その正体は… 前編
ダダダダッ!ドドドドドッ!
足音が聞こえて来る。階段を駆け上がり私の部屋に向かってくる。
バンッ!!
扉が勢いよく開き、薫が飛び込んできた。
「庵姉!ちょっとこれ見て!」
真剣な面持ちで、手にはスマホが握られている。この後、けたたましく話し出すだろうと予想していたのに、ピタッと薫の動きは止まった。視線はある一点に注がれている。その視線の先には―――。
しばらくして、
「え?え!?えぇぇっ!!」
目を大きく見開き、口をパクパクさせながら幽霊を指差す。薫の反応にホッとする。
薫、あなたも普通の人なんだね。
「薫にも見えるんだね」
「え?」
私を見る。
「庵姉にも?」
うん、と頷くと、私の顔と幽霊を交互に見て、私が落ち着いているのが分かると薫の驚きも少しはおさまり、ベッドの上に一緒に腰かける。幽霊を見つつ、
「何でいるの?」
と聞いてくる。
「私も聞きたいたよ」
薫にも稽古場であったことを話す。
「ふぅん。おせんって言ったの?」
「そう。唄の事を言ったのか、自分の名前を言ったのか分からないけどね」
薫は幽霊を見たまま腕を組む。
「だったらさぁ、呼び名がないと不便だから、おせんさんでいいんじゃない」
「え?」
薫を見る。
「呼び名だよ、呼び名。いつまでも名無しじゃ何て呼んでいいか、こっちも困るじゃん?」
そんな勝手に決めていいのかなぁ。
見ると、幽霊は小さく頷いた。
いいんだ。結構いい加減もあり?
「でもさぁ、何で出てきたの?庵姉に恨みでもあるとか?」
足を伸ばして、リラックスしながら薫は話す。すると、その場にずっと立ってただけのおせんさんは、長い沈黙のあと、
「………………市助…………」
と呟いた。
市助?どこかで聞いた事があるような…。
あぁ、そうだ。怪談話の中でおせんさんの姉、おきつさんに横恋慕してたのが市助で、自分になびかなかったからってお姉さんを殺しちゃった男だよね。
でも…その市助を恨んで出てきた訳じゃないよね?だって、話の中では敵討ちは成功して、無念は晴らしている筈だし―――。
あれ?…何で私の前にいるおせんさんは市助を知っているの?もしかして…。
私はまじまじとおせんさんを見る。薫は気づいていないのか、話を続ける。
「何か市助って古そうな名前だねぇ。もうこの世にいないんじゃないの?」
私は薫を見る。
「ん?何?」
私の視線に気づき、目が合う。
「ねぇ、この女性本物なんじゃ…」
「そうなの?」
「だって、市助ってほら、笠森おせんの怪談話の中の…」
と、そこまで言ったら、ああ!と思い出したように、
「マジか!あの市助か!」
と、ちょっと驚き、おせんさんを見る。
「じゃあ、尚更この世にはいないんじゃないの?」
沈黙――――。
「………………いる………」
無表情だなぁ。
「どこに?」
と立て続けにに聞くと、
「……………………」
沈黙長いなぁ。答えを待つこと10秒、20秒、
「…………探す………」
あ、答えた。
私はこの変なテンポに少しづつ慣れてきたけど、薫は、もうたまらん!と言った風で、
「っだぁ!何なんだこの変な空白は!」
と自分の頭をガリガリッとかいた。
「何で市助さんを探したいの?」
と言う私の問いに、
あ、まただ。気長に待つこと10秒、20秒…
言えないのか、言いたくないのか、どっちかも分からない。ただ黙って立っている。
待っててもきりがないかな。
理由の他にまだ聞きたいことがあったから、答えを待たずに続けることにした。
「市助さんを探すと言っても、昔のままで生きてるって事はないから、きっと生まれ変わってるって事せしょ?」
すると、かすかに頷く。
「もし、性別も顔も全く違っていたら、どうやってその人が市助さんだって分かるの?」
自分の知る人物が全く違う人になってたら、普通は誰だって分からないと思う。
沈黙が続く。
ちゃんと私の言ってる意味は伝わってるよね?
こう黙っていられるとちょっと不安になってくる。
相変わらず無表情、沈黙の時間はもれなくついてくる。しばらくして、薫が耐えきれなくてそわそわし出した頃、
「……………魂の色………」
?
私と薫はお互い目が合った。そして同時に出た言葉は、
「「魂の色!?」」
多分薫も同じことを思ってる。魂の色って一体何?
「ねぇ、個性みたいなものかな」
と薫に聞く。
「分からん」
と首を横に振る。二人して首をかしげるしかなかった。
魂の色ってあるの?
おせんさんを見てもそれ以上は説明してくれる気配がなく、何かよく分からない。だけど、魂の色なるものがあって、おせんさんには市助さんが分かるってことかな。
分かったような…理解しにくい次元です。市助さんって特別な魂の色でもあるのかしら?それって一体何色よ。
気を取り直して、もう一つ聞く。これが一番聞きたいことでもあった。
「何で私のところに現れたの?『おせん』を踊っていたから?」
じぃっと見つめて来る。
またもや沈黙が……。いつまで続くの?
「おーい、電池切れかー?」
薫はベッドに仰向けで倒れ込み、伸びをする。すると返事が、
「……………違う…………」
「ねぇ薫、この『違う』はどっちへの返事だと思う?」
ベッドから体を起こし、両手を上に向けて、肩をちょっとすくめておどけてみせる。
「分かりません」
分からないことだらけだ。もし、この『違う』が私への返事だとしたら、現われるのは私の前でなくても良かった筈…。市助さんを探すにしても、私と市助さんには何の共通点もないと思える。たまたま偶然なんてことある?
でも、分かった事もある。
おせんさんは私に恨みがあって出てきた訳ではないってこと。きっと市助さんが原因だよね。
そうだよね?そうだと言って欲しい。