生きとし生きるものに親はいる
「まぁ、結果的に言うとアイ。お前はイヴという名前で一番愛されていた【子】だということだ。あーゆーおーけー?」
「いってる意味がよくわかりません」
やっぱりか。記憶の喪失は人間ならいつかは戻るが機械は一度忘れればずっと忘れている。
そして今、イヴは機体を変更してきたということは今までの失っていた記憶が無くなっているはずだ。移行するのに必要ではないデータを省くのと同じ、軽くしないと早く終わらないわけだし。
「そもそも当機体の所有者はミチナシ様。あなたです。それ故に昔の記憶を思い出す必要はもうないと当機体は考察します」
「いや、違うだろ」
食い入るように俺は否定をした。
「所有者が優先されるために記憶を思い出すことをやめる? ふざけるんじゃぁない。じゃあもし俺が死んで、他の人が所有者となったらお前は俺のことを忘れるのか? 違うだろ」
「もし私がミチナシお兄ちゃんがいなくなったら寂しくて寂しくて泣いちゃうな」
ルーナが言っていることは正しい。人は大事な人が亡くなったら悲しむのだ。そしていつまでも自分が死ぬまで思い続ける。
「例え、大事な人のことを忘れたのならばそこまでだ。しかしそこまでの記憶に意味があるんだよ」
「ですが当機体は人形です。人間ではありません」
「だから!」
俺は本を投げつける。イヴはそれを受け止めてその本……イヴの親の【記憶】を見た。
「読めよ。少なくともお前にはそれを知る権利がある」
話はそこからだと俺は話を打ち切った。
「お兄ちゃん」
「……なんだ?」
アイを死体のある部屋に置いてからしばらくたっている。彼女はいまでも親の記憶とずっとにらめっこしているようで俺はそれの邪魔をしないように部屋をでて、魔物が散り散りになった図書館みたいなところでぼんやりと椅子に座っていた。
「なんかあったの?」
「……なんでだ?」
「親についてなんか敏感な気がしたから」
変なところで察しやすいルーナだなと思った。いつも幼稚な雰囲気なのに……。たしか子どもは空気とか読みやすいって聞くし……。
俺はルーナの髪をなでた。それをくすぐったそうに眼を閉じる。
「まぁ、俺も親で迷惑被った人だし……」
それに親に感謝をしたのもある。
「ミチナシお兄ちゃんの親の話聞かせて」
「はぁ? めんどくさい」
「いいじゃん! いつかどこかで会えるよ!」
「……ルーナ、俺は元の世界で死んでこっちに転生してきたやつなんだけど」
「知ってるよ。それでもいつか会えるよ」
その自信はどこにあるんだよ。ルーナさんよ。
「しかたないなぁ、でもどこから話しかけたらいいのか……」
「お兄ちゃんのお父さんってどんな人だったの?」
「正直に言うと知らないんだ」
そう、俺は家族という単位を知っているが、父親というのを見たことがない。
「多分、俺と母親を養うために仕事をしてお金を入れてくれる人が父親というならそれはたぶん父親なのだろう。だけど、根本的に俺とそいつは血がつながっていない。再婚相手……といったらいいのかな。母親が二回目の結婚をしたんだ」
「結婚?」
「あー、えっと、つがいになるってやつ。残りの人生を最期まで一緒に過ごして、子どもをつくるっていえばいいのかな……」
へえー。とルーナは理解をする。わかっているのか? こいつ。
「でもたまに一緒に過ごせなくなる時がある。例えば死別とか、仲が悪くて一緒に過ごせなくなったとか……」
「人間って複雑」
「そうだろう。そして俺の母親もその一人だった。本当の父親は物心ついたときに死んだと聞いている」
「そっか……」
「嫌な話だろう? 人ってそういうものなんだよ」
しばらく俺は話す気力がなくなる。
思い出すあの日。父親と呼ぶにはほど遠いその存在は俺に向けて殺意を向けてきた。そして俺は一人蜘蛛の子のようにその家から出ることになった。
「でもそれにつらいとかはなかった。お金も若いころからずっと貯めてきて一人でも生活できるようにと思っていたからな」
その結果がこの世界に来たなんて予想もしてなかったけど。
「じゃあ私が家族になってあげるよ!」
「はぁ?」
「なんで? 今ミチナシお兄ちゃんが一人でこれからも一人で生きていくなら私はミチナシお兄ちゃんが寂しくならないように一生一緒にいてあげる。それが私のやりたいことだもん」
「……」
「だから私はミチナシお兄ちゃんと結婚する」
俺はその真っ直ぐな気持ちを受け止めるには少々成長しなければならない。少なくとも俺に必要な事は彼女を受け入れる気持ちか、それを否定する気持ちか。どっちかだ。
「寝言は寝ていえ」
軽くルーナの頭に手刀を落とした。そういえば昔よく頭をなでてもらったり、叩かれていたりしていたな。
でもそれって誰にしてもらっていたのだろう? 懐かしくもあるその思い出を目を閉じ忘れようとする。
しかしそれはアイには言えないなとおもった。
「そういやルーナ、親っているのか?」
「んー? いたよ」
「まぁそりゃそうだよな」
生きとし生きる者はすべて親がいなければそれは生き物とは言えない。
「ママが竜で、パパが【人間】だよ」
「へえ……ん?」
「ん? どうしたのミチナシお兄ちゃん」
「いまお前父親が」
ルーナははて? という顔をした。
いや、お前竜だって言ったじゃん。竜なのに、人間だっておかしいなってずっと思ってたけど。
「え、お前混血なんですか?」
「うん」
……いや、確かに変だとは思ってました。竜って言ったらそうじゃん。トカゲに羽生えてるやつだし。
「え、なに? ルーナは竜じゃないの?」
「厳密に言えば私は竜の力を宿し、竜の特徴を持った人間だよ。でも、お姉ちゃんはそれを言うなって念押しされていたの」
「母親が竜って」
「ママは人間に変身できるからね。ママって割とごうつくばりでね。一度決めた事は変えない人だったの。そこはルスお姉ちゃんが受け継いでるね」
「たしかに……」
「それに比べて私はパパによく似てるってママが言ってた。おちゃらけたところとか、人間臭いところとか」
なんでだろう? と言う顔をするルーナ。
いやいやいやいや、苦労するなぁルスお姉ちゃんよ。きっと竜の山でくしゃみをしているに違いない。
「と言う事はあれか。混血だから魔物に襲われたり、狙われなかったりとなるのか……?」
今の時点で三回ルーナが戦闘に加わっているが、リーダー格ではない魔物からは相手にされておらずリーダーの魔物には相手にされている。という考えに至る。
雑魚戦なら滅法強いが、ボスには弱いというよくあるプレイヤーキャラクターのところか。
「まぁ、今となってはどうでもいいんだけどなぁ」
「?」
そういえばベルは、と意識をずらすと俺と同じように椅子に座り寝ていた。
「ルーナ、アイが帰ってくるまで少し休憩しよう」
「ん!」
嬉しそうに俺の上に乗る。
地味に服の襟から見えるつつましいが、どこかの電撃娘と違う二つの南半球がチラリと見えると、心臓がドキドキと高鳴る。
「えへへ、お兄ちゃん心臓たかなってる」
「……うるさい」
なんかどっと疲れる時間を俺は過ごした。




