異形の者 前編
あの後私達は撮影の関係者達から凄く怒られたけど、一応今回は助けた形となったので、お礼も言われた。
家に帰って録画していたテレビを見る。
今さっきまで私達がいた病院が映し出されている。画面からは、あの場所の緊迫感や臨場感は薄れ、実際に肌で感じてきた私達からは、物足りなく感じた。
「何か違うものを見てる気がするね」
その言葉に薫もうん、と頷いた。私の隣にはおせんさんがいる。私があの場から離れたので、おせんさんもあの女の前から消えることができたみたい。
例の場面が映る。
照明が消え、混乱している声が聞こえている。最後まで残っていたカメラマンのおかげで、薄っすらだけど、睨み合ってるおせんさんと白衣の女の姿が瞬間的に映し出されていた。
これで当初の目的だった映るということはクリアできた。あとは市助さんが運良く見ててくれてるといいんだけどね。
「おせんさん、かっこよかったよ」
「うん。本当、おかげで助かったよ」
その薫の言葉で思い出した。
「そう言えば、薫はガラス片もつかず、怪我もせず出て来たけど、よくあんなの避けれたね。真っ暗で何も見えなかったと思うのに」
薫はちょっと肩をすくめ、
「全部おせんさんに守ってもらってました」
と恥ずかしそうに言う。つまり、おせんさんは薫とカメラマンの所だけを守り、他はスルーしたため、そのスルーしたところの壁にガラス片が突き刺さっていたのいうことだった。
私が見たのはその壁だったのね。
私も薫も改めてお礼を言う。
「ありがとね」
とおせんさんを見る。
あれ?うつむいちゃった。
じぃっと見つめていると、すすすっと壁の端まで行っちゃった。
もしかして―――幽霊の顔って血色ないから分かりづらいけど、
「照れてる?」
と聞くと、
「え?そうなの?何か可愛い」
と薫は笑った。おせんさんは、困ったような、どうしてよいか分からぬと言った様子でうろうろする。
幽霊も照れる時ってあるのね。
ほんわかとした空気に包まれていると、ハッとおせんさんが顔を上げ窓の外をじぃっと見た。その目はだんだん真剣みをおびてくる。
「どうしたの?」
「…………何か………来る……」
「何?」
私と薫も窓の外を見る。窓には部屋の光が反射されて、私達の顔しか映っていない。
「これじゃ分からないから外へ行こう」
薫に言われ、私もコートを羽織る。
真夜中の二月の空気は、肌に突き刺さるほど冷たく、吐く息が白い。おせんさんが見つめる方向を、私達二人も寒さに耐えながら見る。
暗がりに目を凝らす。
ひとつ先の街灯の下、何かが動いた。
犬?影に隠れてよく分からない。大型犬?
いや―――何か動きがおかしい。それに頭が低くお尻が高い。
しばらくして、それは光の下へと移動する。
っ!!!人間!?
自分の目を疑う。両手を地につき、膝を外側に向けるようにして四つ足で歩く。
男!!
それは私達の視線に気づき、ゆっくりこちらに顔を向けた。
っ!!
その顔は人とは思えぬほど変形し、口が大きく裂け、白い牙が見える。目は赤く光り、鋭くつり上がっている。
「っ!!」
咄嗟に叫びそうになる口を両手でふさいだ。
「な、なんだあれ…」
薫も驚きを隠せず、得体の知れないものから一歩遠ざかる。
『ハガガガ…グググ…』
かすれたような、くぐもった唸り声がかすかに聞こえてくる。そいつは一歩一歩ゆっくり近づいてくる。
逃げなきゃ!
そう思っているのに体がいう事をきかない。薫も私の隣で動かない。いや、多分動けないのだ。
見たこともない異様なモノに、得体の知れない恐怖が湧き起こる。ぞわぞわと心が麻痺させられていく。
そいつはピタリと動きを止め、次の瞬間、ダッとこっちに向かって走って来た。
襲われる!!
目をギュッと閉じる。
ダンッ!!
音と共に風がザッと吹き抜ける。
!?
目を開けると、私達の横をかすめるように、その異形の者は通り過ぎていった後だった。その風の中に異臭が混じる。
この臭いは何?
その者の影は、あっという間に闇に消えて行った。
「はぁ~~」
力が抜け、その場に座り込む。
「な、何?今のは…」
薫も呆然と立ち尽くしている。そいつが去った暗闇をただ見つめて、何も言わない。
私の人生の中で、こんな異様なものを見たことは今まで一度もなかった。もしかしたら、今のは何かの間違いで、私がおかしいだけなのではないかと。むしろそう思う方が納得できる。
「……………市助………」
え?
おせんさんを見上げると、おせんさんもあの者が去った闇を呆然と見ている。
「………市助?」
薫がやっと反応する。
「……あれは………市助………」
もう一度繰り返すおせんさんの言葉に、私の頭はついて行かない。
あれは、私の錯覚ではない。実在していた。信じがたいが、今、私達が動けずにいることがその証拠。
一体何が起こっているの?
私には理解できなかった。そして、私達三人は、暫くその場から動くことも出来ずにいた。