ルーナの童貞を殺す服について
最近の夢は家族のことばかりだ。
いつも小言みたいにぐちぐち言ってくるが、何かと面倒を見てくれた母親。基本めんどくさがりなのに皿洗いとか掃除とかいつもしていた父親、そして、毎日のように反抗期だった妹。みんなバラバラであーだこーだとうるさくて煩わしくて、大切だったあの家族を思い出す。
彼らは今何をしているのだろうか。交通事故にあってたくさん死んで、いい思いをして、しばらく忘れていたことだった。
もしかしたら俺が死んだことで悲しんでいるのかもしれない。いやもしかしたらもう立ち直って今を、俺がいない世界を生きているのだろうか。ぼんやりと浮かび上がっては何もならないその夢はいつかは消える。
いつもの宿で、いつもの朝を迎え、いつもの目覚めがくる。寝る前に火は消し、窓は木製のために当たりが暗い。俺のいつもの日常だ。
「うー……ん……」
隣にいる子を除けば……の話だが。ちらりと横目で彼女を見る。薄い品質の悪い布の中、さらにいうと俺の脇腹で猫のように丸くなっている少女がいたが、侮ることなかれ、彼女は竜だ。
白い髪があれから伸び続け、前に見た時とそんなに変わらないような髪の長さになっている。その白い髪を髪留めのように生えている角は片方しか生えておらず、もう片方は根元からごっそりとなかった。女性というより少女に近いその体は細い線で出来ており、例えていうならガラス細工のようで、そして滑らかな肌だ。右腕には柔らかく滑らかな皮膚に紫の刺青が施されている。それは彼女の竜でいう逆鱗であるらしい。
しかし彼女の腰には癒えなかった酷い傷跡が残っている。その傷跡には彼女が彼女であるべきの三対の翼がなかった。
「ルーナ」
俺は彼女に呼びかけるが、もぞもぞと動いてまた眠りにつく。この子が俺の人生の二五倍も長く生きているなんて考えたくなかった。そして俺の腕などにたくさんの噛み跡があるのを確認する。そして、木製の椅子にルーナの服がかかっていた。下着も下に放り出されている。
「……すぅ」
息を吸った。燻っていた火に高濃度の酸素を吹きかけるかのように火が燃え上がる。
「ルゥゥゥゥナァァァァァ! 服を着ろおぉぉぉぉぉ!」
「ぎゃにいぃぃぃぃぃぃぃ!」
突然の大声にルーナは飛び上がるように起きたのだった。
「うー。ミチナシお兄ちゃん大声で起こすの酷くない?」
ブーブーと反抗してくるルーナは服を着ていた。俺はルーナが服を着るまで待つ。もちろん後ろを見ることはない。まっすぐ着替えるまでじっと見つめていた。眼福である。
「お前が悪いんだろう。そもそも俺はベルとルーナの部屋を用意したはずなんだが?」
そう。この宿に頼み込んで部屋を二つ借りたのだ。一つは俺の部屋で、もう一つはベルとルーナの部屋としたはずだ。
それなのになぜかルーナが俺の部屋にいる。
「だって、ベルお姉ちゃん寝相悪くて痛いもん」
「……悪かった」
そういえばあいつ寝相が悪かったの忘れていた。大体ベルと俺が一緒の部屋で過ごしていた時は俺が雑魚寝して、ベルがベッドで寝ていた……あれなんで俺の部屋なのに俺が雑魚寝しているんだ?
「それに比べるとミチナシお兄ちゃんは逞しい腕や体暖かいし、寝相もいいし、一緒に寝てると幸せに感じる」
「だからと言って裸で寝るのやめませんかね! もしこの状況をベルに見られたらまるで俺がベルとね…」
寝たと思われるだろう。イエスロリコン! ノータッチ! じゃねぇ! ノットロリコン! ノータッチ! だよ!
「えー、でもたまにお兄ちゃん、個のむ」
「わぁぁぁぁ!? お願い! お願いだから寝ていた時のこと話すのやめて!? それ続けられるときっと俺捕まるから!」
くそう、なんでこんなにも弱みを握られているんだ。ルーナが着替え終わると、俺は立ち上がる。
「あれ、お兄ちゃんどこいくの?」
「ルーナ。服ってそれだけなのか?」
え? と聞きなおしてくる。
「ずっとその格好じゃ俺の目が失明するし、他の男に目をつけられる。それにその傷跡を隠すためだ。服を買うぞ」
「本当に!? お兄ちゃんありがとう!」
本当は竜の祭のときにルーナの格好をみて、男衆がざわざわと騒いでいたのをみていた。たしかにあの服は童貞を殺す服みたいだしな。仕方ない。だからこそ、この服から卒業させなきゃいけないと思っていた。
「じゃあとりあえずどんな服を着たい?」
「んー。私もお兄ちゃんと同じ【ぼうけんしゃ】ってやつやりたい」
「はぁ?」
「だからお兄ちゃんが思う、冒険者みたいなやつしてみてよ!」
意外だった。あんなに大変な目にあったのになぜ冒険者をやりたいと思ったのか。思い出す。翼を食い千切られ、丸呑みにされ、死にかけたのに。
「やめておけよ。お前は絶対後悔するぞ」
「じゃあ、なんでお兄ちゃんは冒険者をやっているの?」
たくさん傷ついてきた。ニールや、アレストを思い出す。そして竜の山でたくさんのおっさん達が怪我をした。
「それは」
「個が後悔することがあるとすれば、力があるのに、お兄ちゃんや、ベルお姉ちゃん。ルスお姉ちゃん達を守れなかった時だよ。そのためなら個は冒険者をやることにしたの」
そう言われると何もいえない。ルーナが後悔することならば、俺も後悔するというのと同じだ。
「俺は、ルーナがこれ以上傷ついても嫌だなぁ。お前のこと大事だと思っているし」
「え、そうなの?」
じゃなかったら、あの時俺は助けてないし、まずあの魔物を倒そうとは思わなかったぞ。
えへへー。とニコニコしながらすり寄ってくる。そして、蛇のように腕を絡めて胸を押し付けてきた。ふにっと柔らかい感触が襲いかかる。その仕草はもう一人の女の子ではなく、女性としての雰囲気を持っていた。
「お、おい。近いって」
「もっかい! もっかい言って!」
どうやら、さっきの言葉が嬉しかったらしい。顔を赤くして、しかし嬉しそうに詰め寄るルーナは同じことを言わないと離れてくれないらしい。
「俺は……お前のことを大事……」
「ルーナちゃん!?」
扉が蹴やぶられる。その光景はあれだ。もう素晴らしいくらいの粉砕っぷりだった。飛び蹴りを食らった扉はぐはぁぁ! と言わんばかりの破片が俺たちに襲いかかる。
ルーナをかばうように守る。
破片が次々背中に刺さる。鋭利な金属の刃は綺麗に肉を断ち切るのに対して木の破片はノコギリのように刺さった。
要はめちゃくちゃ痛かった。
「ルーナちゃんはどこ!」
「ベルお姉ちゃん……何してるの……?」
「ルーナちゃん!」
まるで三文劇の台本のようだ。全く面白くない。
なぜか? 俺が悪役だからだ。
しかも死んだ。修復するために木片を俺が一本ずつ引き抜いていく。
「べルゥゥゥゥゥゥ!!! てめぇ器物破損でうったえてやるぅぅぅ!!」
そして俺の神の一撃がベルへと降りかかったのだった。




