て知っているかアイコンタクトをするが、ルーナとアイが知らないのならばベルも知らないってことだろう。
背後から強い衝撃が襲いかかる。ベルが後ろから思い切り殴ってきたのだ。
「いってぇな! なにすんだよ!」
「絶対今ふざけたこと考えたと思ったから。つい」
ジト目で俺を睨むあたりこいつどうにも読心術でもあるんじゃないかと思う。
「なにも考えてねぇよ。なんなんだよ。ったく」
視線をイザベルに向ける。彼女の視線はまるで別の生き物を見ているかのような冷たい視線だ。
「そこにいる女性の方々は……」
「俺の仲間だ名前は」
名前を言おうとした瞬間彼女は静止させるために手を伸ばす。
「あぁ、女性なら名前を聞かなくてもいいですの。それに私は貴方の名前が聞きたくて……」
確か魔女に名前を聞かれたらまずいとかそういう噂なかったっけ? 操り人形になるとかそういうの。
「ミチナシ、行止正義だ」
「……いい名前ですのね」
イザベルの笑顔は怒っている……そう直感した。
「で、ウィッチの呪いってなんだ?」
「えぇ、えぇ、そうでしたね。改めまして……私たちウィッチには呪いがかけられておりまして、その呪いのせいで私たちウィッチの存続が危うい状況にありますの」
「短命とか、またまた不老不死とか?」
生唾を飲んだ。
「流石に布の面積が狭くないと生きていけないというものではありませんの」
「いや、そんなこといってねぇし」
明らかにこれボケに来てるだろう。そんな冗談面白くないからな?
「簡単に言えば、私たちウィッチは女子しか出産しないのですの」
「……はい?」
子どもが女の子しか生めない?
どういうことだ?
するとポンと音を出してアイが思い出したと言わんばかりの表情をする。
「そういえば文献にあった気がします。ウィッチの始祖であるものが【悪魔との契約】によって魔素に対する知識と技術をもらった契りに女性しか産めない体になっていると」
「……つまり、そのウィッチというのは女性しか生まれないから、他の種族である男性を誘拐して子種をもらって子孫を残していたってわけか?」
「はい! さすが私の旦那様ですの!」
旦那様じゃねぇよ……!
「だん……!?」
ルーナが衝撃の顔をして俺を見ている。まて、ルーナ落ち着くんだ。
わなわなと震えており、明らかに正常じゃない反応をしているルーナに俺は宥める。
とりあえず状況を把握しよう。
人類には二つの種族が存在する。
一つはヒューマンで何も持たず何かに秀でているわけではない存在。そのヒューマン達が暮らしている国はノーバディーと呼ばれている。
そのノーバディーにはむかしから一月に一回少年から青年が神隠しにあい、二週間ほどして帰って来るという事件が起きていた。
その時間をノーバディーの女王が解決させようとするが犯人の尻尾をつかむことに難儀していた。
そんな時に俺に白羽の矢が当たった。こっちに連れて来られるとその事件の犯人を捕まえろと言われる。
その犯人は人類のもう一つの種族である【ウィッチ】だった。
ウィッチの目的は子孫繁栄。自分の血を絶やさないためというわけだ。
うんうん。うんうん。
なんていう……!
つまり、あれだろ? 子どもが女の子しか生まれない男を密輸して手に入れて【自主規制】をして子ども作ろう! うちの国の男が盗まれてる! なんとかせねば、しかし手掛かりがない……! そうだ魔獣を倒せる奴がいるんだからそいつに頼めばよくね!?
そして俺が動くってやつか。クソが。




