その正体は… 後編
フッと唐突に思い出した。
あれ?薫何しに来たんだっけ?
薫を見る。
「薫、そう言えば慌ててきたけど、何かあったんじゃないの?」
ああ!と今思い出した様子でスマホを手に取り、画面を私に見せる。
「ほら、これ見て。この前の天神様の梅の木の前で撮った写真なんだけどさ、庵姉の後ろを見て」
?
言われるままに画面を覗き込む。そこには笑顔で私が映っている。後ろには梅の木がある。これが何だと言うのだろう。
「獅子みたいなの見えない?今にも跳びかかって来そうな怖い顔してさ」
薫が言う私の後ろをよく見る。
するとそこには、見たこともないような顔が、画面いっぱいに大きく影のように映っていた。
何これ!?
よく見ないと分からないけど、それははっきり顔だとわかる。
思わず薫からスマホを取り上げ、まじまじと見る。
それは目がつり上がり、口が大きく裂けるように開かれ、唸り声をあながら跳びかかってこようとしている獅子のようだった。
ゾクッ。
背筋に悪寒のようなものがはしった。おせんさんの時とはまた違った、得体の知れない怖さがある。
どうして?何で?何で私なの?
頭の中には疑問しか出てこない。先程から横目で画面を見ていたおせんさんが、ポツリと、
「……………キツネ………」
!?
「「キツネ!?」」
私達二人、同時におせんさんを見る。
「……獅子じゃなく?」
表情の読み取れぬ顔をしたまま、またポツリと答えてくれる。
「…………………二股」
二股?二股って何?
薫の顔を見るけど、薫も首をかしげている。すると、そんな私の心の声が聞こえたのか、少しの沈黙の後、
「…………尾が二つ…………」
と教えてくれた。
私達はまた画面を覗き込む。初めて見るそれに、恐怖より興味が湧き起こり、画面から目が離せなくなる。昔話とか、日本画とかで聞いたり見たりしたことはあるけど、実際こういった写真で見たのは初めてだ。
「キツネっぽくないね」
と薫が言う。私も頷いた。
どちらかと言うと、沖縄のシーサーのような顔。キツネにしては不細工。こう言っては何だけど、絵の下手な人が描いた日本画の動物みたいだ。
ハッと我にかえる。
いや、不細工とかキツネに見えないとか、そんなことはどうでもよくて、聞かなきゃいけないことがあったじゃない!
「何でキツネが怒ってるの?」
とおせんさんに聞く。いつもの沈黙の後、
「……………踏んだ…………」
「踏んだ!?何を!?」
思わず声が大きくなってしまう。おせんさんは、それ以上は答えてくれない。
待って、思い出さなくちゃ―――。落ち着け私。そう言えば…変な感触のものを踏んだことがあったような―――。
そうだ!あれは稲荷社へお参り行った時、ふにゃって。でも、その後よく見たけど、その場には何もなかったよ。だけど、きっとあれが『踏んだ』って事なんだよね。それ以外に思い当たる記憶は……ない。どうしよう―――。
焦りから、いつの間にか薫のスマホをギュッと握りしめていた。
「謝ったら?」
薫の声にハッと顔をあげる。
そうだよね。その手があるじゃない。謝ってしまえばいい。というか、あれは事故のような気もするけど、この際私が謝って済むなら、謝ります!
私はパッおせんさんを見て、
「私、謝ります!」
するとおせんさんは、
「………………許さないって………」
えぇっ!?そんな通訳いりません!
なんて無情な―――。
スマホを持ったままうなだれる。
「おせんさん、キツネと話せるの?」
薫の言葉に、
そうだ!おせんさんからなら、キツネも話を聞いてくれるかも!
一縷の望みをかけて、おせんさんを見る。しかし、相変わらずの無表情に、無言が続く。
駄目だ、何も言ってくれない。
落ち込む私をよそに、薫は話を進める。
「もしかして、庵姉の痛みって、こいつのせい?」
少しの沈黙の後、
「……………そう……」
視線はスマホの画面へいく。改めて画面の中のキツネを見る。
何なの?何て心の狭い奴なの!謝らせることもさせないなんて!
もう、キツネなんか大嫌いだ!!!
薫は私の手からスマホを取り、しまった。
「仕方ない、何とかする方法を考えよう」
「何とかって?」
と薫を見る。
ん~、と考え込んだ後、明るい声で、
「何とかなるよ。頑張れ庵姉!」
「え~!何なのよそれ」
「私も手伝うからさ」
と笑顔を向ける。
その顔はもしかして楽しんでる?
私は軽くたしなめる。
「薫は受験でしょ。そんな暇ないじゃない。受からなかったらどうするの?」
薫はニッと笑うと、ピッと親指を立てて自分を指す。
「誰に向かって言ってんのよ。私が落ちる訳ないでしょ」
どっと疲れと目眩』が―――。
その根拠のない自信は、一体どっから来るのよ!
はぁ、心配がまた増えた…。




