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冒険者の一日:中編

「ミチナシお兄ちゃん!」

「お、ルーナお帰り。あと、ベルも」

「ちょっとなんでついでのように私に言ったの!?」


 しばらくアイの仕事ぶりを見ていると、外からベルとルーナが帰ってくる。多少ベルの顔が疲れているように見えたが、おそらくルーナとずっと外に遊びに行っていたからだろう。朝から元気な奴だなと思ったが、ルーナは大人の年齢であれ中身は子供に近いはしゃぎまわっていたら、いつの間にか振り回されていたのだろうか。哀れな奴め。


「どこに行ってたんだ?」

「えっと、まずはベルお姉ちゃんの買い物に付き合っていて、その後ぐるりとタストの中を回っていたの」

「いいところでもあったかい?」

「お姉ちゃんと行った。アキハーが面白かったよ! アイちゃんみたいな人が沢山いたの!」

「アキハー……」


 そういえば前にもアキハーについて触れたような気がしたがあの時もアイの時だったな。

 というかなんでこのバカ女神はアキハーに行く理由があったんだ?


「んー。俺も行って見たいな」


 えっ、とベルが反応し、ぱぁっと花が開いたみたいに笑顔を作ったのはルーナだ。


「ミチナシお兄ちゃんもいくの? 絶対楽しいよ!」

「ルーナがそういうのだから、俺も楽しみにしておくよ。後で案内をしてもらってもいいかな? いやぁ、俺アキハーのこと知らなくてなぁ。はははは」


 じゃあ(わたし)が連れていくよ! とルーナが胸を叩く。


「いやいや、きっとミチナシは興味ないと思うから行かないほうがいいんじゃないかなーって思うんだけど」

「失礼な。【俗世に疎い】なら、なおさら俺が知らないから行かなきゃいけないだろう」

「おほほほほ、何行ってるのかしらこのバカ人間は! 知っていいことと悪いことが世の中にありましてよ」


 やっぱりこいつは何かを隠してやがる。実際のところルーナに聞いてもいいのだが、外堀をほっておくには聞くのではなく、現物を見ておかなければならないと思った。


 そうしなければ奴をしっかり叱ってやらない。


「まぁ、とりあえず俺はルーナと一緒に行くよ。バカベルはついてこないよーに」

「え、一緒に行った方が面白いよ?」


 あぁ、純粋な心を持っているルーナが綺麗すぎる……!


「ルーナ。俺はベルが悪いことをしてないかを見に行くんだ。もし悪いことをしていたらその場で怒らなきゃいけない。そうするとその場にいる人たちはどう思う?」

「迷惑?」

「そういうことだ。そのためにベルにはこの場にいてもらうのだよ」


 わかったかい? と諭すようにいうと、ルーナはうん。と頷いた。


「じゃあ、とりあえずは腹ごしらえしておくかな」

「あ、じゃあ個、お兄ちゃんの知り合いのところのお好み焼きがいいな! あそこの肉入りが美味しいと思うの!」

「じゃあそこに行きますか」

「ミチナシ様。行ってらっしゃいませ」

「行ってくる」


 アイに見送られ俺とルーナは外に出る。

 ルーナの要望に応えてやろうと思い、俺はルーナと一緒に外に出ることにした。




「へいらっしゃーい!」

「おっすー。おっちゃんやってる?」

「お! ミチナシの兄貴じゃねぇか。今日も食べに来たのかい?」


 今日もというなよ。恥ずかしい。実はほぼ毎日のように食べに行っているなんてさぁ? そのうちベルとかアイとかに金の無駄遣いとか言われるんだろうな。お前らの方が金使いすぎだっての。


「お、ルーナちゃんもまたきたのか」

「え?」

「え?」


 おっちゃんが訳のわからないこと言い始めた。たしかルーナが最後にきたのって一週間とかそれくらい前だろう?


「あれ? さっき来ていた子はルーナちゃんじゃなかったのかい?」


 おっさん何を言っているんだ? と俺は変な顔をしていると、ルーナはすんすんとお店の中の匂いを嗅いだ。


「……どうかしたのか? ルーナ」

「お姉ちゃんの匂いがする」


 え? なんて?


「ルスお姉ちゃんが来てたみたい」

「……」


 ルーナがあはは、と笑っている。どうやら、ルスがタストに降りてきているらしい。

 確かに双子だもんな。大体格好似てるしな。でも胸の大きさとか違うだろう。あいつ貧乳だぞ。


「まぁ、何も悪いことをしてなさそうだし、なんも口出さないのがいいだろうな」

「そうだね。お姉ちゃんもお好み焼き好きだったんだなぁ」


 双子は結構いろんなところ似ているっていう話を前に聞いたことがある。味覚とか、好きな色とか、好きな男性のタイプとか。

 ふと思い出す、少し前のこと。

 ルーナが俺のことを好きだという話だ。

 ぼんやりとルーナと近くの席に座ると、彼女は手を上げて意気揚々といつもの注文をしてくる。


「おじさんお好み焼きのお肉入りたくさんを二つ! お兄ちゃんにはミックスを一つ!」

「まいどー!」


 ルーナがとてとてと水置き場に歩いていくと水を注いで帰ってくる。

 確かに気が利く子ではあるし、戦闘に対しても強くて、だれにも好かれやすい子である。


 完璧な【優良物件】だ。


 しかし、俺はそんな気持ちはない……とおもう。恋愛を今までしたことない上に、優しさというのを感じてこれなかった俺からしたら彼女は【眩しすぎる】のだ。


「かといって俺がずっと釘を刺しておくというのもいけないだろうな」

「何かあったの? ミチナシお兄ちゃん」

「んー……いや、ルーナは俺みたいなやつにつかまるなよーって感じで思っていたのだよ」


 うん? と変な顔をしていた。


「いやだからな? 俺みたいなクズを好きになるなって」

「お兄ちゃん」


 食い入り気味にルーナが呼び止めた。


「お兄ちゃんはクズじゃない」

「……なんで?」


 ゆらりとルーナの周りが揺らいだ気がした。


「個を助けてくれて、ルスお姉ちゃんを助けてくれて、個たちの山も助けてくれた。知ってるもん。大きな不格好な盾を持ったのは個たちを守るためだって。お兄ちゃんは、ミチナシお兄ちゃんは個の英雄なの」

「……過大評価じゃないか? それ」

「違わないよ。個の英雄はミチナシお兄ちゃんだよ」


 気恥ずかしかった。そこまで評価してくださるのは正直予想外だった。

 ルーナの周りはいまだにゆらゆらと陽炎が見えている。きっと怒っているのだろう。じっとりと濡れた汗をおしぼりで拭った後、俺は少し申し訳なさそうな顔をした。


「あ、ありがとう。あとすまん」

「よろしい。ちゃっちゃとお好み焼き食べよう?」

「なぁ、一つ聞きたいんだけど」

「なぁに?」


 溜飲してきた事を言おうとした。もし勘違いだったらどうしよう。もし嫌われたら困る。

 そんな不安が脳裏によぎった。


 わかっているんだよ。そんなことくらい。


「……なんでもない」

「そっか。お好み焼ききたよ。食べよ!」


 あぁ、俺はなんて図々しい人間なんだ。




「おかえりなさいませー。ご主人様」

「おかえりなさいませー。ご主人様」


 アキハーに到着するとそれはもう混沌と化していた。なんというかもうここ、現実世界の秋葉原みたいだよなみたいな。

 造り的にはまだ中世の建物ではあるが、文字がポップ体だとか、メイド喫茶とか、その他諸々サブカルチャーに汚染されておりなんというかもう本当ごめんなさい。と謝りたくなるような勢いだった。ちなみに先ほど俺たちにおかえりなさいと行ってきたやつは、もう本当にごめんなさい。と謝りたくなるような奴だった。


 え? どんなやつか知りたい?


 和服割烹着のメイドさんに猫耳つけていて、尻尾生えてるのと。というか和服なんてあったんだな。びっくりだわ。

 もう一人がバニー姿だ。いやバニー姿でメイドやるなって。それあかんやつや。


「あら、ルーナ様。今日はご主人様とご一緒なのですか?」

「ご主人様? ミチナシお兄ちゃんは個の英雄だよ」

「ば、お前なにいって」


 きゃーっと、花が咲いたかのように騒いだ間違った方向に開花しているメイドさんが叫んだ。


「英雄プレイなのですね!」

「ちげぇよ! 勝手にルーナが言ってるんだよ」

「なんと否定するあたりもっと怪しいというものです」

「あぁぁぁぁぁぁぁ! なんなんだよ! こいつら!」


 あまりのイラつきに頭がどうにかなりそうだ。


「ねぇ、よろしければ私たちの英雄様にもなりませんか?」

「ねぇ? 英雄様?」


 ゾワッと体に寒気が走る。多分それは悪寒だ。好きでもないものに誘われる気持ちとはこういうことなのだろう。

 やばい、気持ち悪い。吐き気がする。いやでもいい匂いがする。なんか花の匂い……香水かな。


「だめ。ミチナシお兄ちゃんは個の!」


 腕に絡みつくようにルーナは抱き寄せるとじっと彼女たちを威嚇する。

 驚いた顔をした彼女たちは顔を見合わせると、ははーん。という顔をして一歩下がった。俺は別の意味でルーナに驚いた。


「なるほどね。デキてるのね」

「おい、なんだその含みの持たせかたは」


 さすがにそんな言い方をされると俺でも怒るぞ。


「デキてるはわかんないけど、お兄ちゃんは個のなの!」


 クスクスと笑い会う彼女たちは『はいはい』と流しながらその場を去って行った。

 周りを見るといろんなところがあった。メイド喫茶的なところと、明らかに怪しい所があった……ほら、成人向けみたいなやつが。ナマコかな。いや違うわあれ。


「……」

「ミチナシお兄ちゃん?」

「あとでベルをしっかり叱っておいてやるからな」


 まだルーナに見せるには早すぎる。純粋すぎる彼女にはイケないものなのだ。


「というかあのバカはこんな野蛮なところで何を買いにきたんだよ……」


 彼女のアホ毛が疑問符を作っていたが、俺はそれを頭を撫でることで隠すことにした。

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