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3/3

reason

 夜の帳が下りる。

 

 天井の崩落した教会の石壁にもたれ、ロギノスは焚き火の炎を眺めている。向かい側でベルが薪をくべているが、彼女の背後の影が妙に気になった。影は伸びたり縮んだりしながらまるで生き物のように、壁面で踊るのだ。

 

「ロギノスはなぜ旅をするの?」


 突然のベルの問いに、ロギノスはピクリと反応する。眼帯の下の、左目が疼く。そして、騒ぐ。ロギノスは落ち着きなく立ち上がり、聖槍を握るとベルに向けてそれを投げつけた。

 

 ドゴン!

 

「おわっ!」


 ベルは驚いて仰け反る。


 ーー、ウキャキャキャキャキャキャキャ!!


 ベルの背後の影に聖槍の先が突き刺さると、笑い声とも苦痛ともつかぬ叫び声が響いた。焚き火の炎が作り上げた影が、巨大で歪んだ人の顔に成っていた。聖槍はその顔の左目を貫いた。やがて、影は萎み、等身大のそれに収縮した。


 ロギノスは槍を抜きながら溜息をつく。


 槍の先端には、黒く粘り気のある液体が付着いていた。


「ベル、おまえ、人ではないな? 《影を飼う民》か……。イカヅチ以前には人の目に触れることのなかった異界の民が、なぜ俺についてくる?」


「私に質問するのはやめてくれない? 女子に対して不躾だし、なんかムカつく。それに、先に質問したのは、私の方よ」


 ベルは頰を膨らませ、緑色の髪を逆立てた。


「ああ……、悪かったな」


 ロギノスは元いた場所にしゃがみこむ。まだ疼く左目を押さえ、旅の理由を考えた。

 二人は黙り込んだまま、ひたすら炎を見つめている。炎。


 ーー、炎に焼かれた、十字架の聖ゲルニゲルス。

 ーー、父さん。

 

  ✳︎

 

「父さん、今夜も遅くまで研究?」


 薄暗い書斎で、ゲルニゲルスは分厚い本のページをめくっていた。ランプの油は切れかけていて、ほとんど手元だけに灯りがさしている。

 本の表紙には『古期人類世』と書かれていた。


「まだ起きていたのか、母さんは寝たぞ。遅いから、もう寝なさい」


 父親のゲルニゲルスは息子の顔を見ずに言った。

 父の研究は、十二歳の少年にとっては非常に難解であったし、何より現在の「新期人類世」より前にこの地上に人がいたなどと想像もできなかった。


「ねえ、父さん?」


「なんだ、まだいたのか」


「大きくなったら教えてくれるって約束したよね。古期人類世の秘密を。今よりもっと高度な文明を築いていたって……」


 ゲルニゲルスは眼鏡を外し、無言で息子の顔を覗き込んだ。少し思案してから、返事をする。


「そうだな、ロギノス。そろそろお前にも教えておかなければならないな。文字を読むより、その目で確かめてみるといい」


「ほんと?」


 ロギノスの表情はパッと明るくなった。


「ああ、次の〈胚胎節〉がもうすぐだ。この街の人々は〈北の塔〉に祈りを捧げに行くからな。そのとき、南のシニーク峠まで行ってみよう」


 さあ、もう寝なさい、とゲルニゲルスは立ち上がり、息子を寝室まで促す。息子はもっと喋りたい様子だったが、やがて諦めて退室した。扉が閉まると、母親のエチカが心配そうな顔をして隣室から覗き込んだ。


「あなた、大丈夫なの? シニーク峠は帝国にとって禁忌の領域のはず」


「心配ないさ。奴らには何も理解できていない。それに、ここは帝国の首都から外れた自治区だ。何も心配ない」


 妻の心配をよそに、ゲルニゲルスは少年のような顔をして微笑んだ。

 

 胚胎節の朝、晴れ渡った空の下、父子は馬車に乗って出かけて行った。街のだれもが北の塔を目指して移動していた。胚胎節は、新期人類世の始まりを祝う日だった。祝日はトルーマ帝国皇帝の皇位継承を権威づけるという、表向きの意味だけでなく、民の滅びへの不安を解消するという役割も果たしていた。


 南のゲートを出るとき、本来いるはずのない数人の憲兵と出くわした。緊張が走り、ゲルニゲルスとロギノスは身構える。


「よお、お前さんたち、どこへ行く?」


 葡萄酒の瓶を手にした男が、尋ねてくる。酒に酔っているようだった。


「やあやあ、皆さん、御機嫌よう! これから祝杯のために果物を摘みにいくのですよ!」


 御者のポラーノが楽しそうに叫んだ。まだ若いが背中が曲がった小男で、道化のようなポラーノが声を発するとその場が和んだ。


「これから憲兵さんたちは、イイトコロに行こうって寸法ですかい?」


「うはははっ、一言多いやつだな。早く行っちまえ!」


 胚胎節にカンパーイ、とさらにポラーノが調子よく叫ぶと憲兵たちは機嫌よく北へ向かって行った。


  峠の手前で馬車を留め、そこから先は徒歩で進まねばならなかった。御者のポラーノだけ残し、ゲルニゲルスとロギノス二人が峠の底に降りていった。

 道は整備されておらず、ほとんど獣道となった隘路を二人は進んだ。谷底に着くと、さらに地下洞窟への口が開いていた。地の底から風が吹き出し、猫の鳴き声のような音が低く響いている。


 二人はほとんど会話を交わさなかった。大人が一人通れるくらいの入り口を潜り、下へ下へと、時に腰をかがめながら進んだ。時折、鍾乳石の先端から水滴が落ち、首筋をヒヤリとさせた。


「着いたぞ、ロギノス。これが古期人類世の巨大遺跡だ」


「信じられない。こ、こんなことって……」

 

  ✳︎

 

「ロギノス、寝てるの?」


 ベルは不安そうな顔をして訊いた。焚き火は消えかけている。


「それとも、まだ怒ってるの?」


 ロギノスはゆっくりと右目の瞼を開く。わずかに涙で濡れていた。


「夢を、見ていた」


「夢? そうか、人は夢を見る生き物だったね。私たち《影を飼う民》は眠ることができないから、夢がどんなものなのか分からない。あなたは少しうなされていたわ。夢ってそんなに怖いものなの? それとも……」


「俺にはよく分からない。ただ、どうやら夢ってやつは、過去と未来を映す鏡のようなものらしい。そこに感情がリンクすると、怖かったり哀しかったりする」


「もちろん楽しい夢もある」


「もちろん」


 そう言ってからロギノスは立ち上がり、暗闇を睨める。遠くから地鳴りのような音が響いてくるのを察知する。


 やがて朝日が昇る。


 トルーマ帝国軍の四個中隊が、朝日を背にしてこちらに向かってくるのが分かる。ベルにとっては不可解なことばかりだった。新期人類世における最強の帝国軍が、一個師団の半分もの勢力を送りつけてまで殲滅したい敵とはどんな存在なのか?


 指揮者の騎馬を先頭に、両脇を馬車が固め、怒涛のごとく進軍してくる。土煙が幕のように日の光を遮り、これから始まる凄惨な戦闘を予感させる。


「やれやれ、だな」


 ロギノスは太長い金属の塊である聖槍を構え、首の骨をぼきぼきと鳴らした。ベルの目は飛び出さんばかりだ。


「は? ちょっと待った。何となくこれからの展開が予想できてしまう自分がちょっと怖いんだけど、一応確認するよ?」


「何だ、早く言えよ」


「あいつらと、戦うつもり……でしょうか。ロギノスさん?」


「だったら何だよ。お前の命は俺が守るって約束したろ? ちょっくら奴らをぶちのめしてくるから、その辺に隠れてろよ」


 ーー、いや、マジ馬鹿だよ、こいつ。

 ーー、でも、ずっと死のうとしていた私に、何かを与えてくれたのも事実だ。この人に、死んでほしくない。


「ロギノス!」


「だから、何だよ、さっきから?」


「し、死なないで」


 ロギノスは不敵な笑みを浮かべ、背を向けながら呟く。


「あったりめえだ! 待ってろ、ベル」


 ーー、刺し貫け、ロギノス。

 ーー、すべての不条理を、悪を善を、貫け。

 ーー、創造者をも、刺し貫け、ロギノス!


 異常に発達した右腕の筋肉に、血管が幾筋も浮かぶ。長い助走をつけて、槍を投げる。一投目。それは、夜の闇を切り裂く流星のように、光り輝いていた。【to be continued】


 

 

 

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