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右手に掴んだもの

 首が痛い。あ、そうか。今俺は一人で立ててないからだ。ルスに胸ぐらを掴まれ、苦しいからだ。


「ミチナシ……」

「悪い、この作戦失敗だったわ」


 俺はヘラヘラと笑いながらダーシュを含めたおっさん達にいう。


「だから次の作戦に移行する」

「ふざけるな! お前が勝手にしていいものじゃねぇんだぞ!」


 おっさんが言葉を荒らげながら責める。それは明らかに自分勝手だ。そうに違いない。


「あぁ、だがこの状況で動けるのは誰だ?」


 三十人いた冒険者達は全員負傷している。腕がなかったり、ひどい傷を負っていたり様々だ。

 ましてやルーナは魔物に食われた。こんな状況で、誰がどうとか勝手にするだのそんな話はもうないんだ。


「いいか? 現時点で動けるのは俺とルスだけだ。お前らは足手まとい。だから俺はおっさん達を捨てる」

「なっ」

「大丈夫さ。見捨てるわけじゃない」


 次の作戦は考えてある。それはおっさん達を見捨てるわけでもないし、餌にするわけでもない。


「ふざけるな! お前なんか信じねぇ!」


 おーおー、不信任決議案があったらきっと俺はリーダー失格の上に裁判にかけられて死刑確定だろうな。

 というより俺ってこんな思考回路だったっけ。


「そんなことは後でいくらでも聞いてやる。ダーシュのおっさん」

「……なんだ?」


 おっさんはもう俺を信じている目をしていない。きっと俺はもう誰にも信じてもらえないのだろう。そんな気がしてきた。


「おっさん、ほんとごめんな」

「ごめんですむなら、もう話すな」


 あれまぁ。


「……最後に頼みたいことがある。みんなを連れて逃げてくれ。それだけでいい」

「ミチナシはどうするんだ」

「やつを倒す」


 それは無謀かもしれない。しかし彼女の願いを聞いたからにはやらねばならない。そしてその願いは俺の願いでもあり、叶わなければ俺が俺である意味がなくなる。


 それくらいに俺は復讐に燃えていた。


「……わかった」

「本当に」

「謝るな。タストで会おう」

「ねぇねぇ、ミチナシ? 私多分だけどこれ以上にないくらい空気な気がするんだけど? これって私邪魔なだけなのかな?」


 全く空気が読めていないベルもこの場から去りたいという気持ちが前面に出た状態で話しかけてくる。というかお前食われてなかったのか。怪我一つしてない。ほんと使えねぇな。なんでルーナと一緒にいさせたのかわかっているのかな。こいつ。


「ダメだと言ったらどうする?」

「え、えー。逃げる」

「じゃあ逃げろ。だけどおっさん達を頼んだ」

「あ、はーい。でもこれってあれだよね。助けに来て、負傷して損をするってことだよね?」


 そうだよな……助けに行ったと思ったら、助けようとした人に魔物討伐しようぜと言われてノったのに、結果的にボコボコにされて帰っていくんだろう?


 なんの成果も得られませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!


 っていう情けないシーンの出来上がりじゃないか。

 ベルもおそらくその状況を把握した上で俺に聞いて来ているのだろう。罪悪感しかない。


「命があるだけでも助かった。と思ってくれたらいいんだけどな」

「そんな都合のいい人がいるのはおそらくミチナシだけだよ」




 しばらく俺とルスはおっさん達の姿を見ていた。ベルとダーシュのおっさんが先頭に下山していく彼らには本当に申し訳ないと思っている。


「いいのか?」

「大丈夫。俺がルーナを助ける」

「はぁ……結果的に不完全な存在ね」


 ぐうの音も出ません。ルスは怒りで煮えくり返っているだろう。のるだけのって、失敗したらすごすごと帰る。そうしたのは俺なんだけどな……。


「俺が? ルーナを助ける? 俺たちが守る? ふざけるんじゃない。この事態に陥ったのはお前達人間のせいじゃないか」


 山に魔物が来たのも、魔物が進化という退化をしたのも、ルーナが自慢だった翼が食われたのも、ルーナが魔物に食われたのも。


 全て。


 お前達人間の責任だ。とルスは責める。泣き腫らした青い目は俺を睨んでいた。


「確かにそうかもしれない」


 事実はそうだ。それらは全て人間のせいだ。


「でも一部だけ、違うところがある」

「言い訳?」


 言い訳……そうかもしれない。だが、それは言い訳ではない。そう……言うなれば。


「活路だ」




 咆哮が聞こえる。まだどこかにいるのはわかっている。俺は剣を両手で握りしめいつでも対応できるように待っていた。バックルのベルトには同じような大きさの剣をぶら下げている。重たすぎてガバガバのズボンがずり落ちそうだった。

 結局俺一人なんだな。とか、嫌われ役も辛いものだ。とか、どうでもいいことばかり考えた。このままあの魔物を倒したとしても俺は蔑まれる。おそらく迫害も受ける。悪者だと、裏切り者だと様々だろう。


 頭を振る。


 周りは相変わらず霧の中でよく見えていない。しかし逆に言えば魔物の方も俺の場所をわかっていないはず。

 しかし奴らには人間を探知する力があるはずだ。そう考えるのも密集陣形(ファランクス)の件で把握した。お互い霧で見えないはず、しかし場所を特定したのはおそらく先ほどの能力があると思う。


 だからどこからでもかかってこい。というかかかってこないとお前ルーナを消化するだろう?


 だから早くかかってこい。


 心臓が高鳴る。

 速まっていた鼓動に耳を傾ける。

 いくらでもくれてやる。命も、体も、肉も、魂も、魔神がいるならばいくらでもくれてやる。煮るなり焼くなり好きにするがいい。


 俺を好きだと言ってくれた人がいる。


 そいつを返してもらうまでは俺は諦めるつもりはない……!

 霧が膨らんだ。何かが来ると予感がした。一度遭遇した時の悪寒が感じた。

  思い切り振り上げて剣を地面に突き立てると剣の刃より低く低く隠れるように伏せる。


  ぞりっと剣が削る音と、硬い皮膚ごと肉を断つ音が響いた。そして叫び散る声が聞こえる。それは俺の声じゃない。痛みに(しか)める。両腕が砕け、軟体動物のようにぐしゃぐしゃになっていた。

 魔物は体勢を崩した状態で俺を睨む。奇襲をかけた右腕の翼膜がある翼はさっきの一太刀で切り落とされている。構えていた剣は刃こぼれをして今にも折れそうである。


「はっ…こいよ。雑魚が」


 咆哮。そして恐ろしい速さで俺に向かって来る。一瞬怯んだが避けようと横に転がると軟体動物のようになっていた左腕が魔物の口に挟まり、俺の体は持ち上げられる。そして左右へと振り回された。何度も咀嚼をされ、何度も振り回され、何度も食いちぎろうとする魔物。


「っ……ギィィッ!」


 変な声しか出ない。痛みに苦しみさらに新たなる苦しみを与えようとするこの魔物に憎しみが増す。

 痛みにより一瞬だけ死を感じた俺の体は修復され、そして元に戻った右腕でベルトにぶら下げていた剣を持つと目にめがけて剣を突き立てる。


 ぐじゅりと熟れたイチゴの潰れる音がした。


 悲痛な叫びに口元で挟み込まれていた俺の鼓膜が破れる。そして地面を這いずるように暴れる魔物に巻き込まれるように俺も魔物と山肌に挟まれる。

 くそ痛ぇ……。

 転がるように距離を取ると、俺は剣を掴み、また顔にめがけて剣を振り荒らす。しかし鱗に阻まれ火花が散るだけだ。仰け反った状態で体勢を整えると同時に魔物の左腕が襲いかかる。ぐしゃっと俺の体が潰れる音が響くと、前に受けた地面に叩きつける攻撃を受けた。

 衝撃で意識が吹っ飛びそうになる。


 だけどなんだ。


 俺の目的はそこじゃねぇんだ。俺は潰されながらも立ち上がる。魔物の口がよだれでぼたぼたと濡れ始めていた。


「うぉぉぉぉぉ!」


 俺は地面に落ちていた剣を拾い上げ斬りかかる。しかし鱗に阻まれまた仰け反るだけだ。同じことの繰り返しで、魔物は人を容易く切り刻める右腕の爪で俺の右腕を切り捨てた。


「……っぐぅぅぅぅぅ!」


 そして裏拳のように俺の体を思いっきり張り飛ばした。四回目の復活。

 立ち上がり今度は地面に突き立てた剣を引き抜くとまた同じように何度も振りかぶる。


 もうやめろよ。と言いたくなる。


 これ以上やっても意味がない。傷一つつかないしなにも変わらないじゃないか。と俺も思い始める。

 ぐしゃっと右腕で俺の体が紙の様に潰される。七回目の死亡。

 何度も生き返ることで体が言うことを聞いてくれない。ヒューヒューと喘息みたいな呼吸をし、ボロボロになった俺の服はまたボロ雑巾の様だ。


 ぐばっと口が開いた。


 あぁ、食われる。と俺は思った。一度口の中に入るとその魔物は暖かい存在ではないとすぐにわかった。魔物は動物でもなく、植物でもないという意味がわかった気がする。

 ずずずと飲み込まれていくのを最後に。


 ごくん。と俺は魔物に食われた。




 居た。居たぞ。手を伸ばす。真っ暗の中だからわからない。だけど何もかもを溶かす様な胃の中で俺は【目的のもの】を手にする。


 もう二度と離すものか。骨になっても、たとえ体が腐り落ちても絶対に、お前を離してやるものか。腹の中に入れていた刃を引っ張り出した。痛い。すげぇ痛い。




 突然の痛みに魔物は悶絶した。なにが起きたという顔をしている。魔物は自分が置かれている状況を確認した。痛みを感じたのはまず腹部だ。そしてその腹部には。


 内側から突き出た【剣】だった。


 痛みにもがき苦しみ暴れ出す。坂を転がり落ち苦しむその姿は生き物の様だ。

 剣はゆっくりと下に上にと方向を変えながら動く。穴を広げる様に動くその剣は一度内側に戻るとまた突き出てきた。その衝撃に魔物は身悶える。

 二つ空いた穴が繋がる。その大きさは人が一人通れる様な大きさだ。剣がずらりと抜けて落ちると、その穴から溶けた体が這いずり出てくる。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 赤ん坊ではない。腐食しながら這い出る白骨から肉が蛆のように這いずる。狭い穴からすり抜け出てきたのは紛れもなく俺だ。


「ルーナを返せ……!」


 掴んで離さないものを思い切り引っ張った。


 ずるりと出てきたのは血まみれになっているルーナだ。角が半分なく、もうボロボロだった。


「よいっしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 スポンと抜けた。気持ちいいくらいに。俺はルーナを抱きしめると、魔物から離れる。魔物は俺を睨んだ。


「ルスゥゥゥゥゥ!」


 俺が叫ぶと同時に雷が弾ける音が響いた。その弾ける音が連続して聞こえる。それは魔物の体からだ。魔物は苦痛の声をあげる。その場から動けないようだ。


「やっぱりな」


 俺は確信をした。

 あの魔物の鱗は進化によって発生したものじゃない。

【竜の鱗】でできた鱗だ。


「くだばりやがれぇぇぇぇぇぇ! くそやろうがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 鱗がぶちぶちと抜けていく。剣を弾いてきた鱗はなくなり、魔物を守ってきた盾はなくなる。

 そして今まで守っていた盾は逃げ場をなくした刃へとかわった。

 磁力で引かれた鱗が刺さる。元に戻すのではなく中に中にさらに中へと貫いてゆき、そして魔物の体を蜂の巣にした。


 魔物の声が響いた。どこか間抜けな声が聞こえた後、魔物の命は消え去った。

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