竜の祭:中編
その場所は実は初めて行く場所だ。というのも、前日銭湯とやらに入浴した後、宿に帰って来たら宿の主人から「お前宛だぞ」と渋い声で呼ばれ、一枚の便箋を渡された。最初こそ宿に郵便を送って来るのってありなんだろうかと思ったが。よくよく考えてみるとどこかの香辛料の小説では宿に郵便が送られるのはよくある事だったかなと思った。
しかしその便箋が何なのか警戒心全開で開くと、なんとお偉い方に明日ここに来なさい。なニュアンスで呼ばれていた。
「実はまだあの人信じきれてないんだよな」
ギルドの事もあり、俺は【悪者】という通り名いるらしい。それは有象無象にもマイナスのイメージしかないという事だ。
「せめてポジティブな通り名が良かったなぁ」
英雄とかさ、不屈とか、竜騎士とかさ。なんか色々あったんじゃないかなって思う。いや、逆に通り名なんてない方が過ごしやすいというものだ。
溜息を吐きながら石畳の街道を通る。ここに来ておそらく一週間もたってないためよくわからなかったが竜の山から見下ろしたり、こうやって散歩やお呼ばれしたりした時に動いたりしていくとだんだん把握ができてきた。
この街はそれなりに発展しており、最悪中世か中世より近代化した様な街だ。中世というとイマイチパッとしないが、大体西洋と言うべきか。
「ここだよな」
着いた場所は大きな屋敷だ。庭がひろい、フットサルできるんじゃないか? 鉄の柵がついてるし、なかなかいい住まいじゃないか。
「まぁ、俺こんなところに住んでいたら気が狂いそうだな」
現実世界だとリビングとキッチンと、トイレと風呂しかなかったしな。部屋? リビングだよ。
正門に着くと門番が一人立っていた。ビシッと決めている彼は仕事に自信を持っているようだ。こう言う誇りを持って仕事をしている人に話しかけるのって話しかけづらい。昔も今もそんな感じがする。
「あのー」
「なんでしょう?」
「タストバードラー様に呼ばれたミチナシというものですが」
「あぁ! ミチナシ様。お話は聞いております」
ほう?
「中にご案内します」
「あ、どうも」
こんな手厚いと、緊張感が抜けてしまう。いやいやまだ招かれただけだと、引き締め直すと屋敷の中へと招かれた。
屋敷の中はやっぱり大きく広い。なにここ下手な屋敷より造りがいい。言葉で表せないところがまた庶民であるとかの問題ではなく、語彙力のなさを悔やんだ。
「ではここでお待ちください」
通された部屋はもう目が眩むほどの明るさが溢れる場所だった。シャイニング。超シャイニング。まずクリスタル? シャンデリア? ぶら下がってる。すげぇ。壁が金ぴかっぽい。すげぇ。椅子も小洒落てる。すげぇ。とりあえず全てすげぇとしかいえない。なにここ本当にタストなの? いや、タストの街の街長さんなんだから当たり前だよな。
お茶とかお菓子は自由にと言わんばかりに目の前の机に乗っていた。
気持ち落ち着かせないと……。お菓子食べよう。
あ、うまい。お茶もいただいておこう。
「お気に召したかな」
「! ゴホッ! ゲホッ!」
唐突に後ろから話しかけられるものだから喉が詰まりかけた。慌てて胸を何度も叩き呼吸を確保する。咳が落ち着くと声をかけてきた者を睨んだ。相変わらずの太ったおっさん。ヒゲが蓄えられていてちゃんと整えられている。
「はっはっは。いや悪い悪い。なんか落ち着いていない様子だったものだから」
「庶民をここに来いという精神がいかにも変だと思いますが……」
「そうだな。いやぁ、客人を招くというのも偶にはしないといけないなと思ってな」
そういうことをするのは庶民じゃなくて客人にするべきだ……いや招かれるものは全員客人なのか。
「で、お呼びがかかるのは何かあったのでしょうか」
「うむ。実はミチナシ殿が牢屋にいた時に貴公を心配する彼女たちと一度顔を合わせたのだが」
「……うちのメンツが迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
話を聞く前に頭を下げる。いやさぁ? 安易に想像できるじゃん?
ベルなら、「うちのミチナシになにしてるんだゴルァ! さっさと牢屋から出せ! さもなくば私の怒りの鉄槌をてめぇの頭に打ち落とすぞ! この拳が見えるか! この拳はお前を殴るための拳だコラァ!」とまくし立てかねないし。ルスだと「ミチナシは悪くないわ、悪いのは私よ。私は竜で、あの竜の山の守護者だから魔物を倒さなかったのはこちらの落ち度。私を処刑するべき」とか……。
想像するだけでも顔が赤くなって穴があったら入りたい。なくても素手で掘り起こして穴にこもりたい。
「いやいや、そういうわけじゃない。彼女たちは【そう言っていたけど】」
「やっぱりすいませんでしたあびゃぁぁぁぁ! 彼女たちそんな悪気はないんですっ! いや本当すいませんでしたぁぁぁ!」
頭下げるだけじゃダメだ。土下座だ! ジャパニーズDOGEZA!
「落ち着きたまえ。私はそんなことで呼び出したわけじゃない」
「いやでも」
「貴公の仲間に竜種がいるとしっていい案が思いついたのだがそれを依頼したいのだ」
「……はい?」
タストバードラーが話したのは三つ。
一つは魔物を倒したことによっての報酬を渡したいが、大金が大金なので、ギルドを通して渡すことはさすがにどうかと思ったからこちらに呼び出したとのこと。
二つは先ほど行った竜種の子について、彼女たちとこれからも仲良くしていきたいから是非今後会合や、コミュニケーションを取りたいとのこと。
そしてら三つは、その竜種がしてほしいことを聞き出してほしいということだった。
「どうだろうか、もちろんそのコミュニケーションをとって情報を得た際はまた報酬を渡す。そして、もし願いが規模が大きく、貴公一人でできないことならば全力で支援しよう」
「……えーっと」
これまでにこんな出来レースがあっただろうか。その一はともかく、その二とその三はもう知っているじ実現もしている。
「あの、実は全部知っているんですが」
「ほう?」
是非聞かせてくれ、と促してくる。
「まず報酬についてはありがとうございます。これからも頑張らせていただきます。そして二つ目ですが、実はコミュニケーションというより、もう一人の子がいましたよね」
「あ、あぁ」
車椅子に座っているルーナのことだ。
「あの子も竜です。名前はルーナシンセザリック」
「なんと」
「あの子がほとんどのコミュニケーションを取れています。もう一人の子は双子でルスシンセザリックと言います」
「双子だったのか。また今度是非合わせてくれ」
ロリコンっていうわけじゃないんだよな?
「そして三つ目ですが、要望は存じております。あちらからの要望は竜の鱗の製造、譲渡をすること。山に入って竜の鱗の採取は禁止。竜の山の領域には入らない。そして、タストで竜の存在を認知する。だそうです」
「山への侵入をしない……ただ、竜の存在を認知するっていうのは」
タストバードラーは考えていた。確かにどうやって竜の存在を認知させるのか、ただ言うだけでは認知はできず、そして存在を悪としてではなく、善として伝えなければならない。
「どうしたものか」
「そのことについてですが……」
うん? と彼は聞いてきた。
「商談があるのです」




