祈願参り
私と薫は並んで歩いている。やや細めの歩道を行くと、次第に見えてくるお寺。
「へぇ、スッキリ綺麗じゃん」
薫はもう少し古いお寺を想像していたようだった。
山門を通り抜け中へ入ると、少し背筋が真っすぐになるような感じがする。神社もお寺もそうだけど、自然とシャンとするのは、そこに見えない何かがあると思えるからかもしれない。神様、仏様って見たことないけど、見えないからこそ良いって事もあるのかも―――。
「庵姉、あそこじゃない?」
薫が指差す稲荷社は、私が想像していたよりも小さかった。
「何か意外だな。もっと大きいかと思ってた」
自分の中では有名だったので、勝手に大きいものだと思い込んでいた。それは私だけではなかったようで、
「本当だね…」
と薫も頷く。
ゆっくりと二人で稲荷社の前まで進み、あと少しで社殿前につく―――――――――ふにゃ。
「っ!?」
何!?何か踏んだ!!
慌てて足を上げその場を見る。
?黄色い粒?ちょっと白っぽい?小さな砂利の粒らしきものが目に入った。正体が分からなかったので、もっと近くで見ようと目を凝らし、屈んでもう一度見る。
「ん?」
何もない…。変だな。何か大きいものを踏んだ気がしたのに…。
靴の裏も見る。
何もついていない…。
立ち止まって足元の辺りをキョロキョロする。
「どうかしたの?」
薫も立ち止まる。
「何か…踏んだ気が…」
「?」
薫も私の足元辺りを見渡す。
「…気のせいじゃないの?」
気のせい?そうなのかなぁ。確かに踏んだ感触はあったのに…。
「ん~~」
どうにも気にかかる。今まで生きてきて、あんな感触のものを踏んだ経験は一度もない。例えるなら―――すっごく柔らかく弾力のある割れない風船?それとも空気の塊?
薫に説明したくても、うまく言葉にする事ができない。悩んでいる私を見てきりがないと思ったのか、
「早くお参りしよう」
そう促され、気になりながらも手を合わせることにした。
―――『笠森おせん』舞台成功しますように―――
お参りを済ませ、出口を前にして私はもう一度振り返る。
一体あれはなんだったのかな…。
腑に落ちぬ何かを感じたまま、ここの稲荷様を後にした。
薫の合格祈願をしに、さほどそこから離れていない天神様の所へ足を延ばす。
時々母と話すのだが、受験間近なのにあまり勉強しているようには見えない薫のことを、私も母も心配していた。
「薫、勉強は順調なの?」
「大丈夫だって!心配無用」
笑いながら軽く言う。
頭の悪い子ではないけど、こうも呑気だと不安になる。
「いいなぁ。庵姉は大学生かぁ。私も早く受験終わらせて舞台出たいなぁ」
この言葉にちょっと笑った。薫は受験前だからってお稽古も暫くはさせてもらえていない。私も薫も、母が日舞の師であったため、小さな頃から舞台へ出ている。始めは下手くそで踊りと呼べるようなものではなかったし、ただ出て戻っただけのような―――それでも可愛い姿で出た舞台は、皆が喜んでくれた。厳しい稽古は今でも嫌になるけど、皆が喜んでくれて応援してくれるから、私達は頑張っている。
今では生活の一部になっているなって思えるほどに―――。
「そうだね…早く一緒に出ようね」
私は笑顔で答えた。
二月半ばの境内には、薫と同じく合格祈願をしに学生らしき人達が沢山来ていた。坂を上りながら、隣に植えられている梅の木を見ると、枝にはぽつりぽつりと白く可愛らしい梅の花が、目覚めてまだ眠たい目をこすりながら小さくあくびをしているように見えた。
薫を呼ぶ。
「ねぇ、なんかさ、『まだ眠いよぉ』って言ってる気しない?」
と白梅を指して笑うと、薫はちょっと肩をすくめて
「そうかもね」
と言った。
薫はこういった花を愛でるとか、繊細なことにはあまり興味がないので、取りあえず私に気を使って話を合わせてくれたのだろう。
立派な社殿に向かって手を合わせる。
―――薫が高校合格できますように―――それと、早くまた二人で舞台上がれますように―――
帰り際、また梅の木の傍に来ると、
「庵姉、写真撮ろうよ」
そう言ってスマホを取り出す。
こういう優しいところもあるんだよね。
私はあの白梅の前に立ち、薫の方へ笑顔を作る。
「OK、撮るよ」
梅の木を見ると、小さな花二輪、私を見て何やらひそひそ話をしているように見えた。