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失敗と覚悟

 戦闘は膠着、泥沼などの言葉がよく似合っている。

 プラスの思考でいうならしのぎを削るという言葉がしっくりあうだろうか? そんなとはない。明らかな不利だった。


「くそ、いつ終わるんだよ」


 早く終われと思わず悪態を吐く。金属の音が響くと音がなった所に剣を突き刺してまた引き抜いての行動を繰り返す。単調な行動ではあるが相手は未知の相手。精神的に疲弊をする。

 この戦いにはいくつかの問題が生じていた。


 まず一つ、この密集陣形は軍勢を仮想的として戦うものであるということ。今回の敵は強大な力を持っているとしても、巨大な敵としても、相手はたったの一体……密集陣形に必要性がなかった。


 そして二つ、この密集陣形を作った場所が悪いということ。それこと場所をおびき出してやればよかったものを索敵し、その場に当たったことで展開したことが失敗したと思った。というより完全に失策だった。そもそも三百六十度の攻撃は汎用性があるが逆に言えば三百六十度どこからでも狙われると思えばそれはいい的であり、トーチカのようなもので間違いない。


 そして最後、上記二つによることで、ルスの負担が半端なかったことだった。


「はぁ……はぁ……」


 汗が滝のように落ちている彼女に話しかけること自体が集中を欠いてしまうほどだ。その状況下がいまどのような自体なのか。おっさん達冒険者と、俺もルス達も全員理解をしていた。


 やばい。


 焦燥感に駆られていく。意識がだんだんほかのところへと移されていく。それもすべてこの密集陣形のせいだ。と心の底から思った。

 策士策に溺れる。

 その言葉を少し前まで自信にあふれていた俺に言ってやりたい。


「ぐあっ……ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「攻撃を受けた!」


 盾が砕けた。薄くなっていた部分に殴りかかった拳が襲い掛かり、盾は綺麗にガラスのように砕けたのだ。その爪は赤黒く、血に塗れている。

 化け物……。

 と心の底から思った。あふれる感情。それは恐怖だ。

 グルルと犬のように唸りながら、よだれを垂らしそして瞳が覗き込まれた。

 視線が合う。赤黒く血走っており、そして俺たちを恐怖に陥れる。


 やばい。やばい。


 徐々に心を埋め尽くしていくその一言が思考を遅らせていく。


「うおおぉぉぉ!」


 近くにいたおっさんが爪に向かって剣を振り落とす。渾身の一撃のように襲いかかったその剣は弾かれた。火花が散り、その火花は冒険者たちを眩ませる。


「っ!」


 ゾゾゾと竜の鱗を動かして盾を修復する。

 しかしその隙に【真逆】の盾を砕かれ、冒険者に襲いかかった。

 空白になった。

 責められない。


 砕ける。砕ける。盾が。意志が。


 やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。


 逃げ出したくなった。なんでこんなことが起きたんだよ。と、後悔の声が聞こえる。そしてすぐに答えが出た。


 人間のせいだ。


 竜の鱗を奪わなければこんなことは起きなかった。竜の鱗を奪わずに生活をすればお互いが危険に晒されることはなかった。


 もうだめだ。


「おっさん! 撤退しよう! 一旦態勢を立て直すべきだ!」


 その言葉さえも愚行でしかない。わかっているだろう。ここは生を奪う場所であって、死を与える場所でもあると自分が誰よりもわかっている。


 逃げ出せるわけがないだろう。この盾の中には負傷者もいるんだぞ。


 不安が心を染めた。後悔が襲いかかる。

 あの時ルスに言った言葉はなんだったのだろう。

 確か……。そんなに簡単に生きることを諦めるな。だっけか。


 盾は砕けた。完全にもうこれでもかというくらいに、それはモンスターエッグのチョコレートのように粉々に砕けた。


 おっさん達は爪に切り刻まれる。顔や、腕や、足が切り取られ宙を舞うのが見えた。

 これまで自分がそうされてきたのを見てきたからそれを知っているが、やはり人の命が目の前で刈り取られるというのは狂気に等しかった。


「……はっ」


 笑ってはいない。それは息を吐いた音だった。それは誰の息だったのか。あ、俺の息だ。

 魔物の口が俺に向かってくる。多分俺を食うつもりなんだろう。その口は熟れたトマトのように……奈落のような暗い翼が見えた。

 がぶりと噛む音が耳に触った。それに把握するのに時間はそうかからない。

 白い角に、白い髪。黒い服に紫色の逆鱗。そして黒の翼膜の翼と瞳。


「えっ?」

「お兄ちゃん……ダメだよ。ぼーっとしてちゃ」


 ルーナが目の前にいた。お前何してるんだよ。

 ぐいっと引っ張られるように上に上がる。追いかけるとルーナの体は半分魔物の口の中に入っていた。


 いやだ。


 やめてくれ。やめろ。

 魔物の瞳は笑っていた。その瞳はいかにも俺たち人間を嘲笑っているかのようだ。


「やめ……」


 何度か口を開けて奥へ奥へと入って行く。


「やめろ……」


 ルーナの体が全て口の中に入り……。

 ゴクリと喉がなった。


「やめろぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!!!」


 側にあった剣を掴むと思い切り首元へと叩き込む。しかし赤い鱗に阻まれると、火花が散った。

 そして、赤黒い爪を持つ手が俺の体を掴んだ。ぼぎっと背骨がぐしゃぐしゃになると、思い切り地面に叩きつけられる。

 意識が飛ぶ。体が修復される。

 手には剣がある。まだいける。緩んだと同時に剣を突き出したが、まだ火花が散るだけで何もできなかった。


 おっさん達はおじ気付き動かない。むしろ怪我人ばかりで戦えない状態だ。

 雷撃が魔物に直撃する。


「妹を……」


 ルスが立っていた。青い瞳は涙を流し、肩で息をしながら構えている。


全の妹(ルーナ)をかえせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 全力で雷撃を飛ばす。

 何を思ったのか魔物は【後ろに逃げた】。

 そして魔物がその場を眩ませるように逃げた。


「ル、ルス」


 すまない。こんな目に合わせて……。と言葉を出したい。


 出せるわけないだろう! 俺!


 悔しい。無力な俺が憎い。死ねるなら今死にたいと俺を責め立てる。

 俺の胸ぐらが掴まれ、顔を上げられた。

 涙で汚れたルスが俺を睨んでいた。


「お前! そんなことしている場合かよ!」

「……」

「お前が言ったんだろう! 絶対勝つって! なら勝てよ! お前が言ったんだろう!」

「見てわからないのか。失敗したんだ」

「失敗って誰が決めるんだよ! お前が決めることじゃないだろうが!」


 小さい拳が俺の顔を貫く。痛くない。でも、痛い。心が。心が痛い。


「もうダメなんだよ! これで勝てなかったんだ! どうやって勝てっていうんだよ!」

「知らない! だけどルーナはまだ生きてるんだ! お前が助けろよ! 戦えよ……ミチナシマサヨシ!」


 完全な存在が俺の名を呼ぶ。

 完全な存在が俺に助けを求めた。


 何やってんだよ。俺。


 勝つんだろう。勝つ方法を探せ! 死ぬ気で何度も探せ!


「……わかった」


 それは適当に答えた言葉ではない。

 それは命をかけて答えた言葉だった。

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