名前で呼んで
隣で寝ていたルーナが目を覚ました。
「ふぁ……ミチナシお兄ちゃんおはよう」
「今こんにちわだからな?」
日が昇り、ある程度登っている時間帯にルーナは呑気な声をあげて翼を伸ばし、欠伸をする。背伸びの代わりに翼を伸ばすってなんか不思議だな。白い髪が土でゴワゴワとしているのに気づいたのか首を振って土を払った。ある程度時間を取った後に目頭を擦りあたりを確認したあと俺に尋ねてくる。
「ルスお姉ちゃんは?」
「食べ物を取りに外に出ている」
「へぇー。ルスお姉ちゃんが?」
一瞬不思議そうな顔をする。
なにがおかしかったのだろう。ルーナは乱れた服を直しながら俺の隣に座ってきた。昨日より距離があるが。
洞穴の中はまだひんやりとして気持ちいいが近い所にいると流石に暖かい。
「近くないか?」
「そう? 私はいつもお姉ちゃんとこれくらいの距離でいるからなぁ」
それはおそらく女性の距離感だからではないでしょうか。少なくとも男女がそんな距離でいたら間違いなくドキドキしますよ?
「そういやルスの気持ちが変わったのってルーナのおかげなんだろう? 人間嫌いは変わっていないけど」
「へ? そうなの?」
不思議そうな顔をした。あれ違ったの?
変な顔をしている彼女を見て詳細を伝える。
「そうなのって……俺がルスに電撃を食らって死にかけてたのを……助けたとか」
途端にルーナの顔が赤くなる。火を吹いたかのような赤さだ。
ん? 何か変なこと言ったか?
「あー。確かにね。助けたというか治療をしたというか。ま、まぁそんなことしたよね」
「ねって、ルーナがやってくれたんだろう?」
「そうだけど! そうじゃなくてー。えーっとそのー」
手を振ったり、頭を抱えたりしている。なにをしているんだこいつ。あんまり羽ばたかない翼が激しく動いていた。土ぼこりが立って煙たいというか目が痛い。
「と、とにかく助けたのは個です。はい」
「そうか。助けてくれてありがとう」
ぱぁっと明るい顔をする。かわいい。
「……うん!」
かわいいなぁ。素敵な笑顔で今朝の姉の顔を忘れる。といっても二人とも同じ顔なんだけどな。二人をじっと見ても、間違えそうだし。唯一違うのは胸の大きさと、翼くらいか。
俺が意識を失っている間になにをしたのかは知らないが、決して悪いことはしていないだろう。ましてやこんないい子がするわけがない。
多分。
「ところでルーナ」
「うん?」
「今回の魔物と一度対峙したことあったよね」
「うん。たしか鳥みたいな翼が生えてた! ばさばさーって! で、牙がぐばーってあって、なんかばーって大きかった! 」
「曖昧だな」
ぐばーっとか、ばーってどんな感じだ。五歳児でもそんな酷い例え方しないぞ。しかも両手で大きさを例えても全くわからない。なんだこのかわいい生き物は……!
いや、大阪人はそんな例え方するよなぁ。
「……まった」
何か見落としているような気がした。
何か引っかかる感じがする。俺が襲われた時を思い出す。羽根が襲いかかる。捕食しにくる。全部人間に対しての反応のようなものだ。
「ミチナシお兄ちゃん?」
「いや、根本的にあれだ。そうだよおかしい所あったじゃないか」
そうだ。あの魔物なんで【一体】だけだったんだ?
前に猿みたいな魔物を倒した時に聞いたことがある。おっさんが言っていたのを思い出す。
『魔物は子分三体と、リーダーが基本で行動する』
あの魔物がリーダーとするならば。あの魔物はなぜ単体なのか。同じ種族……子分が存在してもおかしくないはず。
「なぁ、ルーナが見た限りでいい。あの魔物は一体だけだったのか?」
「 私と対峙して退かせるまでずっと一匹だったよ?」
なるほどね。と確信を得た。
「それよりさぁ。ミチナシお兄ちゃん?」
つつい、と俺に近寄ってくると、すりすりと昨日の時のようにすり寄ってきた。ルーナの表情はどこか不機嫌な様子。
「ルーナ、起きたの?」
「あ、ルスお姉ちゃん。おかえりー」
そしてぎゅっと俺の腕に胸を押し当ててくる。
思わず何事とルーナの顔を見ると。その顔は女性特有の【悪魔】のような顔だった。
「え、な」
「……あんた何してるのよ」
もちろんその光景を見たルスは俺に何を思っているかすぐに理解できた。
「え、ルスさん? 何か勘違いされておりませんか?」
「ルスお姉ちゃん。ミチナシお兄ちゃんが何かイイ事考えたみたいだよ」
そしてダメ出し。ルーナは俺を売った。
「ちょっとルーナさん!? 突然何言ってらっしゃるので」
電撃が爆ぜた。白い翼から電気が走る。冷や汗がたらりと流れるのが気持ち悪い。
「覚悟はできてるんだろうな?」
「妹の策略にはまったらダメ……あ! ちょっとこっちこないで! 俺絶対その電撃受けたら黒焦げにな」
電撃は心臓の神経を焼き切り、俺は死んだ。
「……だぁ!」
三途の川が見えた。気がしただけだった。というよりこの世界には三途の川があるのだろうか。どっちかというと花畑の方がイメージつきやすいが。
「反省した?」
「あのなぁ……反省をするしないの前にそこにいる妹君が俺に悪さをしたんだぞ?」
「ルーナナニイッテルカワカンナイ」
てめぇ。明後日の方向を向いて吹けない口笛を吹く。
「ところでルスお姉ちゃん。今日食事をとるなんて珍しいね」
「そう? 気のせいよ」
しれっと返事をするルス。しかし顔がやや赤いのは気のせいだろうか。
空腹を訴えたのは俺の腹だった。ルスは俺に侮蔑の目をする。
「仕方ないだろう。人間は腹が空くんだよ」
「はぁ、これだから」
その手にあったのはウサギだった。まるで今捕まえたよ! みたいな。まだ生きてるあたり電気で痺れさせたのだろう。
「……ええっと」
「どうしたの? ミチナシお兄ちゃん」
浮かない顔をしているね。という顔をしていた。いや、どうしたとこうも……。
生まれてこのかた何十年。いやまだ四半世紀こえてないけどさ……。
ウサギを食べるの? という顔をしてしまった。
一応肉だけどさ、生肉じゃないじゃん。それをどうやって食べるのかわからない。
「ルスお姉ちゃんご馳走だね」
「ば、そんなんじゃないわよ。偶然! 偶然そこにいたから」
ルーナとルスがきゃっきゃと話し合っている。
あぁ、そうか。ここは現実世界じゃない。【生肉加工】で出てくる話じゃないんだ。
そしてここは違う……俺の世界じゃないんだ。
「ミチナシお兄ちゃん? どうしたの? お腹痛い?」
ルーナが俺を見てくる。黒い瞳が俺の顔を鏡のように映し出していた。
なんてひどい顔なんだろうか。右と左と俺は見たがどちらも同じ顔をしている。
「ごめん。そのウサギは逃がそう」
「え?」
ルスは意外な顔をしていた。もちろんルーナもだ。
「人間は肉を食べないのか?」
「あ、いや、肉を食べるけど。なんかそんな気分じゃないというか」
しどろもどろする言い訳にルスはよくわからない顔をしていた。
「わかった。じゃあ個がミチナシお兄ちゃんに果物持ってきてあげるね!」
「あ、わるい」
「いいのよ!」
そう言ってルーナは外に飛び出す。
俺はその姿を見送る。ルスはその俺の姿をじっと見つめていた。
「わるい。多分気にしてとってきてくれたんだよな」
「許すと思う?」
「何かしてほしいというなら、する」
「なんでも?」
その流れはしたくないなぁ。しかしここでもし流れを変えたら……。
「なんでもする」
「……ルス」
変な顔をしただろう。俺がである。
「さっきからお前お前って、ルーナにはルーナっていうのに」
「……」
その顔は赤かった。
「ツンギレ?」
「複雑怪奇な言葉を使ったら殺す」
すいませんでした。




