密集陣形
「またこうしてミチナシと魔物討伐をするとは思わなかったぜ!」
「少し前に俺としていただろう」
「たしかにな。だが俺はそれについてではない。もう魔物討伐をしないと思っていたぞ。あのことがあったし……」
「たしかにな。だけど今はそれはそれ、これはこれというやつだ。男はやらなきゃいけない時があるんだぜ」
あぁ、そうだったな。とニコニコと笑っているのがおっさんだ。なんか憑き物が取れたみたいな清々しい顔をしているために、この未知の魔物を討伐するのがピクニックなのだろうかと思うばかりだ。
「いいじゃねぇか、今回は女神様がいるわけだし」
「女神様?」
おうとも。とうきうきしながらおっさんはいう。女神様……ベルのことではないだろう。あいつがそばにいても何も変化がなかったし。そう考えたらルスとルーナ……。
「あぁー……たしかに女神っぽいな」
ツノは天使の輪っか見たくなっているし、清潔そうな服装だし、何より三対の翼は竜のような翼ではなく、鳥のような翼だ。
納得はする。性格は難ありだが。
「否定はしないが、その言葉、ベルの目の前で言うなよ」
正真正銘の女神様であるベルは腹立たしいだろう。もし、彼女に神の力があるとするならば、魔物なんてため息で消え去りそして世界すら大洪水に飲み込まれてリセットされるだろう。その時のノアはきっと俺である。死なないし。
「戦い方は決めてあるのか?」
ふと、おっさんは聞いてくる。
実はそこに関してはいくつかの作戦は立ててあるが成功するかどうかは謎でしかない。ただ、言えることはあの魔物を倒すには人間の力だけでは到底ありえないということだ。
だからちゃんと答えるなら、半分半分もきつい。神のみぞ知るセカイというやつだ。そこに神はいるけど。
「何通りかは教えただろう? ただ、選択肢が多いということは望みは薄いと思った方がいいかも」
「おいおい、勝たなきゃいけないものをなんで望みが薄いというんだ?」
「期待しててくれよと言って実際に失敗したらリーダーの責任になるからな。そんなリスクは受けたくないし、いやだ」
勝手に決められたことについてもだ。正直リーダー経験のあるおっさんがやればいいと思っていた。それについておっさんはガハハと笑った。
「男は冒険してなんぼだろう? 何があってもいいように斜に構えればいいんだよ」
「簡単に言いやがって」
咆哮が聞こえた。おそらく俺たちに向かって来ているか、それとも捉えられたか。あたりは雲と霧のような空間で遠くを捕捉できない。しかし鳥類の魔物の考えなら大体読める。
斜に構える……ねぇ? そんなこと言われたのは生まれて初めてだよ。
俺は声をあげる。
「総員武器を持て!そして【ベルとルス、ルーナを守るように円形を作れ】! 」
言われるままにおっさん達は円形になりつつ、剣や槍を構える。そして静かにじっと動かずにいた。もちろん俺もその円形の陣に混ざりおっさん達からもらった長剣を構える。
足音はしない。見定めているのだろうか。
現状を知るためにルスに話しかける。
「ルス、逆鱗の数は?」
「大体二十六」
だいぶ回復はしたな。
ルスの体力がなくなるまでに倒しきる。それが現時点の目標となった。ベルとルーナはルスに守られるようにうずくまる。ルーナのやつは未だに目を覚まさない。
突然風の音が聞こえた。風は吹いておらず、それは俺の耳が風に当たる音ではない。風を切る音だ。その音はだんだん大きくなっていく。
「ルーナ……安心しろ」
俺はルーナに言い聞かせるように呟いた。
「絶対に勝つ」
「くるぞぉぉ!」
「構えええぇぇぇぇぇぇ!!」
おっさんが叫ぶとルスは魔素を使用する。白い翼に電気が貯まると同時にルスは地面を叩きつけるように身を伏せた。
辺りに散乱していた竜の鱗が帯電し磁力を帯びる。
それの直後。上りの斜面から魔物が滑空、そして襲いかかる。
まぁでかい図体になりやがって。と毒を吐く。その姿は何に似てるかと言われると、イタチみたいな感じか。
本当魔物ってなんなのかわからない。
その姿を見たおっさん達はやはり場慣れをしているのか臆することはなく、逃げ出すこともなかった。
「密集方陣!」
鉱石が磁力に引き寄せられ動いた。魔物より早く動いた鉱石達は積み上がり厚くなり人間を守る盾となる。
現実世界の古代において用いられた重装歩兵による密集陣形。集団が一丸となって攻撃する密集方陣は会戦において威力を発揮した。
今回は単体の化け物だが、膂力では差がある。
ならば堅実な守りで守りきり反撃をするまでだ。
昔映画にあった。たった三百人のスパルタ軍がで二十万人のペルシャ軍に対して行なった戦術だ。付け焼き刃ではあるが……。
「やれるものならやってみろ……! クソ野郎が!」
襲いかかってきた魔物は翼膜がついた腕で突進をしてくる。しかしその鉱石の壁はビクともせずヒビ一つ生えない。
「いまだああぁぁぁぁ!」
「おおぉぉぉぉぉ!」
俺の合図で、おっさん達は雄叫びをあげ壁に向けて武器を突き出す。
状況はわからないが。魔物の痛みを含めた雄叫びをあげる。ダメージを与えれた。
「きいたぞ!」
「まただ! 陣形を保て!」
おっさん達は喜ぶ。
怒りを含んだ咆哮を密集陣形にしている俺たちに向けて行う。耳をつんざく大砲のような声に思わず何人かのおっさん達は耳を抑えた。
ぶちっと耳の鼓膜も破れる。
それと同時に跳躍と着地音が響く。
「真後ろ!」
ルスは手で磁力の操作をし、背後に展開している鉱石の壁を厚くし強度を上げた。
爪で切りつけたのか、黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が響いた。
「臆するな! 一歩でも引いたら俺たちは死ぬぞ!」
またおっさん達が武器を壁に突き刺すが、叫び声は聞こえなかった。
武器を突き出したおっさん達はすぐに武器をしまう。
どこだ? 奴はどこに行った!?
着地音が聞こえた。
「九時の方向!」
「……っ!」
金属を金槌で殴りつけるような音が響く。それに反応したおっさん達は素早く剣を突き刺す。魔物の悲痛な声が聞こえる。
「反応あり!」
「よし、このまま密集陣形を保って攻撃を続ける!」
おっさん達は雄叫びをあげ、士気を上げる。このままいけばあの魔物を倒せる。
ただ問題があるとすれば……。
「ルス、あとどれだけだ」
おっさん達の盾役として雷を常に操っているルスの魔素の残量だった。その本人は汗を流しながら両手を地面に流し続けている。
密集陣形の根幹にある盾役を三百六十度請け負いながらさらに修復と強化の全てを担っている。そう考えると到底一人ではできるものではない。そしてまだあの魔物と戦闘を初めて全然立っているわけでもない。
「この操作……馬鹿みたいに魔素を食うんだけど……」
「だけど今この状態で唯一の安全策なんだ」
「……そう。乗りかかった舟だし、やるしかないわね」
ルスは溜息を漏らす。
頼む持ってくれ。と願うばかりだ。
ふと、ルスの青く光る逆鱗が目に入る。
光り輝く逆鱗の数はあと【十一】のみだった。




