あいつの名前ってなんだっけ。
それからというか、まともに俺の体が言うことを聞くようになったのは五日ほどかかった。
知らない部屋に一人ポツンといて、俺が寝ているか何かの間のうちにご飯が置かれていたりいろんなことがあった。
それまではずっと面会謝絶。ルーナ達と会うことも出来ず、ただ同じ時間を流れるのにずっと同じ時間を過ごしているかのような地獄を俺一人感じていた。
やっと体が動き始めるようになったころにアリアが現れた。
「ミチナシ君。元気そうだね」
よっ。と片手を上げて俺に挨拶する姿にどう反応していいのかものすごく悩んだ。
いや、だって相手は王女なんだしどうしていいのか考えるさ。
でも、前から私をアリアと呼べと言っているんだからくだけた感じにしてもいいだろうと思い、俺はややぎこちなく手を上げてよぅ。と返した。
俺がいた部屋の椅子に座ると俺は同じように椅子に座った。
アリアは口を開いた。
「あの魔獣は倒れたよ」
「……そっか」
魔獣っていうより巨人に近いけど。
「私はよくわからないうちに倒していたけど、どういう理屈で倒したの?」
「あいつは不死身ではあるけど、あれは大地からエネルギーを吸い上げて治癒していた。植物と同じ原理だ」
そして、その植物を根元から刈り取れば生命力は大地から吸い上げることができず再生力は止まる。
「そこにあれの命を燃やし尽くせば再生もせず倒すことができるわけだ」
「なるほどね」
ジャックと豆の木のおとぎ話も豆の木を切り倒して巨人を落下させて倒した。それを思い出しただけだが……。まさかルーナのあの規模の魔法が使えるのは知らなかった。
「いやでも正直な話あそこまでうまくいくとは思っていなかった。なんせ思いついたことをやっただけのことだし、それこそアリアが前に言った。行き当たりばったりの対抗策だってやつだ」
本当我ながら思う。
「でも、今まで成功したわけだしいいんじゃない? 私は少なくとも悪い意味で言ってないわ」
わかってるさ。判断力があるとか、応用力があるとか、それに近いんだろう。
ただ、その力があったとしても他人任せだということが俺だ。
「で、そんな俺に何の用だ。もうタストに帰りたいんだけど」
「褒美とかは要らない?」
「いる」
現金なやつである。俺が。
「じゃあ、こちらが渡せる報酬が三つあるわ」
「渡せる報酬とは一つだけとかじゃないよな?」
「もちろん全部よ」
まぁ、そうですよね。
「さて、一つ目だけど。まず報奨金ね」
そう言って渡される一枚の書類。丸く小さくして封蝋されていた。
俺は封蝋を剥がし開けると、金貨と枚数が書かれていた。
「えっと……いち、じゅー、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……」
ゼロの数多くない?
「金貨二千万枚を報奨金を用意したわ」
「……はぁ!?」
金貨二百枚もあったものがまたバイの倍の倍くらいしてもまだ先のやつじゃないか。なにこれなんなの?
「いやでもこんなにも……」
「ミチナシ君。あなたはそれほど頑張ったのよ」
ノーバディーの国民の税金などが俺に来る……。
宝くじより怖いぜ……。
「民草たちはみんなミチナシ君のことを讃えていたからありがたく受け取りなさい」
いやでも、こんなにももらったら資金多すぎて国一つできてしまうんじゃないか?
「わかった」
「じゃあ二つ目だけど、魔術の技術をタストにも送るわ」
「いや当たり前じゃない? 魔術式はヒューマンに全部行き渡らせないとだめだろ?」
「そうだと思っていたんだけど、重鎮たちが……」
「あぁ……」
あの頭でっかちの馬鹿どもが他の奴らに技術がいかないように細工していたのか。
本当最初から最後までめんどくさい奴らだな。
「まぁ、今回のこともあってノーバディーの重鎮達は半数を失った。権限としては私アリアライオネルの方が上になったわけだから実質私の独占国家となるわ」
「嫌な国になりそうだ」
好きなことをどんどん取り入れて行く王はいいものではあるが、独裁はなぁ。うーん。まぁ、でもアリアはそんな変なことはないだろう。きっと。
おほん。とアリアがもう一度わざとらしく咳払いをした。
多分最後はもっといいものなんだろう。いやでもきっと押し付けられるものだろうから触れないようにしておくべきかといろいろ考えた。
しかし先に二ついいことについて聞いたわけだしあと一つはいらないなんて言えるわけがない。
「で、最後は?」
だからきいてしまった。
「スロープの人権の譲渡」
「ノーバディーで預かるんじゃないのか!?」
思わず声を出してしまった。
「預かりたいんだけど……まだ国民達はスロープを受け入れてはいない。そのためには他の場で預かって欲しい」
「タストにはアキハーとか、ルーナが住んでいるからそういう類については寛容だということか」
「そういうこと」
でもどうやってスロープ達を連れて行き、暮らそうとするんだよ。
おそらくスロープの人口は数万といるぞ。
「あら、それならあるじゃない」
「ん?」
アリアが指でジェスチャーをする。指をはなして、近づけるようにうえにあげていき最終的に指をくっつけた。
「……あぁ、竜の山」
スロープはスロープで国を作ればいい。ただ、俺たちと交流を持てるようにする。ということか。
「考えてることはまともだけど、それうまく行くものなのか?」
「それなら大丈夫よ。だって、英雄がいるのだから」
は? と言う前にアリアは動いた。
あまりにも自然に動いたものだから俺の意識はアリアが動いたことに気づいていない。
頬に柔らかいものが触れる。ふにっとした柔らかいものだ。
「……は、え?」
「【英雄】ミチナシ、貴殿に最大の感謝を」
頬を赤くして微笑むアリア。
年相応の可愛い笑顔はきっと本心なのだろう。
「ミチナシ君、お風呂に行くといいよ。髪の毛臭いよ?」
「……うっせ」
理解した時にはもう、頭から火が出るかと思った。
「みちなしおにいちゃぁぁぁぁん!」
「おう、元気そうで何よりだっ!?」
走ってきて跳躍して頭からダイブしてきたルーナの衝撃にベッドで座っていた俺は受けきれるわけがなく、綺麗に腹部へと突き刺さった。痛い!
後ろからアイが入ってくる前に一度頭を下げてから入ってきた。アイの姿を見る限り特に支障はないようだ。
「大丈夫なの? もういいの?」
「あぁ、心配かけたな」
「本当だよ! なんであんな無茶をするの!」
杖は燃えかすになってるし! とガミガミ怒られる。
「ルーナ様落ち着いてください。これからはこのアイがちゃんとお世話しますから」
アイの発言も感情が読めないが絶対起こっているだろうな。
「主に性管理あたりを」
「俺はお前をそんな風に育てた覚えはありません!」
「何言ってんのよあんた」
アイの後に入ってきたルスが呆れた顔をしてこちらを見た。
「そこのおバカの知識を訂正させようと思って」
しかし言葉が詰まった。ルーナを抱きしめながら、アイを叱る姿。
これはあれだ。多分きっとあれだ。
「ロリコンってやつですね」
アイが指を立てて言った。
やっぱりそうじゃねぇか!
「ところで、あいつは?」
「あいつ?」
そう、あいつだ。俺はあいつの姿を見ていなかった。
「ほら、ルーナと同じ髪色の……」
なんかおかしい。
「ミチナシお兄ちゃん?」
「あいつって……誰だ?」
あいつは、白い髪で赤い目で……。




