いただきますは万物の挨拶
休憩地点につくと、まず俺に降りかかる災難は臀部のしびれだった。
「……痛い」
まるで板をつけられたような感覚に俺は背中を丸めた。あれ、視界がぼやけるな……。ないてねえよ?
ずっと痛みに耐えてきたものだから腰も痛いわ、体も痛いわ、もう絶対嫌だ。絶対荷台になんか乗りたくねえぞ。
大地に久しぶりに足を着けると体のあちこちが痛みを訴えてきており、筋肉を揉んだりとしながら体を伸ばした。
その状況を見ていたルーナが心配そうに近寄ってきた。
「ミチナシお兄ちゃん大丈夫?」
「お前らが結託して俺を貶めなかったらこんなことにはならなかったよな」
「あはは……」
しかし、いままでルーナたちに悪いことをしたわけだし、仕方ない。
「気にしない。今回は俺が悪かったんだし」
「……ん」
頭をなでられるのを受け入れるルーナは目を細める。むしろもっとしてといわんばかりにすり寄ってきた。犬かな?
後ろから次々と出てくる、次にベルで最後にアイだ。
「んーーー! やったと着いた!」
「ベルさままだ休息地点です」
「いいのよいいのよ。こういう時に使えばいいのよ。長い時間同じ場所に居続けてやっと外に出たら、適当にいえばいいのよ!」
「ははは、お前寝ていただけだろ」
座席の方は割と振動がないところだったらしく、睡眠する場所に関してはとにかくうるさいベルがなにも言わない限りとても寝心地が良かったのだろう。次はその場所俺だからな。
「まぁ、ルーナが膝枕していたりしていたし」
「あららー? ミチナシさんもしかして嫉妬ですかー? 嫌だなー。女性のふれあいに嫉妬とか男としてどうなんですかー?」
「ちっ」
別に羨ましいと思ってはいない。むしろルーナに膝枕をしてもらったというのをネタに無駄に調子にのるベルに苛立ちを覚えた。
体の節々に感じる違和感を治すために一通りの体操をした頃には大体の動きは良くなっていた。
「ミチナシお兄ちゃん」
「ん?」
ぐぅぅ。と音が鳴り響いた。その音は俺ではない。目の前にいる、俺の名前を呼んだルーナだ。ルーナの顔が夕日に照らされているから赤かったが、それよりも赤く染まるのを確認できた。空腹を訴えているのだろう。
おもわぬ出来事に俺は息を噴き出した。
ルーナは適当な言葉を見つけるのに苦労しているようで、口を開閉している。確かに俺もおなかをすかしているわけだし、仕方ないだろう。
「飯でもするか」
「……うん!」
「ほめて遣わす!」
てめえにはやらねえよ。バカ女神。
ノーバディーに向かう人数はざっと見る限り二十いるかどうかだった。ほとんどの人の服装は冒険者家業というわけでもなく、旅をして回る商業の服装だったり、異文化の服装だったりしている。きっと俺の知らない世界がまだたくさんあるのだろう。
よくよく考えてみたら、俺が元々いた世界もわからずにいたなと浅くため息をついた。少なくとも俺が住んでいた日本の真裏にいるリオデジャネイロも知らないし、そもそも日本に何があるのかも俺にはさっぱりだ。
井の中の蛙大海を知らずとはこういうことを言うんだろうな。
土を掘り返し穴を作り、その穴に手ごろな岩を並べた即席囲炉裏の周りを俺とベルとルーナが囲んでいる。アイが見当たらないと言うことはきっとどこかで砂糖を口にしているのだろう。その羞恥心はどこで学んだのやら……。
しかし秋にもなると若干の寒さを覚える。あたりもだいぶ暗く、太陽も地平線に飲み込まれようとしており、それに抵抗するかのように空を赤く染め上げていた。対する反対はキラキラと光る星がチラチラと見え始めている。そろそろ冬になるだろうしオリオン座とかあるかなと希望的観測をしたが、異世界である以上そういう星座はないだろう。
「あ、ミチナシお兄ちゃん! 噴きこぼれているよ」
「おっと」
めらめらと燃える炎にあぶられるようにかざしてあった飯盒のふたがぷかぷかと浮き上がっており中の水が噴きこぼれていた。飯盒の取っ手を木の棒で巧みにひっかけてこちらに寄せた後、蒸らすために置いておく、その間に串刺しした干し肉を火にかざしておいた。ある程度あたたまったら柑橘系の汁と合わせて食べたいところだ。
ルーナが嬉しそうに器を手に取るとキラキラとした目で俺を見てくる。あぁ、相当腹減ってるなこいつ。
「わかったわかった」
飯盒の蓋を布で掴みふたを開けると、中には麦を煮こみ干し肉を刻んだ雑炊がこんもりと出来上がっていた。干し肉の出汁が麦飯に染みているのが安易に想像できるほどに肉独特の色が雑炊に移っており、そのおいしそうな匂いがあまり空腹を感じない俺でも空腹を訴えた。
ちらりとあたりを確認すると、ルーナの口からよだれが出ていた。今にも飯盒をそのまま口に放り込む勢いだ。さすがにそこまでされると困る。
手をくいくいと招くとルーナは器を前に突き出して早くちょうだい! と言わんばかりの顔をしている。器を手にすると木製のオタマで掬うとルーナに渡した。ルーナがあーんと大きな口を広げた。
「まてまてまてまて」
「んえ?」
「一緒に食べないといけないだろう。前からそう教えているだろう」
「あ、そうだった」
ルーナは器を持ったままじっとまつ。そして俺の器に雑炊を注ぎ、ベルにも仕方なく雑炊を注ぐと二人に匙を持たせた。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
ルーナが元気よく挨拶をすると、匙を掴み一掬いする。ホカホカと湯気が立ち上がるのを一目見た後に息を吹きかけ冷ましたあと、口に放り込んだ。
「あふっ、あふっ」
「おいおい、落ち着いて食べないと火傷するぞ」
「うん! 美味しい! ミチナシお兄ちゃんのぞうすい!」
「ど、どうも」
「いや、お世辞じゃないよ。これ美味しいわ。ミチナシ」
「ベルがそんなこと言うと正直怖いな」
気味が悪い。明日雨なのかもしれない。だって真面目な顔をして料理を褒めてくるのだから照れくさくなるのは決まっている。
俺も匙で雑炊を掬うと息を吹きかけて口に入れる。
ほんのりと麦の苦さと甘みが口の中に広がると同時に肉の旨味が油と一緒に舌に染み込む。
五臓六腑に染み込む暖かさだ。
でも、本当は生姜とか持って来たかったんだけどな。と内心呟いた。あと胡椒とか。割と味にうるさいのは日本人の血筋なのかもしれない。
雑炊をみんなが食べ終わる頃には干し肉がほんのりと焦げ目をつけてただでさえ乾燥している肉から油が溶け出すように泡を作り出している。
干し肉に柑橘系の汁をふりかけ、ルーナとベルに渡して俺の分を取った時にルーナがふと口にした。
「そういえばなんで【いただきます】なの?」
「え?」
ルーナの瞳が炎に照らされ紫色に光っている。そしてその瞳は火に照らされた俺の顔を見つめていた。
「ずっと思ってたの。いただきますって言ってから食べろって。でも個にはいただきますってなにかわからないから、なんだろうなって」
「あー。んーと。俺の故郷では神に感謝しなきゃいけないのと、目の前にあるのは命だろ? だからその命をいただきますを掛けているんだよ」
「ほえー。あんたの国って割とおもしろいよね」
「連れて来る前にまず本人が住んでいるところの情報を仕入れろよ。クソ女神」
ルーナがふむふむと考え、口に干し肉を放り込む。筋繊維が糸のように解れルーナの口の中で肉の風味が染み出していると考えると俺も食わずにはいられなかった。
「ミチナシお兄ちゃんの国に行ってみたいな」
「やめとけやめとけ。あそこは確かにいい国ではあるけど俺の知っている限りでは排他的なところだ」
頭一つ出れば叩き潰され、頭一つなかったら叩き潰される。常に平均的でなければならない。
まるで軍隊だ。
「ここの方が何千倍も自由で暮らしやすいよ」
「そっか」
ルーナが何かを考えた後に一言返し、また干し肉を食べることに専念した。




