それは一つの昔話 ★
新章はじめました。
―――昔、まだこの世が不完全だったころの話だ。
不完全であった世界では、一匹の竜が存在していた。
その竜は不完全の世界で唯一の完全であり、何もかもを必要とせず、何もかもを捨てず、常に自分の尾を追いかけて回る存在だった。
そんなある日のことだ。
「俺はお前が欲しい」
その男の一言は竜に放たれた。
完全であり、何もかもを必要とせず、何もかもを捨てず、常に自分の尾を追いかけて回る存在にだ。
「俺はお前に恋をした。俺は不完全だ。だが、俺はお前のために完全を作りたい。お前の隣に立てるようになりたい」
―――そんなことは無理だ。完全であるがゆえに、個は全なのだ。
それは完全であるが故の言葉だった。
男はそれでもひかなかった。不完全のくせに、不完全の存在のくせに。
「なら俺はお前を完全ではない存在にしてやる」
それは呪いだった。
―――なんだと?
「お前が完全であり続けるなら、お前が完全と言い張るのならば、俺はお前を完全から堕としてやる。お前を完全と認めさせてやる」
その男の瞳は黒く、竜を映し出していた。
鏡のような瞳に竜は何を思ったのだろうか。それは定かではない。
―――竜は個だった。
―――竜は全であった。
―――故に、竜は狂ったのだ。




