推理
帰り道―――。
私の頭の中は、調理場で食べ物を漁っていたあの者の姿が残っている。
あれは元、市助さんでもある。
私は隣にいるおせんさんをチラッと見る。探していた市助さんがあのようになって気になってる筈なのに、相変わらず何を考えているのか分からない顔をしている。
「おせんさん。おせんさんは何で市助さんを探したかったの?」
これは以前にも聞いた事だけど、あの時は答えてくれなくて、ずっと気になっていた。いつもの沈黙があった後、
「…………確認………」
と一言返してくれた。すると薫が、
「確認?もしかして同じ過ちを繰り返してないかってこと?」
その言葉におせんさんはかすかに頷く。
成程…。では、今の状況はおせんさんにとって、ちゃんとやり直せているような話は聞けて良かったけど、想定外の事が起こって、良くない状況になってるって事になるよね。
何となく油揚げくわえてる姿からキツネって思っちゃったんだけど、キツネかぁ…。キツネとおせんさん、何の関係があるんだろ…。
いや、待って―――あれが本当にキツネなら…。関係あるのは…!
「ねぇ、あれって本当にキツネなのか?」
薫もあの姿を思い出しているみたい。
自分の考えが正しいかどうかを決めるには、もう一つ、おせんさんに答えてもらわなければならないことがある。これが分からないと先へは進めない。
「おせんさん、もう一つ聞くけど、何故私の前に現れたの?私の前でなきゃならない理由があったの?」
あ、ちょっと質問長すぎたかな…答えてくれるといいのだけど。
考えているのか、ちょっと長い沈黙が続く。待つことにもだいぶ慣れてきたな。
「…………気が付いたら………いた…」
良かった、答えてくれた。すると薫が、
「気が付いたらいた?ってことは…自分の意志で庵姉の前に現れた訳じゃないってこと?」
私達二人を見て、おせんさんは頷く。それを見て薫は、
「とすると―――誰かに呼び出された可能性があるって訳だ」
やっぱり―――。私の勘は当たってるかもしれない。
「誰に呼び出されたのかは分かる?」
この私の問いには首を横に振る。私はさっきから頭に浮かんでる考えを口にしてみる。
「あのさ、この問題、神社で私がキツネを踏んだことが関係していると思う」
薫は、私の隣を歩きながら黙って聞いている。
「まず、痛みが起こったのは完全にキツネが原因で、稲荷社に近付くと痛みが起こるから間違いない。そしておせんさんの登場だけど、これも稲荷社の見える稽古場、『笠森おせん』の踊り、私の前、という事を考えると、キツネの私への嫌がらせと思って間違いないと思える。おせんさんの意志でもないしね。何せ、あの神社で『おせんの舞台成功しますように』ってお願いしたのを、キツネは聞いてた筈だから」
すると、ここまで聞いていた薫は、
「庵姉への嫌がらせとしては、おせんさん登場はもってこいだったって訳か―――。確かにその二点の問題はそれで納得出来るけど、庵姉と三谷さんとは関係ないんじゃない?」
「うん、三谷さんとの関係はないよ。でも、市助さんとの関係はおせんさんにあるよ」
そういう私に薫は、ん~、と空を見上げて考えている。そして、
「つまりこうか。痛みも攻略され、おせんさんの登場も攻略され――ってか、何か仲良くなってるしね」
と薫はおせんさんに笑いかける。おせんさんは相変わらずの無表情。
攻略って、薫、ゲームじゃないんだから…。
「それに怒ったあいつが、今度はおせんさんと私達二人に対して怖がらせる為にやってるってことか」
私は頷く。そう考える方が自然だと思うから。
「タイミングが良すぎるのよ。私達に関係なく、三谷さんに対してだけなら今じゃなくても良かったはずでしょ?何故、私達が市助さんを探してるこの時期だったわけ?」
「な~るほどね。言われてみればそうだ」
「夜の病院は、市助さんへのアピールが目的で、私達の意志があって動いたから別として、他全て始めから関わってるヤツがいるじゃない!」
私と薫は目を合わせると、お互い頷く。
それは―――
「「キツネだ!!」」
私と薫はお互いを指差し、それだ!!と言わんばかりの声を上げた。
家に着いた私達は、早速調べ始めた。
「キツネってイヌ科に属するんだね…知らなかった」
などと言いながら、キツネをどうするか話し合う。
「まず、あの旦那さんからキツネをはがさなきゃいけないと思う」
「それと、私への嫌がらせも、もうさせたくない」
人に憑依した物の怪をどうしたら取り去ることができるのかな?人間の私達には到底無理だけど。
「昔は陰陽師とかって書いてあるよ?」
と薫がスマホの画面を見ながら調べている。
「今もお祓いやってる人いるかな?」
と独り言のように呟いている。私はキツネについて調べていた。
キツネって昔から人を助けたりもするけど、それに対して見返りを求めたり、時には人を化かしたり、悪戯したり、いろいろしてるんだなぁ。え?なになに…神隠しみたいなこともするんだ。神の使いの筈なのに、どうしてそんな事をするんだろ?
ある文面に目が留まる。
―――キツネを祓うことが出来るのは狼―――
―――狼には憑き物落としの力がある―――
狼?……そうだ!あの夢―――あの時、私を助けてくれたのは―――。
「ねぇ薫。これ見て」
私が見てたところを指差す。
「ん?」
薫はその文面を覗き込み、目で追う。
「狼?」
そう言って私を見る。私は頷いた。確信のようなものが私の中にはあった。
狼なら助けてくれる―――と。
「狼を探そう!あ、間違った。既にニホンオオカミは絶滅しちゃってるから、狼を眷属としてる神様の所、神社を探して連れて行こう!」
と強く言うと、薫も、私がそこまで言うなら、と賛成してくれた。
ただ、問題は一つ。どうやって連れて行くかだ。暴れる男一人を連れ出すのも普通は容易な事ではない。まして、キツネに憑依され化け物と化している男は、一体どうすれば大人しく連れ出せるのだろう。
私も薫も頭を抱えてしまう。
「とにかく、この方法を三谷さんに知らせて相談してみよう」
という薫の意見に賛成する。電話をかけようと受話器を取り、番号に指をそえ、止まる。
「?…かけないの?」
私は薫の顔を見る。
「あいつは…寝ないの?」
薫は勘の良い子だ。少しの沈黙があって、
「……成程、そう言うことか。その手で行こう!」