キツネって…
呆然とする私と薫。
「何なのヨ、さっきからオカマオカマって。そんなのどうだっていいでショ!」
これは、さっきまで恐ろしい化け物だったはず。何をどうしたらこうなるの?
私は戸惑いながら、
「あの~、聞いてもいいかしら?」
「ナニ?」
キッと睨まれる。ちょっと躊躇する。でも、心に決めて聞く。
「あなたが、私に嫌がらせしてたんだよね」
「だから何ヨ」
キツネはぷいっ顔をそむける。
「何でここまでするの?」
三谷さんに取り憑くなんて、やっぱりやりすぎだと思う。キツネは私を睨みつけ、
「だって見なさいヨ!この美しいアタシを!」
そう言ってくるっとその場をターンして気取ってポーズをとる。
ぽよん。
? そのゆれるものに視線が止まる。
まるまると太ったお腹が――揺れている!
「この艶やかな毛並み!」
またターンをして逆を向く。首をすっと伸ばし、すました顔で横顔を見せる。
ぽよん。
お腹が揺れる。
「ぷっ」
薫が隣で笑いをこらえてる。
薫~~笑っちゃ駄目だってば!
私は自分のひじで軽く薫を押す。キツネは自分に酔っているようで、私達の様子に気付いていない。
「そして、この見事な尻尾!」
ばふっと二つの尾を揺らし、またターンする。
ぽよん。
い、いけない!ここで笑っちゃ…。お腹が出ているせいで足が―――短い!顔も―――丸い!
「そして、極めつけは、この珍しい赤毛!」
モデル並みの美しいターンをして、後ろ姿を見せる。
ポーズは決まった!しかしお腹がはみ出てる!
薫はこらえきれないとでも言うように、肩を震わせ、小刻みに震えている。
薫~~、私も必死にこらえてるんだから~。
キツネはそんな私達に気付くことなく、動きを止めるとふるふると体を震わせ、パッとこっちを見た。
「それなのに!それなのにソコの女は踏んだのヨ!このアタシを踏んだのヨ!」
涙目になってる。とうとうこらえきれなくなった薫は、
「ぶわぁっはっはっは!!」
お腹をかかえて大爆笑。
「やっばぁ、めちゃ可笑しくて腹痛い~」
「キ~~ッ!!なんなのよ!バカにして!」
キツネの目は三角につりあがる。
「ご、ごめんね。悪気はないんだけど……ぷぷ」
いけない、笑いが…。
「も~許さない!許さないんダカラ!」
と毛を逆立てる。
「だってお前デブすぎ!あははは!」
「キーッ!デブじゃないわよ!ぽっちゃりとお言い!」
「ぶっ!」
その言葉に吹き出してしまった。
ぽっちゃりはないでしょ、ぽっちゃりは!とっくに範疇を越してます!
すっかり話題がそれてしまっていると、頭上空間全体に声が響いた。
‶キツネ”
低く、穏やかだが、威厳のある声。私達の笑いはすっと収まる。声の主は狼だった。今までの成り行きをジッと見ていた狼がキツネを見ている。
‶今までのお前の行動、許しがたい”
不思議な事に、狼は口を開いていない。それなのに声が響く。
すると、もう一方、美しい人からも、少し声は違うが同じように品格と威厳のある声で、
‶そなたの身、茶吉尼神か、守賀能美多麻神にあけわたすがよいか”
口を開いていないのに、違和感など感じない。
すると、キツネはぴくっと体を震わすと、その名を口にした人を上目づかいに見る。
「あ~、チョット待って。ソレは困るワ」
そしてうつむくと、小さく呟くような声で、
「もう、出てこれなくなっちゃうじゃない…」
何だろう?様子を伺っている私と目が合う。すると、
「アナタ分かってないようネ」
そう言って私の方へ体を向ける。
「私たちオサキは元々妖怪なのヨ。今じゃ神の使いなぞやってるけど、中には自分が神だ~なんていうヤツもいるわヨ」
やんなっちゃうわネ、って感じで前足を軽く振って見せる。
「ダカラァ、元妖怪でショ。神に背く行動をした者は、連れて行かれたらもう二度と自由に動けなくなるのヨ。分かる?このツラさ」
軽く頭を振ってみせる。
「いい気味じゃん」
キツネの話を聞くと、薫の一言がとび、キツネはムッとした顔を薫に向ける。
成程ね。元々妖怪だから、人への悪さもあまり悪びれなく出来てしまうのね。何か納得できるかも。
ここで言葉を挟むのはどうかと思ったけど、私はどうしても聞きたくなった。
「あの~、一つ質問です」
「何ヨ」
睨み顔のまま私を見る。
「何で元妖怪が、神の使いに?」
すると、あぁそんな事か、と言った様子で、
「だって人間はくれるジャない。美味しい物。なんて言ったカシラ…あぁ、そうそう、お供え物!」
「ぶっ!」
薫、笑っちゃ駄目だって…。まぁ、だから太っているのね…。口に出したら怒られそう。ちょっと呆れていると、
「はぁ」
隣で薫のため息が聞こえる。
「所詮、獣」
呟く薫のその言葉に私も頷く。
「アァでも、私達も神の使いになった理由は個々に違うのヨ」
と付け加えると、またすぐ狼におねだりポーズをして、
「お願い、ナイショって訳にはいかないカシラ?もう二度と悪さはしないカラ」
と上目づかいでお願いする。薫の言葉はキツネには聞こえてないみたい。よかった。
薫は腕を組んでキツネを睨む。
「ふん、調子がいいヤツだな。お前はやり過ぎなんだよ」
すると、キツネも薫をキッと睨み返し、
「しょうがないでショ!そっちの女がなかなか音をあげないからヨ!」
え?私?
突然こっちに話が回って来たので、ちょっと驚く。
「なんだって?」
薫の眉がぴくっと動く。
「始めはちょっと邪魔して、舞台出られなくしてやろうって思ったのヨ。でも、なかなか根性合って止めないから、おせん出せば今度こそ怖がって止めると思ったのに、アンタら仲良くなってるし!ダカラそこにいる男に取り憑いたのヨ。アンタ達三人を怖がらせる為に!」
勢いよく話し過ぎたのか、キツネはちょっと肩で息をする。
「お前、全然反省してないだろ」
薫のその一言に、ハッと我にかえったのか、耳と頭を下げ、しゅんと小さくなる。
「…反省してるワヨ。やりすぎちゃったって……」
最後の言葉は消え入りそうなほど小さかった。
何だか、可愛そうな気になってくる。
お人よしって言われるかなぁ。昔から小さくて可愛い物には弱いのよね、私。
「もう二度としないって約束してくれるなら、私は許してあげるよ」
と言うと、キツネはパッと顔を上げ私を見る。
「庵姉、甘い!」
と薫が言うと、またしょぼんと頭を下げてしまう。
あらら。
私は狼達に向かって、
「今回だけは、許すという事は出来ませんか?勿論、三谷さんにしたことは許せないけど、もう二度としないって言うなら…」
狼達は何も言わず、じっと見つめてくる。すると、キツネに向かって、
‶この者達への償いはどうする―――キツネ”
その声にパッと顔を上げ、
「償いはするワ!その男には商売繁盛を約束する!」
「どんなだよ」
薫はまだ許せないでいるらしい。
「分かったワ!アンタは、アタシがこれからずっと護るわヨ」
「「え?」」
私達は同時に驚きの声をあげる。
薫に憑く?薫を護る?
薫もその答えに戸惑っている。
「ちょっと待って、何で私?庵姉じゃないの?」
キツネはちょっと困ったように、肉球を自分の額にあて、考える仕草をする。
「マァ、本当ならそうだケド…チョットそれ出来ないのヨ…犬臭くて」
「「え?」」
また二人で驚いてしまう。
思わず私は自分の腕を鼻のところへもってきて、くんくんとにおいをかぐ。
犬臭い?そうなの?
「薫、私何かにおう?」
薫はううん、と首を横に振る。
「マァそのへんは、アタシより狼殿に聞いてみたら?それにホラ、アンタとアタシってお似合いでショ?」
と薫を見る。
?
キツネは自分を指さし、
「男女に―――」
薫を指さし、
「女男!」
その言葉に、薫は瞬時に反応する。
「誰が女男だ!私はれっきとした女だ!」
薫はキツネからぷいっと顔をそむけると、口を聞かなくなった。
薫…不憫な……。そして、お気の毒さま。
私は狼達を見る。深く金色に輝く目は何も語らない。暫く私を見つめていたけど、狼達は何も言わぬまま、ふわぁっとその姿を霞ませ、霧のように消えていってしまった。
気が付くと、全ては元に戻っていた。
狼もキツネもいない。
私の隣には、薫が狐につままれたような顔をして座っている。
目の前には、神主さんのご祈祷が終わりを告げていた。
一体今のは夢を見せられていたのだろうか?
不思議な余韻の残るまま、私達二人はただそこにいた。