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英雄は他人の願望

 疲れた。おそらくここまで短期間で死に行くのは初めてだ。心臓も動悸が酷く足がおぼつかない。だけどこんなところで倒れるわけにはいかない……!


「ルーナっ!」


 ルスが走ってくる。ルーナの姿は酷い有様だ……右の角は無事なものの、左の角は溶け根元しか残っていない。翼に至っては全ての翼が失っていた。皮膚も四割あたり火傷のようなケロイド状になっていて、そして白い髪はショートヘアまでしかなかった。ルーナを地面に下ろし体を起こした状態にすると、ルスはルーナを揺らす。しかしルーナの意識はまたなかった。


「息をしていない!」


 ルスは涙を流しながら訴えてくる。彼女は息をしていない。飲み込まれてから結構な時間が経っており、さらに俺と同じ何度も生き返れるわけではない。

 俺はルーナを横にすると着ていた服を脱ぎ、丸めて枕にする。そして顎を上に引き上げた。

 しゃっくりをするように泣いているルスは俺の腕を掴んだ。


「なにしてるのよ……ルーナは死んだのよ」

「まだだ。まだ生きてる」

「ふざけてるんじゃないわよ!」


 雷が弾いた。わなわなと震えるのを尻目に無視を続けルーナの蘇生の準備をする。


「もう息をしていない! もうだめじゃない!」

「だめではない。まだルーナは生きてる」

「あんたのように何度も生き返れるわけじゃないのよ! あんたみたいな化け物のように私たちは」

「だったら諦めるのかよ!? 何もしてないのに、息してなかったら、心臓止まっていたら諦めるのかよ!」


 ルスを睨み怒鳴る。


「ルーナを助けたくないのならその場から消えろ。俺一人で助ける」


 俺はルーナの口を開け、異物がないのを確認した。唇や舌はまだ青くないのだ、まだ生き返るチャンスはいくらでもある。


 唇を唇で覆った。


 悪いな。後で生き返ったらいくらでも殺されてやる。と罪悪感に見舞われつつ、ゆっくり慎重に息を二度吐き入れる。胸郭が上がるのを確認したあと、胸部の中心から少し左に両手を置いたあと、体重を乗せて圧迫する。ごりっと肋骨が潰れ、砕ける音が聞こえた。実に気味が悪い。


「ぷは……いち、に、さん、し、ご、ろ、ま、は、く、と、いち、に、さん、し、ご、ろ、ま、は、く、と、いち、に、さん、し、ご、ろ、ま、は、く、と……」


 リズミカルに心臓を圧迫している姿をルスは膝を抱えて見ている。


「なにしてるの」

「心肺蘇生法といってだな……、俺が知ってる人を生き返らせる唯一の方法だ。早く迅速にやらないと生き返る可能性が低くなるんだ」


 人間の知識だ。昔人を助けたいと思った時に思い切って習いに行ったのを覚えている。たしか財布の中身に資格のカードがあったよな。

 その資格は取ったはいいものの、誰一人助けたことがない。いいや、助ける必要がない人ばかりだった。死んでもいい奴らだったという意味ではない……そこまでひどい状況に立ち会わなかった。それだけのことだ。

 もう一度唇で唇を覆うとゆっくり息を吐き入れる。

 生き返ってくれ。

 そう願いながら、吹き込む。一度口を離し息を吸ってもう一度吹き込んだ。


「ふぅ……いち、に、さん、し、ご、ろ、ま、は、く、と、……」

「ルーナ……死なないで」


 反対側にルスが移動するとルーナの手を握りしめる。胸部を押され続け未だに血の気が戻らない……。


「おい、ルーナ、生きたいんだろう。俺と……!」


 もう一度口を開け唇を覆い、息を吹き込む。懇願する。神がいるなら助けてくれよ。

 おいベル。お前のことだ。助けてくれよ。


 助けてやってくれよ!


「死ぬなよ。許さないって、いっただろ」


 がくんがくんと心臓マッサージによる衝撃で体が揺れる。自然と力が篭る。泣きそうになる。諦めるなよ。まだだ。生き返ってないだろう。手を休むな! 行止正義!


「帰ってこいよ。ルスが待ってるんだぞ!」


 だから、帰ってこい! ルーナシンセザリック!




 彼女の手で俺の腕が払われた。




 誰のほかでもない……。ルーナの手だ。


「……ルーナ」


 ルスが喜びの声を上げる。俺はすぐに首元に手を当てた。


 トクン…トクン…と微弱だが生きている証拠がそこにあった。


「ミチナシ!」

「大丈夫だ。もう…助かっ……」


 ふわりと体が浮いた気がした。ゆっくりと傾く世界。いや、これは俺の体が傾いているんだ。ゆっくりと、ゆっくりと流れる時間はどこか幸福感に満ち満ちていた。

 あぁ、俺は死ぬのか。そんな死なない体を持っている俺は笑いながら思った。


 そこで俺の意識は失った。




 目を覚ますとそこは牢屋だった。

 冷たく濡れたレンガが寝起きを最悪にさせる。なんでここにいるんだ。俺は。ざっと見る限り薄暗く湿気のある場所だ。そして俺が寝ていたところは個室ではあるが目の前に鉄の柵がある。鉄の柵の向こう側には木材の扉が作られており真鍮のような燻った金属のドアノブが取り付けられている。おそらくここは牢屋だと把握をした、しかしどこだろう?

 少なかとも最後に覚えているのはルーナが息を吹き返した事くらいか。よく何度も死んで、疲れた体で人を救おうとしたなと思った。


 ガチャリと廊下の扉が開く。


 入ってきたのは、どこかの執事みたいな服を着た男性と、ぶくぶくに太った体。高い階級だとわかる綺麗な金髪。すぐにどこかの城か、国の王か何かなのだろうとじっと睨むだけにした。

 ちらりと俺を見たあと執事服の男に声をかける。


「彼があの魔物を倒したのか?」

「目撃者が多数います。このかたで間違いありません」


 あの魔物……というのはおそらくあの竜のような魔物だろう。むしろそれ以外思いつかない。

 ほう? と言わんばかりに俺を見てくる。ジロジロと見てくるその視線は観察ではなく、品定めのような感覚だった。


「名前は?」

「街長様……この方は」

「だまれ、お前に聞いていない」

「はっ、失礼しました」


 さて、と男は牢屋の外で俺と同じ視線の高さになるようにしゃがむ。


「突然ここに収容して申し訳ない。私は【タストバードラー】。この街、タストの街長だ。貴公を今回の件の重要参考人として保護をしているだけだが……覚えはあるか?」

「……あー、もしかしてあの冒険者たちのことです? それなら完全な俺のせいですよ。彼らが俺を罪人として呼ぶのならば、是非俺を裁判でも死刑をしてくれ」

「ほう? 何故そう言えるのだ?」


 試してくる。この時は正直に答えたほうがいいだろう。


「俺は簡単なクエストで非常事態に巻き込まれ、遭難した上で彼らに助けてもらったのにあの魔物を倒そうと暴挙に出たからだ」

「ふむ。そもそも【何故そのような暴挙】が引き起こされたのか知っているのかね?」


 ここで手札を出すべきことはやはり竜の存在であろうか。おそらく彼ら冒険者たちの言い分を聞いた上で俺に聞いてくるということを考慮すれば存在を俺が言わなければいけないと把握する。


「あの山、竜の山に竜がいたから。彼女たちは俺たち人間のせいで魔物がこの山に現れたと言った。ならばその魔物を討伐することで彼女たちの願いを叶え人間と竜の仲違いを修復しようと考えた。

 しかしそれは浅慮だったのは事実だ。魔物を討伐するといえど、相手の存在は未知でありどのような変化が起きるのかわかっていなかった。それ故にこのような事態が起きた。と思っている」


 今回俺がやってしまった失敗とは、浅はかな考えで、未知の魔物を倒そうとしたことだ。


「しかし、逆にいえば彼女たち竜の願いを聞き入れなければ彼女たちの存在は危険に晒されているとも考えられる。浅はかではあったが、間違いではないと俺は思っている」

「なるほどな」


 蓄えてある髭を二、三触れたあと、指を一本立てて尋ねてきた。


「貴公は何故かの山に魔物が出たのか。理解をしているのか?」

「オフコース」


 おっと、なんで英語で話したんだ。


「もちろん。先ほど言った通り、【俺たち人間のせいだ】といった。それは竜の山に存在していた竜の鱗の乱獲が原因だと思っている」


 そう、今回の件で一番の原因は人類がルーナと、ルスが作り上げていた竜の鱗を必要以上の収集をしたからだ。


「そもそも竜の鱗とは魔除けの石として彼女たちが作っていたものであり、その均衡が崩れたことによって魔物が侵入しやすい環境になってしまった。と考えていい。まだ他にも理由があるが……」

「そうだったのか……」

「他の理由としては、魔物が進化という退化を行う存在だったといえば今回の冒険者たちが怪我をする理由にもなる」


 そしてついでに言うとあの魔物は魔除けの石を取り込むことによって自身の武器にしていた。魔除けの力をそもそも効かない体質であった。と最後の時に理解をした。しかしそれはこの話には蛇足でしかないためいうことをしなかった。


「進化という退化……言い得て妙ではある」


 さてこれ以上話すことがなくなった。あとはこの話をタストバードラーさんがどう判断するかである。彼がゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう。大体擦り合わせができた」

「端的にお聞きしますが。俺は罪人でしょうか?」


 じっと見つめる俺を見返すと彼は少し咳払いをする。


「……それは私がこの場で言えるものではない。だが、貴公の行動は【彼女たち】の証言を聞く限りでは……


 貴公は【英雄】だ。誇りを持つが良い」


 執事服を見ると、開けてやれと命令する。執事が牢屋の鍵を開けると俺を牢屋から出してくれた。


「行きなさい。彼女たちが待っている」

「ありがとう。タストバードラー街長」


 俺は彼に頭を下げ廊下の扉から出ようとすると声をかけられた。


「そうだ、いくつかの話をするが……彼らには治療費を渡し、依頼の完遂ということで報酬も渡している。そしてダーシュという男は貴公を責めてはいなかった」

「おっさん……」

「そして貴公はこれまで二度大型の魔物の討伐をした。その報酬はまた後で話そうではないか」

「……ありがとう……ございます」

「そうだ貴公の名を聞くのを忘れていたな」

「ミチナシ……ミチナシマサヨシです」

「ミチナシ……貴公の名は私が未来永劫忘れることはないだろう」


 俺はもう一度頭を下げ牢屋を後にする。


 しばらく真っ直ぐの廊下を歩く。赤いカーペットがいつまでも続いており、ボロ布を着ている俺は場違いでしかない気分だった。


「おそらくここはタストバードラーの管理下にある拘置所か、何かなのだろうなぁ」


 廊下の一定間隔に騎士の鎧が展示されているわけだからそうなのだろう。と呑気に考える。窓から差し込む太陽の光は気持ちいいなと改めて街にいるという幸福感を感じた。

 バタン! と扉が開く音が聞こえた。


「ミチナシーー!」


 その声は聞いたことのある。うるさい足音がだんだん近づいてくると目の前には白い髪を風に靡かせたベルが飛びかかってきた。

 俺はそれを右から左に受け流す。というか避けた。ガラガラと金属のの鎧が倒れバラバラになる音が響く。


「いったぁぁぁぁぁい! なんで避けるのよ! 馬鹿じゃないの!?」

「いや、この時抱きしめられていたらきっと首が折れて死んでいたと思うんだけど、なんで責められたんだろうか?」

「あんたねぇ! そんなこと私がすると思っているの!? 私は一応神様なのよ!?」

「……?」

「だっかっら! なんでそんなリアクションをとるのよ! ころすわよ!」


 あー怖い怖い。

 俺はベルの猛攻を避けているとベルが出てきた部屋から二人出てくる。


「ルスお姉ちゃん。ミチナシお兄ちゃんが帰ってきたよ」

「……」

「なに黙っているの? お姉ちゃん」


 ルスとルーナだ。ルーナは車椅子に座り、ルスが車椅子を押している。仲睦まじいことで何よりだ。


「ルーナ大丈夫だったか?」

「ミチナシお兄ちゃん! 個は全然元気だよ! と言っても、竜としての力はほとんど失っちゃったけどね……」


 あはは。と彼女は寂しそうにいう。翼もなく、角も片方しかなく、そんな彼女は不完全でしかない。

 でも良かったのだ。彼女は生きている。それでいいじゃないか。


「あんた結果的に裏切らなかったの?」

「裏切る? なにを?」


 裏切る理由がわからない。

 それを車椅子に乗っていたルーナが手を上げて補足した。


「つまり、個たちは竜でミチナシお兄ちゃんは人間。個たちを売り出してもおかしくなかった。ってことだよね?」

「あぁ、そんなことか」


 俺は頭を何度か掻き毟ると、爪に詰まったふけをズボンで払った。


「約束だからな。その三。竜の認知をするって約束しただろう?」

「それはそうだけど」

「じゃあなんだ? ルスは俺が裏切って約束を守らないと思っていたのか。いや、それお前ひどすぎだろう?」

「そ、そうだと思うけど!」


 でも、その。と俺を信じきれない様子。あー。俺寂しい。


「なら、これからを見ていけよ。人間ってさ、不完全な存在だけどよ。順応性は誰よりも高いんだぜ? それにまだこの後やることもあるしな」

「……わかった。なにをするのか知らないけど、最後まで見ていくわ」

「そうしておけ」

「……ありがと」


 ぼそりと聞こえたが、ここで反応するとおそらく怒られるだろうから聞こえないふりをした。


「あ、ミチナシお兄ちゃん。ミチナシお兄ちゃん」


 ルーナが俺を呼ぶ。


「なんだ? 何かあったか?」

「個! お兄ちゃんと一緒に行きたい! 旅とかしたいな」


 ……はぁ!?


「お、ルーナちゃん私たちについてこようなんて一億光年はやいぜ!」

「いや、お前それ距離だから。時間じゃねぇから。っていやそれなんで? いやなにが起きたの?」

「びっくりしちゃった? いやぁ、びっくりするところを個、見たかったから万々歳だね」


 いや違うだろ。とツッコミをいれたくなった。

 ルーナは両手を合わせる。


「ほら個言ったじゃん。個はお兄ちゃんのことが大好きって。一緒に生きたいって。個はお兄ちゃんのこと大好きになったの。あれだよ。ライカではなく、ラバーだよ!」

「それいうならライクと、ラブな」


 ……超弩級のストレートに反応に困る。

 いや確かにね? 俺はそれを聞いてたよ。だけどそれって言葉の綾じゃないの!?


「私はもう竜としての力がないから……魔素を使える程度しかできないからもう、ルスお姉ちゃんの足を引っ張るだけだし……それに私はもっといろんなところ見たいんだ! だから、連れて行ってよ! ちゃんと手伝うからさ!」


 ねーねーおねがーい! とルーナは懇願する。

 とんでもないやつを助けたのではないだろうか。と俺は頭を抱えた。


「だめだ」

「……どうしても?」

「お前歩けるのか? 走ったりできるのか?」

「それならちゃんと元に戻るけど……」


 しゅんと落ち込んでいるルーナ。ベルが俺をどうすんのよこれと睨んでくる。うぅ、居心地が悪いなぁ。


「俺たちはタストを拠点でまだ当分行動している。それまでに完治したら考えてやるよ」

「え、じゃあ」


 そういうことだ。と俺は恥ずかしくてそっぽ向く。見なくてもわかる。顔を待ったにして泣きそうになっているルーナの顔が。


「ありがとうミチナシお兄ちゃん。大好き」




 この日、タストにはとある噂が流れた。

 冒険者を始めて数日経っていない平凡な冒険者が大型の魔物を二体倒したという噂だ。


 その冒険者の名前は行止正義。


 後に彼はタストでこう語られる。


 ーーー【英雄】と。

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