キスしましょう
バードラーに人類国に行って来いと使命を受けた俺は彼と別れた後、宿屋に戻る。宿屋の主人に明日明後日いなくなるから部屋の解約できないかという交渉をすると主人は別に解約はしないぞ。と返事をした。
「いつもアイちゃんに手伝ってもらっているから。アイちゃんが働いている間は宿代は半額、解約なしでいいぜ」
となんとも、気前のいいことを言ってくれたのだ。この時は空いてる時間にウェイトレスをしてくれているアイに感謝をした。
主人と話をつけ、ひと段落した後、二階に上がり自分の部屋に入ると、俺の部屋ではルーナがドレスを脱いでいる途中で小さくきれいな臀部を俺に突き出すようにして俺を見ていた。重力によって下に垂れる胸とかもあらわになっていて右腕にある紫色の入れ墨が竜である証の逆鱗というらしいが、正直俺の知っている範囲ではそこに逆鱗があるとはおもえない。だって逆鱗の下には心臓があるはずじゃん。
氷のように固まるその状況に唖然としつつ、なんで俺の部屋にいるんだ。と脳内で会議が始まった。
「え、えっと」
「俺の部屋だよな?」
「うん」
特に恥ずかしい所がないのか落ち着いて話している彼女だが彼女の体の周りから発せられる陽炎を見る限り怒っているのか、恥ずかしいのかどっちかだろう。
「なんでここにいるの?」
「ベルお姉ちゃんが着替えてて、狭かったからお兄ちゃんいないし個はここを使わせてもらおうと思って」
「なるほどね」
いや違うだろ。なんで俺の部屋を使おうとするんだ。
とりあえず何気ない会話でその場を去ろうとする俺を察したのか、ルーナは陽炎を抑えていった。
静かな湖畔の水面に石が投げ捨てられる。
「ミチナシ様いくら性的に欲求がたまっていたとしてもやっていいことと悪いことがあります」
それは紛れもなくやつさ。と言わんばかりのアイだ。部屋にルーナがいて、部屋の入口に俺がいて、ベルが借りている部屋から出てきたアイがいる。なんというアンラッキー。
そのアイは白々しい顔でこちらにむかって言い放つ。その言葉は明らかに悪意であり、人を刺し殺しかねないほどの鋭さだった。
「ならアイがやってくれよ! お前がルーナにドレスを着させたんだろう!」
確かにとアイはうなづいた。うなづく暇があるならさっさとやれと促す。
一階の食堂でぼんやりと彼女たちの着替えを待っている間に俺はバードラーから受け取った革袋の中身を確認していた。
「きゅうじゅご、きゅうじゅろ、きゅうじゅなな、きゅうじゅく、百……」
金貨百枚か。まーた大量の金貨が俺の懐に入ってきたなあと胸がいっぱいになった。何かとんでもないものを引き受けてしまったのではないかと腕組をした。というのも、大体いい話の後には何かあるというのが定石だからだ。
二階から一番最初に降りてくるのはベルだ。
「で、どうするのよ」
ウィットにとんだ物言いをしてくる。それに怪訝な顔をした俺は目を細めて彼女を見た。
「どうするって行くしかないだろう?」
人類国に。実はこの依頼を受けた時点でもう逃げ場はなかった。ベルは主人にソフトドリンクを頼むと俺の左隣に座る。そして足を組んで床にリズムを刻んだ。
「私は行かなくてもいいのよね?」
「いいや、ここにはミチナシ一行とも書いてあるだからお前もくるんだ」
えぇー……。という顔をするベルに内心イラっとした。
「お待たせー」
「お待たせしました。ミチナシ様」
「ん。とりあえず座って。今後のことを決めよう」
アイとルーナが二階から降りてくると、アイは俺の斜め後ろに、ルーナは俺の右側に座る。
「ミチナシお兄ちゃん、これからどうするの?」
「さっきベルにも言った通り行くよ。だけど、みんなも行くということで」
「私はどうすれば」
「アイも一応同行ということで」
かしこまりました。と命令を受ける。
「で、問題はノーバディーまでの道のりをどうするかなんだけど」
「タストからノーバディーまでの距離は輸送用馬車で大体半日ほどです。途中休憩所があり、そこで休憩するのが一般的です。時間は大体朝から夕方にかけて出発しており夕方から出発する場合は野営してから早朝に到着するというかたちになります」
アイが基本的な情報を提示する。ナビかな。
「人類国に当日行ってすぐに何か起きるより前日に到着して空気に慣れることが大事だと思う」
先ほどのルーナのこともあるし……。勝手がわからなくてあーだこーだと大変な目にあうよりかはマシだと思う。
「では出発は今日の夜から。でよろしいでしょうか」
「あぁ、じゃあそうしようか」
「はじめての旅行?」
「違う。仕事だ」
ルーナが胸のあたりで両手を握りしめる。それにリラックスした姿勢で返事をした。
「でも、お土産とか、観光というのもありだな。早くノーバディーに行くわけだし……」
「じゃあ!」
「初日だけだからな。何が起きるかわからないわけだし」
ということで、野営をして明日の朝到着することに決まった。
夕方。ノーバディー行きの馬車乗り場で、野営に必要なものを買っていた。とりあえずアイに聞く限りでは、野営に必要な食料は持参らしい。火種や、薪などは輸送側が用意してくれるらしい。なんともいいサービスである。ルーナとベルにはは輸送用馬車の予約を頼み、俺とアイは二人で馬車乗り場の近くにある屋台で食材を吟味していた。
「そういえばアイは食べ物をエネルギーに変換してなんたらと行っていたけど」
ふと、前に思い出したことを聞いてみた。たしか少し前に食事をとることができるとの話があった。
「はい。私は食料を取ることによって活動するエネルギーを得ています。正直な話人が持つ生気を媒体に生活ができればいいのにと効率性に批判をします」
「一応お前人形だよな? なんでそんなに感情豊かになったんだ」
作成者の拘りを否定するあたりこいつは本当に何者なのだろうか。
「ですが、これは作成者の主張だと理解しておりますのでご安心ください」
「あ、はい」
「で、食料ですが、一日一回糖質五十グラムほど摂取すれば大体一日活動できます」
「……? 今まで食べてるところ見たことないんだけど」
そう言われるとずっと俺はアイが食事をとるところを見たことがない。ずっと俺の後ろで立っているイメージしかなく、しかもナビのように助言をしてくれるくらいだ。
その指摘にアイは眉をひそめた。そしてしばらく指を顎に当てたあと、閃いたかのように指を離すと俺をみた。すると一気に詰め寄ってくる。それはキスするかの近さだ。
「ミチナシ様。キスしましょう」
そして俺に艶やかな言葉ではなく淡々とした言葉で言い放った。
「は!?」
唐突にグイグイよってくるアイに俺は声が上ずった。
「キスをすれば口の中が甘く感じるはずです」
「いやいやいやいや! いいから! わかったから! ごめんなさい! まだ初キッス奪われたくないのだよ!」
「ですが、摂取したところ見たことないのでしょう?」
「わかったから! わかったから! もうやめてください! ごめんなさい!」
「では、ゴミ山に捨てるぞのいじめもやめていただけますか?」
「話すり替えてるんじゃねぇぞ!?」
必死の抵抗もあって彼女は諦めてくれた。
あまりの出来事に俺はよろめきながら一歩後ろに下がった。口が渇く。水が飲みたい……。
「大体は宿の主人に砂糖をいただいておりましてその時に経口摂取しております」
「そうなのね」
もういいっすわ。疲れて耳にも入らない。
「でも考えてください。人形が一心不乱に砂糖を五十グラムも食べていると気持ち悪くありませんか?」
想像してみる。一人黙々と砂糖を頬張る人形。
体がぶるっと震えた。
「なんかごめんなさい」
「いえ、ミチナシ様がわかってくださればよろしいのです」
俺は深くため息をついたのだった。




