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人生の選択にセーブはない

「へぇ、ほんっとうに何もできないんだね」

「……」


 ぽりぽりとお菓子を食べながらアリアは経緯を聞き終え、お茶を流し込んで口を綺麗にした後に発した言葉がそれだった。

 確かに俺は何もできていないけど、そう真っ直ぐに言われてしまうとどうにもこうにも居心地が悪いというのが俺の立場である。

 でもしょうがない。そう言い聞かせた。


「計画も雑だし、本当にその場しのぎの作戦ばかりじゃない。よくあの子達が死ぬことがなかったわね」


 アリアはそう言いながら自分のティーカップにお茶を注ぎ込み、また口にする。仄かな紅茶の匂いが俺の鼻をくすぐった。

 俺は俯いて悔しさに打ち震えていたが、違うと言えず、ただその現状を受け入れるしかない。


「でも魔獣に知能があまりないということがわかったわ」

「そもそも魔獣ってなんなんだよ。アリア陛下は全部知ってるのか?」

「まぁ、ある程度はね……」


 彼女はえーっと、という顔をする。

 何か困っていることでもあるのだろうか。


「まぁ、いいわ。せっかくだから説明するけど……」


 右手を俺に突きつけてから一本指を伸ばした。


「君達が戦っている魔物の親玉はノーバディーでは魔獣と呼ばれている」

「まぁ、アリア陛下がそう言ってる時点でそうなんだろうなとは察しましたが」


 次に二本目の指を伸ばす。


「その魔獣を倒すことによってその集団は機能せず、消滅する」

「一応それも存じています」

「え、知っていたの?」


 アリアは驚いた顔をしている。


「まぁ、タストのギルドの人が後々調査に行ったらそこ一帯の魔物が一匹もいなかったって言ってましたし」

「あら、そうだったのね」


 あくまで聞いた話でしかなかったけどね。

 それに、退化みたいな進化や、成長、もすることを知っているが、そちらはおそらくノーバディー側は知らないだろう。いや、でも俺たちが魔獣とやらを倒したことを知っているのならばその進化か退化かわからない現象も耳にしているはず。

 アリアはきっとそこまで俺が知っていることを見越して話しているのだろう。お互いの情報にズレが無いようにあえて知っている情報を出している。

 そして三本目の指を出した。


「じゃあ、その魔獣たちの【管理者】がいるのは?」

「それは知りません」

「なるほどね」


 初耳だった。アリアはその時点で右手を下ろし、机の上に戻す。


魔獣の管理者(テイマー)……私たちが目撃したのも最近よ。魔獣に襲われず、むしろ受け入れられているようにいる人影があったとか」


 テイマー……猛獣使い? なかなかいいセンスをしてるじゃないか。

 とりあえず質問をしておこう。


「受け入れられてるというのは具体的にどういう感じなんですかね」

「わからないわ。その姿を見た後に魔獣はその発見者を襲ったからね」


 よく生き延びていたよ。とアリアは肩の緊張を抜く。

 例えば猫みたいに顔を擦り寄せてくるとか、襲わずにお座りとか伏せとかするとか、いろんな意味が含まれているだろう。

 だがしかし……。


「その管理者はズボラなのですかね。人に目撃されてしまうとか……」


 だいたい悪の団体というのはどこか失敗して存在を明るみに出てしまう。

 それは昔の特撮にもあったが、大体特撮の世界だからしょうがないと思っていたが、まさか転生世界でもこういうことがあるとは……。

 お約束と言うべきか。


「で、それを俺に教えてどうするのですかね? まさか管理者を見つけ倒せとか?」


 ニッコリと笑うアリアに嫌そうな目を俺はした。

 あぁ、この雰囲気どこかで感じたことがある。


「別に強制しているわけじゃないのよ。君が望むなら、好きなだけ兵力(ちから)も、兵站(しげん)も、()してあげる」

「さっきまで作戦も計画もまともにできていないってボコボコにされたのにそんなこと言うんですか?」


 こめかみに人差し指で叩きながら俺に向けた批判を持ち上げる。

 しかしアリアは驚いた顔をわざとした後に女神のような溢れそうな顔をしてくる。


「あら、私が言ったのは君の行動力と計画性よ。君のその根幹をなしている思想と動機は否定していないわ」


 表情を変えず俺に笑顔を向けてくるアリアに俺は頭を痛めた。


「ちょっとだけみんなと話してきてもいいですかね」


 どうぞ。と余裕を持ってアリアは言った。

 俺が離れると後ろにずっと立っていたアイが俺に付いてくる。

 ある程度離れたのを確認した後、アイに話しかけた。


「アイ、この件どう思う?」


 アイは表情を一つも変えず、俺の意図を読もうとする。

 この件とは、テイマーの事でもあり、アリアの言っている貸与の件だ。

 間接的に俺たちの求めていたことから外されていたが、相手の目的の意味は大体わかった。


 簡単に言えば俺たちをノーバディーに引き入れて、アリアライオネルの傘下に入れようとしている。


「正直なところ自由奔放に行動をするミチナシ様他、ベル様、ルーナ様を見て傘下に入ることはあまりにもアリアライオネル陛下様にとっては重荷では」

「だからさりげなく俺らを卑下するのやめませんかね?」


 アイの頭を小突いた。痛みの感情もなく、ただ小突かれただけのアイはしばらく考えるふりをする。


「ミチナシ様この時は痛がるふりをした方が人間ぽく見えるものでしょうか」

「まぁ、多少目を閉じるくらいの動作をすれば人間らしいと思うけど……」

「なるほど……」


 いやいやアイさん。俺が求めているのはそれじゃなくてでして。


「それはミチナシ様がお決めになる事ではないでしょうか」

「……」


 まっすぐアイの瞳が俺を射抜いた。


「このチームのリーダーはミチナシ様です。ミチナシ様が私たちに聞いてどうするのですか?」


 まぁ、たしかに。


「それに私たちはミチナシ様が出した提案に否定はしません。私たちはミチナシ様を信じていますから」


 ……いやもう本当嬉しいしなんか恥ずかしい。

 こんな思いをするならしなければよかった。と言う言葉はこう言う時に言うべきなんだよ。全くもう。


「わかった」


 俺は覚悟を決める。これからのことを、みんなが大変な目に遭わないように。俺たちの最善の答えを導き出す。


 もう一度アリアの目の前にある椅子に座るのにそう時間はかからなかった。




「アリア陛下。悪いが俺たちは貴方と【手を組まない】」


 それが俺の今用意ができる最善の答えだった。

 それを待っていたと思っていたかのように彼女は表情一つ変えず俺とアイを見ている。

 この難しい話は正直ベルもルーナも()()()()()()()()だろう……これ死語(しご)だよな。

 それにきっとあいつらも俺に任せるというに違いない。


 なら俺が勝手に決めさせてもらおうじゃないか。


「じゃあこの話はなかったことで」

「いいや。手は切らない」

「え、ちょっとミチナシ君? ちょっと何を言っているか」

「アリアライオネル陛下様。私たちは手を組まず、手を切らないと申したのです」


 え? とアリアは変な顔をする。

 恥ずかしいくことを言っているのは重々承知の上。手を組まず、手を切らない。どっちつかずの状態を俺は選んだ。


「まず一つ。俺たちは俺たちで生活をしている。好きに生きて、好きに仕事をこなしているんだ。アリア陛下の元に着くということは俺たちは決められたことをしなければならないってことだろう? それは困る」

「そういうことだよね? 私はそこまで想像はしていたけど、手を切らないというのは?」


 未だに驚いた表情を変えず、身振り手振りが大きくなっている。流石の国王でもこの選択には少々【器】に入り切らなかったか。


「二つ。手を組まないというのは以上のことであって、もう一つは俺たちは【本隊】ではなく【遊撃隊】で参加する。俺たちは個性が強すぎるために本隊にいると【大分】手狭なんでね。何かあった時に手伝うことにするよ。契約金ということで払ってもいい」

「なるほど、傭兵としてなら参加してもいいということなのね」


 あぁ、と俺は答える。

 お互いの協力関係は無くさず俺達が動くのは仕事の時だけと伝えた。

 アリアはじっと考えている。もしこの話が流れるのであれば俺達は無かったことになるし、逆に話が合えば俺たちはタストに帰れることになる。

 その決断を下すのは他でもない女王の彼女だけだ。

 じっと結果を待つ。手に汗を握る時間だ。


「わかったわ」

「……」


 アリアが音をあげた。両手を横に出し、首を横に振る。その顔はやや不満げな表情だったがもう変えようがない事に諦めているという顔だった。


「じゃあ」

「ただ一つ先に依頼したいことがあるの」


 右手の指を一本立てて俺の言葉を遮る。

 決まった直後に依頼? いや待て、まさか。


()()()()()()()()お願いしたいことなの。ダメかしら?」


 あぁ、なるほどね。


 アイは俺の顔をのぞいてくる。多分俺の顔はしてやられたという顔をしているのだろうか。


「ミチナシ様。なんていうか情けない顔をされているのですか」


 やっぱりそうだよな。と俺は理解をした。

 どうやら彼女アリアライオネルは俺より交渉が一枚上手だったようだ。

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