遊女と閃光
依頼の内容はいたってシンプルだった。
場所を変えるために俺たちはアリアの後ろをついて歩く。執事も俺たちの後をついて歩いた。改めて執事を見ると初老で服で隠れているが、明らかに鍛えきった体をしている。脳筋体質というのかは分からないが、人の扱いが上手いのではなく、自分から動いてこなすタイプだろう。
頭脳派ではなく、武力派というべきか。
「近いうち行われる祭は、ノーバディー屈指の祭なのよ」
「そういや下の人たちは祭がなんとかって言ってたけど……アイ、その祭は大規模なのか?」
「私にはわかりません」
アイが知らないということはルーナも知らないし、ベルに聞いても意味がない。若干ベルが怒った顔をしていたが無視だ無視。触らぬ神に祟りなしっていうやつだ。
「私にとっては一番大事な祭なのよ!」
振り返って握り拳を作り、鼻息を荒くして断言するアリアは少女と呼ぶには程遠い存在に見える。簡単に言えば……おっさん?
何か興奮する要素でもあったのだろう。俺はそのアリアを白けた目で見ていた。
「その前にノーバディーは昔からある事件があってね……それの解決を依頼したい」
「事件?」
そう。と言いながらアリアが部屋の扉を開く。その部屋は書斎であるが、会議室みたいな部屋と同様に馬鹿でかい。本がずらりと並びすぎて圧迫感があり、息苦しく感じる。アリアが書斎の机と一緒に置いてある椅子に座る。俺たちはその姿を確認した後、ちらりと並べられている本を見ていく。
「ノーバディーには月に一度若い男性が神隠しにあう。二週間ほど消息不明になったあとに何事もなかったかの様に帰ってくる」
「……」
あれ、これどっかで聞いた様な気がする。
「過去三年。月に一度。神隠しにあった人たちは全員で三十六人。全てが男性なの」
「あ、うん」
ルーナが俺の袖を引っ張るあたりおそらくルーナも俺と共通の思い当たる点があるのだろう。
俺とルーナがそう思うならばアイもそう考えているに違いない。
「で、君たちに頼みたいことは、その神隠しの解決。そしてその主犯の人物を取り押さえることなんだけど……あれ? どうしたの?」
俺がなんとも言えない顔をしているのをアリアが見ていた。
冷や汗を流しながら俺は若干乾いた笑顔を使っていた。
「悪いんだけど、実は俺達がここにくる前に一人保護したのですが……」
「え?」
まさかここでその話が来るとは思わなかったさ。
そのお祭りは明日行われるとアリアに聞いた。
俺たちは王城から出て、西側の領土から東側に戻ってきた。
「別に西側で泊まっていけばいいじゃないか。せっかくこっちにきたんだし」
アリアが西側から東側に戻ろうとみんなに言った時に俺たちを引き止めた。
きっと高待遇で止めてくれるのだろう。お風呂も貸切とかご飯がとても美味しいとか。
「ありがたい話だけど、悪いが守銭奴でね。払った金は全部使うのが主義でして」
たとえ女性しか泊れない宿泊施設に俺が部屋を借りたとして、嫌なサービスを受けたとしても全部使い切るのがいいに決まってる。
あれだ、金を払って損をしたなんて思わない様にする奴。ことわざなんだっけ。
「ミチナシお兄ちゃん。お腹すいた」
ぐぅぅ。と空腹だと訴えるルーナの腹を彼女自身がお腹をさすりながら言ってくる。
「お前さっきまであそこでお菓子ばかり食べていただろう。太るぞ」
「む! 太らないもん!」
腕を上にあげて反抗するルーナにそのルーナを見ているベルとアイ。ふと視線を空に移すと空は橙色の光が深く青い夜に少しずつ侵食されていた。
そういや今日は雲がないくらいに済んだ空だったな。と心の端で思う。
特に意味はなかった。秋なのかどうかは分からないが、少し経ったくらいになると空が澄んで見える様になる気がする。
「ところでミチナシ、明日はどうするの?」
ベルが明日のことについて聞いてくる。意識が空から近くまで寄ってきていたベルの顔に戻る。風になびいた髪を撫で付ける様に梳く彼女に胸が高鳴った。
「簡単だ。依頼をこなすそれだけに尽きる」
だがしかし問題もある。
もう被害は出ているということだ。つまりこの時点で被害者がいて、被害者はもうでない。
「つまりこの祭が終わってしまえば依頼は擬似的にではあるが終了になるってことなんだけど……」
だが、これには裏があると思っている。
裏があると言っても何がとは言えない。何かがあると思っているとしか言いようがない。
「そのために一度食事をとって明日に備えてはどうでしょうか?」
「……まぁ、それが妥当だよな」
俺は同意をして前を見る。いろんな人達が歩いている。屋台には何十人の人間が食べても減りそうにない麦粥が売り出されていたり、ひき肉の腸詰めが串に刺さっており、炭火でじっくり焼かれていたりと様々だ。
日本人としては麦粥が食べたいところだが、きっとルーナからは腹の足しにならないと非難を受け、ベルからはそんな貧相なもの食べるならお酒が飲みたいというのだろう。アイは糖質がと論外だな。うるさいな俺は米が食いたいんだ。
ドロッドロに煮込まれたその麦粥にはハーブと細かく刻まれた鶏肉が混ざりあってきっと鶏肉は塩胡椒で一度焦げ目をつけられているのだろう。ほんのりと焼けた油の匂いがした。
ぐぅぅ。と俺のお腹も鳴り始めた。
「あはは、お兄ちゃんもお腹すいてる」
「……そうだな。ここらで腹ごなしするか」
「あ、じゃあ私お酒買ってくるね」
「ほどほどにな?」
どうせあの宿のご飯はまずい。それなら屋台の食事にした方が何千倍もマシだ。幸いあの宿の食事は宿泊とは別料金になっているし、ならここで食べてもいいだろう。
「個、あの腸詰めされてるやつが食べたい!」
改めて見ると、腸詰めされているやつは皮が破れておりそこから油が滴り落ちている。思わず溢れ出るよだれを飲み込んだ。
腸詰めを焼いているおっさんがこちらを見ると、手を擦ってくる。その手は油で潤っており、火に近づけたら今にも燃え上がりそうだった。
「いくら?」
「はい、銅貨二十枚です」
「じゃあ三本くれ」
「味は、どうされます? 当店人気のハニーマスタードがありますが」
「他には?」
えっとー。とおっさんがソースを確認する。
「辛子と、レモンソースですね」
「ルーナは? 味はどうする?」
ルーナに問いかけるとうーん。としばらく考えていた。
「んー。じゃあハニーマスタード!」
かしこまりました。と男は手際よく腸詰めを火から離すと紙の上に乗せ、とろりとした焦げ茶色のソースを垂らす。いやぁ、すっごい美味しそうだ。思わず口の端を拭う。
「はい、どうぞ」
「ありがとうおじさん!」
ルーナの引っ込み思案はどうやら空腹の時はないらしい。満遍の笑みによっておっさんは思わずニッコリと微笑み返した。
「銅貨六十だな」
「どうも毎度、よろしければうちの店内でお食べください。そっちの方があとあと楽になるかと思います。お酒も振る舞いますよ」
商売上手な人だな。後ろからついてくるアイも特に異論はないらしく、ベルも適当に買ってきたお酒を片手にこちらに向かってくる。
「じゃあ、よろしく……」
ふと、視界の端を通った人物を見た。
露出が高い、いかにも遊女な風貌の姿。その姿はどこかの人に教えてもらったっけ。
そうだ。ジャックだ。
「……ミチナシお兄ちゃん?」
「ルーナ、悪い。先に入っててくれ」
小銭その他諸々をルーナに渡すと、俺は走り出す。人混みの中だから体を反らすが、視線はその露出が高い姿に特徴的な巨大なキノコのカサみたいな帽子を目印に向かう。
すると遊女は何事もなかったかのように路地裏に入って行った。それを追いかけるように俺は路地裏の入り口に立つ。
「……」
果たしてこれは誘われているのか誘われていないのか。それとも別の男を探しているのかわからない。
しかし依頼のことを思い出す。
「神隠し」
俺は一歩、また一歩と確実に歩みを進め、路地裏へと入って行く。
路地裏は生ゴミのような据えた臭いが立ち込めており、思わず口を塞ぎたくなるような状況だ。
俺が目を細めながら奥へと進んでいく。路地裏は一本道で迷うことはない。
そしてしばらく進んでいくと、遊女が意識をなくした男性を抱き寄せていた。
「おい!」
「!」
遊女が手に持っていた何かを床に叩きつけると青白い閃光がはしり眩しさに目を閉じた。
閃光が消えた時にはもう姿はいない。
「ちくしょう。攫われた!」
俺は声を漏らした。




