ジャック
「どういうことか教えてくれない? ことによっては残機一つ取ってあげる」
「取ってあげるというな、物騒だなぁベル。見てわかるだろう。夜中に裸で男が迷い込んできて、そいつを助けただけだ」
なんで俺は正座をしているのか誰か教えてくれないか。
目の前には裁判長と、裁判官と、弁護人がいる。
「ベル様。ミチナシ様は昨夜ここに迷い込んできた男性を助け、介抱していたのです」
「じゃあ、なんで彼は裸なの!?」
ルーナが半べそで俺に訴えてくる。いや俺に言われましても……。
問題はそこだった。なぜこいつは俺を不利にするものばかりを持って来るのだろうか。ましてや裸。裸。裸。
イラっとした。誰に? この糞野郎に。
じっと何も言わずに黙っていると斜め後ろで控えていたアイが一歩前に歩みを進めた。なんか頼もしく感じる。
「安心してください。私がミチナシ様をお助けします」
「アイ……!」
「じゃあ、アイ。なんでミチナシが裸の男を介抱しているの?」
その質問にアイはきりっとした顔で口を開く。
「わかりません。しかし私とミチナシ様が仲睦まじくしていたら突然やってきたのです」
「おい、いまなんか語弊が生まれたぞ」
誰がアイと仲睦まじくしていたんだ?
さりげなくツッコミを入れるとアイは悲しそうな表情を作り上げる。
「え、昨夜のアレはなんだったのですか……?」
「ちょぉぉぉい! アレというな! アレと!」
「ミチナシお兄ちゃん? アレって何をしたのかな? アイちゃんになにをしたのかな?」
ルーナの周りには陽炎が現れている。あぁ、あったかい。じゃなくて。これブチ切れモノだぁっ!?
「だから、アイとは今後どうするかの話をしていただけで……」
「ミチナシ様との子供はいつ作るかの話をしておりました」
「てめぇ、さっきまで弁護人じゃなかったのかよ! 裏切りやがって!」
本当にゴミ山に送り返してやればよかった! 本当こいつ無駄なことしか言わねえぞ!
そして瞳にハイライトを失っているあたりもうだめなのだろう。俺がルーナを見ても目も合わせてくれず視線も交じり合うこともなかった。
「ベルお姉ちゃん……」
「判定、有罪」
即決だった。
「ん……」
「起きたか、糞野郎」
目を開けた裸の男の瞳は白く濁ったエメラルド色の瞳だった。そういえばこいつの容姿を言ってなかったな。燻ぶった感じの金色の髪がもさもさとしている。そして裸だった。服を着させろ? 嫌だな。
「ここは……」
「ノーバディーに行く途中の休憩地点だ。俺たちが休憩地点で一晩過ごしているときにお前が裸で迷い込んできたんだ」
「……たしか、オレは」
「あー、もー、そんな思い出したみたいな話はいいから。ちゃっちゃと服着てくれないか?」
本当はイライラとしているのだが、声や口調を注意深くコントロールしようと努めた。いやさぁ? 早くこの場合から去りたいなぁ。
着たのを確認した後、俺は男に声をかける。
「俺はミチナシマサヨシ。ミチナシって言ってくれればいい」
「ジャックです。ノーバディーの住人で……」
「ノーバディーの?」
そのノーバディーの住人様がなんで裸でここにいるんだ? 裸族なの? バカなの? 死ぬの?
「ならちょうどいい、俺たちは今ノーバディーにいく所だからノーバディーまで連れて行ってやるよ。ついでになんでその状況に陥ったのか教えてくれ」
「はい」
割と素直だ。
「とりあえず飯だ。他の奴らが腹を空かせて待っているだろう」
「他の奴らって誰がいるんですか?」
あー、うん。
すっごい言い表されない。美女ばかりだというと俺がいかにも女好きに聞こえるだろうし、ドラゴンと神様と、人形と言ったら全てが好きと思えるだろうし……。しばらく悩んだ末に。
「ドラゴンと、自称神様と、人間みたいな人形だ」
顔が真っ青になっていた。あはは。やっぱりそうだよな。うん。
「ミチナシお兄ちゃん。男の人起きた?」
俺が愛想笑いをしている間に後ろからトテトテと音を鳴らしながらルーナが会話に入り込んできた。昨日と変わらない俺に懐いているルーナだった。はて、今朝のあれはなんだったのやら。
「あぁ、お前さっきブチ切れていたのになんで平然としているんだ?」
「あれはあれ。これはこれだよ」
「あ、そうですか」
ニコニコと俺の腕に抱きついてくる。この気分の変わり様に生理なのかな? と不安になるレベルだ。思わず口にしかけたが、また墓穴を掘る前にグッと抑えることにした。
その会話をまじまじと見ていたジャックに気付くルーナ。視線が交差するとルーナは一瞬だけ肩をビクッと揺らした。
「あの、この子は」
「あ、えっと……お兄ちゃん」
ここで引っ込み思案発動のルーナさん。さっきまで腕にくっついていたのに俺の後ろに隠れていた。
「あぁ、こいつはルーナシンセザリック。ドラゴンだ」
「この子がドラゴン」
物珍しそうな顔をしている。やはりドラゴンって珍しいんだな。ジャックはしゃがみ、ルーナの視線まで合わせると頭を軽く下げた。
「る、ルーナです」
「初めまして、ジャックです。気軽にジャックでいいよ」
「よろしく。……ジャック」
あれ、この人割と好青年? 意外と普通に受け入れたぞ?
そのあとルーナに遅れて俺の元に来たのはアイだ。相変わらずのメイド服。眼福です?
「ミチナシ様、お話は終わりましたか?」
「一応……な。そっちはもう必要なものは撮り終わったのか?」
「補給すべきものはとりました」
砂糖を一心不乱に黙々と食べてるのを想像したが、イメージが付かなすぎてモザイク加工される。
「アイ、こいつはジャック。ノーバディーの住人らしいから一緒に連れて行くけど構わないよな?」
「構いませんが、私たちの馬車は四人しか乗れません。五人になれば料金とかが」
「まぁ、そこは気にしない。馬車の人に話をつければ少しくらい許してくれるだろう」
人一人くらいオーバーしても乗せていく精神がないとかの商売はやっていけないだろうと思っている。サービス精神にかけることにした。
「ジャックです」
「アイです。私は人形で今のご主人様はミチナシ様となっております。なので体は許しても心は許さないんだからねっ!」
「おいてめぇ、こっち来い。誰がその知識教えやがった。今すぐ忘れろ、ライトナウ!」
「ミチナシ様の知識からでございますが」
「ふざけやがって! お前はサブカルオタクか何かか! 絶対後でその記憶改竄してやる!」
そんな会話をしているとジャックはパチクリと目を瞬いていた。俺達の会話がおかしかったのか変な顔もしている。
「何か変なところあったか?」
「いえ、仲がいいんですね」
家族みたいだ。とジャックは続ける。俺は恥ずかしくなり、ルーナは顔を赤く染め、アイは恥ずかしそうに人差し指で自分の頬を叩いていた。
「ところで後一人は……? 仲間は四人と聞いていましたが」
「あぁ、あそこで火に当たっている空気を読まない奴」
俺が指をさしたのは簡易の囲炉裏に手をかざしてぷるぷると震えているベルだ。みんながこっちでワイワイと話しているのに一人あそこでぼんやりとしているあたり神というのは一人ぼっちでもいいらしい。
「ベルだ。自称神様の無能だ」
「今絶対私を侮辱した言葉が聞こえたわ」
瞬間移動とも言える速さで俺の背後を取る、俺は殺気にビビり思わず振り返った時には鳩尾に強打をうけ、思わずくの字に折れると左足を首にかけ、右足を俺の左足に引っかかると、俺の右腕をねじりあげた。
いわゆる卍固めだ。
「いでででででででで!」
「こいつかー! こいつの口が私の悪口を言ったのかー! 許さん! 今すぐぶっ殺してやる!」
「テメェフザケンナよ! 仲間と思われたいのなら少しくらい交換しろ馬鹿やいでででででででで」
ふん! ふん! と鼻で息を吐きながら卍固めを決めていく美女。
これを女神とは誰も思えない姿だった。




