南半球の肌色のスライムが二つ。
「お兄ちゃんどうしたの?」
後ろから走ってきていたルーナは様子を伺っていた。
振り返る俺を見たルーナは少し怯えた顔をする。
俺の顔が明らかに怒り狂っている、眉間のシワを伸ばし気持ちを落ち着かせる。
「あ、いやごめん」
「ううん。私の方こそ」
くそっ、月に一度じゃなかったのかよ。
思わず悪態を吐く。路地裏の壁を殴って現状を把握しようと試みる。
なんで二回も誘拐されるんだ。
どうやって大きな男一人を連れてこの場から去ることができる?
「あーもー、ぜんっぜんわかんねぇ! なんだよ。俺が見ていたのは幻なのか!?」
イラつき大声を出し頭をガシガシとかきむしる。ルーナの後を遅れてやってきたアイとベルはなんだなんだという感じでやってきた。
「ミチナシ様どうかされましたか?」
「男が誘拐された。男を女が連れて消えていたんだ」
「え、それって誘拐じゃないの!?」
その通りだ馬鹿女神。月に一度誘拐されるのが二度起きた。
しかもよりによってこの時間帯にこのタイミングで。
ベルが慌てた表情で俺に問いかける。
「え、でもそれって彼で一回じゃなかったの?」
「だけど現時点で二度目が起きてるんだよ!」
いや、それよりもっと他に言うことあるだろう。
「それより、あの女はどこに行ったんだよ。どうやって男を運ぶことができるんだ」
「何があったのか教えてくれませんか?」
アイが状況を理解するために俺に事情を聞く。俺は身振り手振りで動きながら口を開いた。
「露出の高い女が、俺と同じくらいの青年の意識を失わせ、連れ去ろうとしていたんだ。その女はジャックの言っていた姿形が酷似していたから声をかけたらそいつは慌てた顔をしていた。すると床に何かを叩きつけたら青白い閃光が走った後に奴らが消えていたんだ」
青い閃光がどこから出てきたのか。それがわからないし、そもそも青年を連れてどうやってこの場を離れたのかわからない。
頭を抱えて考えていると、ルーナが閃光が瞬いたところまでいきまじまじと見ていると何かに気づいたのかクンクンと匂いを嗅いだ。
「魔素の匂いがする」
「え?」
ルーナがぽそりと言った。
「ここ、魔素を使った匂いがする」
魔素って、あれだろ? 人間が使ったら死ぬようなやつ。それを使えるのは竜だけとか……。
「いやいや、でも俺が見たやつ人間だったぞ!?」
慌てた顔をして俺はルーナにいう。だがルーナは顎に指を当てて思い出すように言う。
「魔素っていうのは別に人の回路を介さなくても使えるの。個達はそもそも魔素を流し続けることができる血管のようなものが張り巡らされているからお兄ちゃん達のいう魔法が使えるの。人間にはそれがないから代用品で血管を使う。だけど、魔素の流れは尋常じゃないほどの速さで巡るから人間の血管だと身体中の血管がはち切れて穴という穴から血が吹き出ると思うよ」
さらっと怖いこと言うなぁ。ルーナさん。しかも可愛く手を筒状にしてから両手を真上にあげて爆発のイメージを作るから言葉とジェスチャーのギャップに違和感しか覚えない。
「でも、この魔素は多分何かしらの動物の素材を使って閃光の魔素を行使したんだと思う。実際ルスお姉ちゃんに近い魔素の匂いがするし……」
ルスといえば雷系の魔素を得意としていたな。じゃああの閃光は雷系の魔法だってことか? だとしても納得いかない。
いやまさかルスの体の一部が使われてるとかじゃないんだよな?
そんな技術があったなんて聞いていないぞ。
「でもこの魔法は多分初歩の魔法だね。目眩し程度の輝きなんだと思う」
「そこまでわかるのか……恐れ入った」
「えへへー、もっと褒めていいんだよ?」
ニコニコしながら近寄ってくるルーナの頭を撫でる。嬉しそうで何よりデス。
「でも、それができたとしてもどうやって移動したんだ。本当に一瞬だぞ……」
「それは多分転移の魔法を使ったのかも」
転移? 転移ってあのワープのことか?
本当この世の中不思議なことだらけだ。
「それなら合点が行く……と言わなきゃいけないのか」
「?」
俺がいた世界には多次元の世界に行って別の場所に一瞬にして行くなんてできないんだよ。少なくても二次元と三次元しか無かった。
「お兄ちゃん達、手を貸して」
「手を握ってどうするんだ?」
疑いもせず、俺はルーナの手を握ると今度はアイの手を持つが、なんか恋人繋ぎをしようとするからがっしりと握りしめた。そしてアイはベルの手を持つと、ルーナはベルに手を出し手を握ると俺たちは輪の形になった。
「ルーナちゃん何するの?」
ベルが不安そうな顔をしてルーナに聞く。よく見るとルーナの逆鱗が煌々と光り輝いている。
「いまから【飛ぶよ】」
「はっ……」
ぐいっと一気に引っ張られるように、まるで首根っこを引っ張られたような引力に、体が引き裂かれそうな痛みに、壁に打ち付けるような痛みに思わず俺は目を閉じる。
「ついた!」
ルーナが大声で言う。いやまって見えないから、きつい。
「……うっ」
三半規管がグワングワンしている。ぐるぐると回されたコーヒーカップの後で体が支えれない。フラッと重力に引き戻されて行く力に耐えれない俺は体が傾いて行くのはうっすらとわかった。
それを支えてくれたのはアイだ。
ベルは俺と同じ目にあっているようで四つん這いで倒れており、美少女が出してはいけないキラキラと光る水が口からでていた。
マーライオンだー。ふざけすぎたな。俺もなりそうだが、残念なことに胃には何も入っていない。
「ごめ、ちょっと酔った」
「大丈夫です。しばらく休んでください」
「お兄ちゃん大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
誰のせいだと思っているんだ。戻りつつある感覚に俺は目を開ける。目の前にはルーナが心配そうな表情をしているが大体お前のせいだぞ。
「お前何をしたんだよ……」
「えっと、魔素の痕跡が残っていたからその残滓を活性化させて転移と同じ術式を起動したの」
「……ちょっと俺にわかるように言ってもらえない?」
つまりなんなんだ? 俺の頭は現代知識から未だに抜け出してないんだぞ。いや魔物や、魔獣のせいで一部生態学については抜け出てるけどさ。
「んー。残ってたものを使って同じものを使ったの」
「あー、なるほど」
もうどうでもよくなった。
ぐるぐると回る感覚が戻ると体が言うこと聞くようになった。
視界も良好。右から左に視界が動く感覚がなくなり今じゃまっすぐ見えるまで来た。
「ところでここはどこなんだ?」
「わかんない。でも少なくともノーバディー内ではないと思う」
こんな匂いがする場所は初めてだとルーナがいう。一言で言うならそこは【夜】だった。
カンテラか、ランプかそれがずらりと並んでいて仄かに漂う甘い匂いがルーナが初めてだと言わせる所以だと思われる。
立っている建物はふるぼけており、あちらこちらが風化によるヒビやその他諸々によってボロボロだ。人もおらず、閑散としているが明らかに人の気配は感じる。
「アイもここはわからない……よな?」
アイにも聞いてみたが首を横に振るあたりわからないのだろう。
「男よ」
ふと、耳にした。
その声は女性だ。
「えぇ、男が来たの?」
「男よ!」
その声はたくさん聞こえて来た。
ざわりと背中を撫で付けるような感覚。そうそれは前に感じたことのあるやつだ。
アキハーに行った時のあのメイドの視線。
さっぱりとした甘いものじゃなく、ねっとりと添加物がこれでもかと言うくらいに入ったような甘みのある視線。
そしてバタンとしまっていた建物の窓が全開になった。まるで朝を迎えた街のように、沢山の露出の高い女性が俺を見た。
「私と子ども作りませんかー!」
「きゃー! 私のご主人様ー!」
飛び交う黄色い声。弾ける肌色のスライム。
その時俺は全力で顔を手で覆った。




