冒険者の一日:前編
夢を見た。
懐かしく感じたあの光景はなんだっただろう? 緩やかに流れていくあの日常はきっと俺がまだ小さい頃の、本当の親父がまだそこにいたときの時期かもしれない。
俺はブランコに揺られて、親父はブランコを押してくれて、風を切る音を体で受け止めて。
しかしそれはきっと目を覚ませば夢の世界に置いていく記憶だ。でも一房だけ、一口だけかじってでも夢を現実世界に持ち帰りたいと思ったことが何度もあった。しかしきっとそれは無理なことなのだろう。
そうして優しい夢から目を覚ました時に体の底から感じる寂寥感に襲われるのだろう。
しかし今はそんなこともないのかもしれない。
「……おもい」
目を開け、意識が戻ると布団の中の腹部にごつごつとした硬いものが当たりつつ、重たいものが乗っかっている。布団をめくるとひんやりとした空気が布団の中に入る。すると中で丸くなっていた彼女に触れ、身震いをした。
もう何度も彼女に部屋に侵入されては俺のベッドにもぐりこむという行為をされていたために怒ることもできなかった。そして裸でいなければ何でもいいやという寛容な心を持ち合わせ始めたのを俺自身も自覚し始めていた。
「ルーナ……おもたい」
「もうちょっと……眠たい……一緒にねる……」
「子どもかよ」
俺は吐き捨てるようにいうとルーナはもぞもぞと動いた後、また小さく寝息を立てた。まるで子猫のようだ。
この世界に来てから二ヶ月か四ヶ月かもう覚えていない……といっても短いが、実際その二ヶ月を別世界で過ごせと言われれば長く感じるだろう。少なくとも俺はそう思う。
今日の予定はなんかあったかなと記憶を検索するが特に今日はこれといったものがないらしい。
「……まぁ今日くらいはゆっくりしててもいいよな」
そんな甘い事を言いながら、目を閉じる。
ふと、記憶の中で違和感が生じた。その生じた違和感はピクリと電流を流すような感覚に襲われて一瞬だけ身体が震えたが、その後に何かが起きるわけでもなくただ、刻々と起きている時間が増えていくだけだ。
「……?」
結局不明だった出来事を無視し、俺はゆっくりと目を閉じる。温もりを感じる。いつも一人でいた時期と違い、俺を仲間だと思ってくれる人がいる。
竜だけど。かたや神だけど。ましてや人形だけど。
そんなツッコミに布団の中で丸まっている彼女が大きなため息をついた。
もう少し寝よう。そう思いながら睡眠という湖に意識を浸からせることにした。
食堂に降りるとなぜか様々な人がいた。ほとんどが男で、そして妙に【サブカルチャー】に近い格好をしているのは多分気のせいでありたい。
「あ、ミチナシ様おはようございます」
「アイ、おはよう。これは一体……?」
「さぁ、人形が給仕をしているという話がどこかから話があったらしく、それによって人が集まってきたそうで……」
少し前のこと、アイがメイドの格好をしていると、宿の主人が彼女の姿勢に注目し、ウェイトレスをしてくれないかという提案があった。
あぁ、なるほどね……。つまりオタクが彼女を興味見たさに見てきたわけか。なんともひどい話だ。
確かにアイはいまメイド服を着ているわけだし? 個人的にはもう少し年を取ってほしいけど、それなりにコアなタイプに属されていそうだし……。いや、俺はメイド服とかに興味はないけどね?
「それより、ミチナシ様。どうでしょうか?」
「どうって、なにが?」
アイが一回転綺麗に回るとメイド服を見せる。ゴミ山の時に来ていたメイド服と違って、ちょっとホームメイド感があるというか、こう現実世界にあったメイド服より質素でマイナーな感じで俺が見てきたものが嘘のようだった。
「ちなみにこれはマスターの趣味だそうです」
「主人やめろ。お前の性癖が見えてしまう」
主人の顔が真っ青だ。あー嫌なところ見てしまった―。あーいやだー。
「アイちゃーん! お酒をみっつお願いしまーす!」
オタクの方々(約三名)がアイを呼び、お酒を注文する。アイはそれに対して無表情で近づいてゆくと、木製のジョッキを乱雑に奪うとつんとした態度で向きを変えて離れていく。
「おいおいおいおいおいおい、アイさんアイさんあかんやろその対応……!?」
俺は思わず突っ込んでしまった。アイはジョッキを店主に渡すとお酒を注がれたジョッキを丁寧に持つとつかつかと歩いていって、目の前に立つとまた乱雑に置いた。
「こんな時間からお酒を飲んでどうするんですか、この糞野郎ども」
えぇ……なんなんですか。これ。すっごい申し訳なくなるんですけど……。
オタクの方々も『おうふ……』みたいな顔をしている。
そしてアイが言うだけ言って離れていくと、俺はアイを呼び出す。
「おいおいおい、アイさん!?」
「どうされましたか? ミチナシ様」
「どうされましたか? じゃねえよ。なんだよあの冷たい態度めっちゃ心痛いんですけど!? なに? 博識な方がなんでこんなことしてるんです!?」
「え? あれは演技ですよ」
しれっと言葉を返すアイ。
「演技っていうのはわかってるわ! なんでそんな演技をしているんだといっているんだよ!」
指さした方向をアイが確認するともう一度俺を見てきた。
「ですがあの方たちを見ていただけませんか? とても幸せそうな顔をしておりますよ?」
「あぁ? どこが幸せそうに……」
以下オタク三人衆の発言です。
「あぁ、アイたんのツンツン発言、激萌え」
「やばい生きててつらい。どこか首を吊る場所ない? このときめきを抑えないと多分俺ドールオタクになる」
「まて! お前今ドールオタクになったらお前の財布がすっからかんになるぞ! もう少し待て!?」
「すまんお前ら……俺はもうドールオタだ……もうアイたんモデリングのドールを三体も買ってしまった」
「!?!?!?」
俺はその光景を見ていた。落ち込んでいるわけでもなく、嬉々と嬉しそうにしている。
「は? なぁアイ。あれってなんだ?」
「ツンとしたメイドにひどい扱いをされたいのでそういう態度をとってくれという、要望を受け入れたのです。これを営業っていうものなんですよね?」
ほかにも、ツンデレ、ヤンデレ、ツンドラ、デレデレ、ツンギレその他諸々を習得しております。とアイが淡々という。
「……はぁ、なんかすいません」
自慢げに営業意識を見せつけてくる彼女。それを俺はなんか残念な方向に向いてしまったのではないかと思い始めた。
そして宿の主人もなんか自慢げだったためにため息をつくしかできなかった。
「あ、ちなみにアイ」
「何でございましょう。ミチナシ様」
「俺に対してのその対応は、なんだ?」
アイが右手で顎を抑えた後、えっとーという顔をしながら指を離した。そしてここぞとばかりの顔で俺に爆弾を投下しようとする。
「……愛人ですね」
「却下だ。この野郎」
「なら第二夫人でも」
「それも却下だ。ゴミ山に送り返してやるぞ」
俺は即答して、近くの椅子に座った。




