クソ女神
「一つ提案があるのだけど」
女神が一際麗しい声で言った。
心臓がどくんと脈打つ。なんか嫌な予感しかしない。
「普通なら、あなたのようなゴミ……いいえ、クズは地獄に行くのだけれど、私の権限で地獄に行くのはなしにしてあげる。でも、異世界転生はやめて、ここにいましょ。ね、そうしましょ」
女神の不意の上目遣いに俺は思わずどきりとしてしまう。
前半の発言がなかったら、危うく女神に惚れてここに残るところだった。危ない危ない。
女神は一息吐いて、続ける。
「ねえ、ここはいいとこよ。どう? あなたも居心地がいいでしょ。過去に異世界転生したいって思って死んだ人たちが何人もここに来たわ。でも、その多くが異世界転生することをやめて、ここに残ると言った。なぜなら、死んでるということは心地よいから。まあ、私は女神だから、そんな低俗な体験はしたことないんだけどね」
女神が憐れむような目を俺に向ける。
うん。多分こいつは何か言う度に毒を吐かないと、気が済まない病気にでもかかっているのだろう。
でも、女神の言う通り、確かにここは驚くほどに居心地がよかった。
中途半端な想いで死んだやつなどは、あっけなくこの状態とこの空間の虜になって、呑み込まれてしまうだろう。
だが、俺の異世界に行って美少女にチヤホヤされたいという想いをみくびってもらっては困る。
生半可な想いではないのだ。そこらへんのやつらと一緒にしないで欲しい。
これは崇高で気高く、高尚な想いなのだ!
「確かにここはいいところだ、認めよう」
俺はそこで一つ区切って、続ける。
「だが、その提案は断る!」
「チッ」
女神の舌から奏でられた、美しい単音。
あまりに綺麗な舌打ちに、俺は感動すら覚える。
だが騙されてはいけない。
舌打ちは舌打ちだ。
「ねえ、ほんとに異世界へ行くの? それって結構作業量多いのだけど」
女神は露骨に嫌そうに言った。気づけば座り込んで、あぐらをかいてる。
「もちろんだ」俺は答える。
「はあ、ほんとだるいわね。異世界転生するってなったら、転生先に君を送んなきゃなんないし、希望を聞いてその世界を作り上げなくちゃいけないし」
女神は心底だるそうな表情で言う。
「まあ、ぶっちゃけそれは大した仕事ではないのよ。ちょっと疲れるけど、私ほどの女神なら一瞬でできる。ただ、何がだるいかって、転生しちゃうとそいつが再び死ぬまで私がずっと監視してないといけないわけ。そしてクズくんなんて、かなり性格クソじゃない? そんな人を四六時中監視するなんて、拷問以外のなにものでもないわ。あなたも少し考えてみて。ね、地獄でしょ? いや地獄の方が断然マシかしら。地獄の人たち、私には甘いし」
女神はグチグチと愚痴を垂れる。
「とりあえず、お前の性格もなかなかクソだと思うぞ」
俺は口を挟んだが、女神は俺の言葉など、意に介さず続ける。
「まあ、クズくんは早死にするから、寿命はあと1年なんだけどさ。だから、監視するのは長くても1年。それでも1年だよ? クッソだるいって」
「え、ちょっと待って、俺あと1年で死ぬの?」
俺はあまりに突然の余命宣告にたじろぐ。
ちょっと待ってくれ。せっかく異世界転生できそうなのに、1年しかないだと。
「そうよ。てか、あなた、もう一回死んでるじゃない。贅沢言わないの」
俺はそう言われるとグーの音も出ない。
「てか、全部あのクソ女神が悪いのよ。前までは転生者の希望なんか無視して、適当な豚小屋みたいな世界に揃って詰め込んでたんだけど。つい最近、そのクソ女神のせいで、転生希望者の望みは聞いてあげなさいって方針に変わったのよね」
女神は冷ややかな口調で言った。
とりあえずグッジョブ、クソ女神! 俺は心の中でガッツポーズをする。
そして、願わくばこいつじゃなくて、そっちのクソ女神の方に降臨して欲しかったです。
「あのクソ女神マジで次会ったら、存在ごと消す」
女神がぼそりと言った。
なるほど。女神用語で「殺す」に当たる言葉は「存在ごと消す」なのか。勉強になったな。
よし、いつか、機会があったら、この女神に言ってやろう。