ネーミングセンス
緊張がはりつめた。
息が浅くなり、脳内に届く酸素は少なくなる。首筋が妙に痛くなる。
心臓が高鳴る。それは勝利を望んだ。
湧き上がる泉のように、土や石が混じった濁流のように溢れ出す脳内麻薬に犯される。全てに対して高ぶる。
感覚も、気分も、力も、箍が外れる感じがした。
タイミングは一度きり。何度も言い聞かせる自分がいる。本当にできるのかと。確証がないと。うるせぇよ、弱気な俺に一喝する。そんなことは今はどうでもいいんだ。
俺とベルは糸を手に巻きつけお互いが顔を合わせる。
「蓄積、九十パーセント……」
「今だ! ベル!思いっきりひっぱれぇぇぇ!」
その合図に合わせたベルは思い切り引っ張りあげた上に走り出した。世界記録保持者もびっくりのスタートダッシュ。おそらく現実世界だとそれは八秒台になるだろう。人間ではない。
その速さに引かれる蜘蛛の糸は摩擦で耳に障る音が響かせる。その音に蜘蛛の魔物は身を震わせ、苦しみ藻搔いた。
その光景を見ていたルーナは三度、全力の攻撃を加える。ばきり、とヒビが生えていた胴体に穴が開けた。
「ルーナぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 上に飛べぇぇぇぇぇぇぇ!」
その声に呼応するようにルーナは魔法を使う。ボフンと空気の圧力にあたったかのようにルーナのマントが膨らむと、真上に飛び上がる。
ふわりと飛び上がったと同時に本棚が動いた。その本棚が蜘蛛を囲い固定する。それはまるで魔物を捕まえるために用意されていた檻だ。
この瞬間を待っていた。
俺なニヤリと笑った。ざまぁみろだ、このクソ野郎が! 中指を立てて全力で貶した。お前の行動を封じ込ませた。動かない魔物はただの的だ。
「アイ今だ!」
「蓄積、百二十パーセント。腕部安全装置解除シマス。圧力発射点に集中……」
手にしていた漆黒のナイフが紫電をまとうと、ガチリと何かが噛み合う音が響いた。
赤毛の髪が逆立ち、身体中のエネルギーを一点に集中し始める。ぐいっと腕を思いっきり引くとアイの瞳はまっすぐ本棚の檻に捕まった魔物を見据えた。
「頭部保護全開。対ショック、対閃光防御。……全封印解除」
二百パーセント。と彼女は呟いた。
ギチギチとこすれあう音が響いた。魔物が本棚の檻から逃げ出そうと抗う。クソが、この時に及んで馬鹿力かよ。ふざけやがって!
「逃がすかよこのゴミムシが……!」
「んぎぎぎぎぎ!」
しかし、毒を吐きながら糸をしっかり握る。ぼたぼたと血が糸を伝って滴り落ちる。しかしこんなもの我慢できる。おまえを殺すのにこれくらい蚊に刺された程度にすぎない……!
ベルの手からも血が滲んでいる。痛みに必死に耐えながら、自慢の膂力で本棚の固定に励んでいる。
アイは一歩踏み出した。捻じ曲がった足で大地を踏み抜くと、ズシンと大地が揺れた。紫電を待とうナイフを逆手で持ち限界を超えた速さで抛とうとしている。その姿は命も、記憶も全てを代償にしているようだ。
「偽・超電磁砲。射出」
ドキュッっと爆縮を繰り返したような音が鼓膜を貫いた。轟音を振りまきながら放たれたそのナイフは高速を超える。尾をひく火花は雷のように光ると網膜に焼き付けた。
グリップポイントのナイフはルーナが負わせた外骨格の穴を貫いた。
その威力は魔物の後の姿で物語っていた。
原形もなく、ちりばめられたのは肉片と焦げた外骨格だ。読んで字のごとく……魔物は爆発四散している。
本棚も粉々になっており本や紙片も花吹雪の様に舞い散っていた。
これがアイが俺に言った必殺技。プラズマメイドパワー……この技を使った奴の顔をぜひ拝んでみたい。
「やっ、」
ベルが声をあげた。歓喜の言葉は鼓膜が破れた耳でも聞こえた。ルーナもベルに抱きつき互いに健闘をたたえている。
耳からどろりと血が流れてきた。水が耳に入ってきたかのようなくぐもりかたに苛立ちを覚える。
「アイ……」
投げ放った右腕は人間でいう筋肉の部位ごとに開き、これまで蓄積していたエネルギーを全て排熱している。ガクガクと体を揺れるとゆっくりと動く。
「偽・超電磁砲の射出完了。これより排熱期間に移行します……」
アイの虚ろな目が俺たちを見ながら、捻じ曲がった足を一歩だけ踏みだし、体を支えようとしたがそれも叶わず彼女はその場でゆっくりと倒れたのだった。




