第5話「統制」
バルアド大陸側から伝わっていた情報に嘘が混じっている。
その事実は諸王連合の加盟国に衝撃を齎した。
見事に裏をかかれていた彼らは、未だに大規模な演習すら行っていないのだ。
各国の調整などそう簡単につく筈がなく、差し迫った危機とは認識されていなかったのが災いした。。
だが、」欺かれていたとなれば話は変わる。
敵に侵攻の意図ありと彼らは判断し、早急に各国の大臣が集まり協議を行った。
一回目の会議は政務に関する高官が集まっていたが、今回は大臣クラスが集うという緊急事態。
緊迫した雰囲気の中で行われている会議の他にも、軍の将校の会合がまたもや開かれたのだ。
以前と同じラレンティアの王都ラヌースの王城内、無機質な会議室の一室での会合は以前とは別種の重苦しさが蔓延っていた。
戦おうとする相手に既に騙されていたことは、ある意味仕方がない。
バタバタとはするがまだ時間はある。
問題は、参加者の中に大物が混じり始めている事だ。
ダーヌ王国にて保護されている召喚された勇者榊 都は、座している面々をそれとなく見渡した。
サイア連合のアウフスタイン、テューグの姫グンヒルド、ヨルナガの若手将校カヌイは見知った顔であるが、ラレンティアが送り込んできた女性文官ベリナは初めて見る。
彼女は緊張した面持ちで体を硬くして押し黙ったまま座っているのが、何だか可愛そうに思えた。
そして、目を引くと言えば今回の一件で諸王連合に参加することが決まったザオレア軍国の『伝説』の二つ名を持つオーガ族のルホル、彼はザオレアの戦士団を統括する。
その噂、武勇は遠いダーヌ王国に住まうミヤコの耳にも届いていた。
オーガと言う種族は背も高く筋骨隆々で、ファンタジー小説の悪役と言った風情だが、ルホルは短い会話からでも分るほどに教養高い事が分かった。
彼女は、何とか新たに加わった二名と話をしようとするのだが、話が続かず気まずい思いを抱いていた。
そこに遅れて現れたのが、ピリホン王国にて保護されている勇者壬鏡 宗太と王国騎士であるアンナリーザだ。
その姿を見て、ミヤコは息をのんだ。
あれからミヤコ自身、現れる妖物と戦ったり、戦闘に参加して敵兵を殺したりもした。
だから、召喚されてまだ数か月のあの頃とは自分も雰囲気が違うのは理解している。
だが、ソウタのそれはあまりに大きく変容しているのだ。
依然戦ったことがある山賊団の若者や、やさぐれた傭兵のようだ。
そして、彼は以前二人の女性を付き添わせていたが、今回は一人だけ。
その女性も疲弊しており、聞こえてくる噂と総合すれば、彼等の置かれた状況が芳しく無いと推測するのは容易である。
声を掛けるべきなのか、そう逡巡するミヤコよりソウタに声を掛けたのは、彼を以前から気にしていたアウフスタインだった。
「よお、小僧。」
若手士官と言われているが、アウフスタインはミヤコやソウタより年長で年は三十半ば。
ピリホンの現状とソウタの抱く思いの齟齬にいち早く気づき、多くの現実的な助言を与えてきた。
口煩い兄のような存在であるアウフスタインにすら、ソウタは暗い一瞥を与えるのみで押し黙ったままだ。
その様子に、何を悟ってかアウフスタインは大きく息を吐いて、双眸を閉じる。
サイア連合とピリホン王国は距離も近く、交易も盛んであるからソウタに関して多くの情報をアウフスタインは持っているのだろうとミヤコは結論付けた。
その彼を以てしても、ソウタは以前の快活さなど微塵も見せない人格を形成してしまった。
良くない噂はミヤコも聞いている。
行き過ぎた奴隷制度、一部特権階級の増長、歯止めの効かない人口減少。
ピリホン王国の行く末は暗いとダーヌ王国でもささやかれている。
古くからある国であっても、亡ぶ時はあっという間だと軍師レオが教えてくれたことがあるが、それはピリホンを念頭に置いていたのかもしれない。
或いは単純に戒めであったのだろうか。
いくつかの思いが去来していったが、結局ミヤコはソウタには声を掛けなかった。
元々同じアパートの隣人、それだけの関係でしかなかったのだ、ミヤコが過ごしていた時代の日本では、隣人の顔を知っているだけ上等と言えただろう。
だから、アンナリーザの何処か縋るような視線を受けても、彼女は黙っていた。
下手な発言は、ミヤコが世話になっている人々を窮地に立たせかねないのだ。
自身がそう判断を下すことに、ミヤコは冷たい人間になったものだと自重を胸中で浮かべていた。
重苦しい会議室の空気を、打破する人間がようやく足を踏み入れたのは、ピリホン陣営の者が会議室に付いてから、三十分は過ぎていた。
異様に長い三十分だったが、現れたその人物を見れば一同は驚き目を瞠った。
出席するとは聞いていたが、本当に来るとは思っていなかったのだ。
齢七十を超えるダーヌ王国が誇る大軍師レオが副官のリクハルドに伴われ、会議室に足を踏み入れたのである。
老人とは思えぬ足取りで、彼は与えられた席に座り一同を見渡して、不敵な笑みを浮かべて見せた。
「お若い方々が、何とも暗い顔をしているものだ。」
リクハルドはレオの傍らに背すじを伸ばして立ち、周囲の様子を窺うように見回す。
なるほど、確かに重苦しい雰囲気が場を支配しているのが分かる。
ミヤコと視線が合うと、彼女は視線で困惑を伝えてきた。
その対象は、あからさまに変わり果てたピリホンの勇者であることは明白である。
「まさか、本当に出席なさるとは。」
レオに応えるように口を開いたのは、ザオリアのルホルである。
ルホルはレオが指揮するダーヌ軍と戦った事がある。
あれは、ザオリア軍国と国境を接するトヌストと言う小国が、大国ダーヌの威を借りて新興国であるザオリア軍国へ越境してきたのだ。
叩き返した挙句に、越境し返せばダーヌ王国と同盟を結んでいたトヌストは憚りもなく援軍を頼み、レオが派遣されたのである。
そして、レオに生涯三度しかない敗北の一つを叩き込んだことで、ルホルは『伝説』と称されるようになっていく。
だが、実際に相対したルホルには、勝ったという認識は薄かった。
如何に攻めても柔軟に対応されて、打撃を与えられなかった苦い思い出しかない。
一方のレオも、ルホルのまったく衰えぬ攻撃精神には手を焼いたものだ。
結局は、レオが根負けした形で軍を退いたと言うのが実情ではあるのだが、これがダーヌ王国の国境を巡る戦いであれば、結果は違っていたとルホルは感じていた。
二十年前に戦場で相対した指揮官同士が、今は共通の敵相手に同じ卓で如何に戦うかを議論しようと言うのだから、人生の複雑怪奇さに思いをはせずにはいられない。
「お主が出席する事の方が驚きじゃわい。ザオリアが首を突っ込む案件ではなかった筈だ。」
「ラレンティアの王アドヴィス自らが、我が軍将殿に頭を下げたので。」
「……前王では考えられん対応だな。ピリホンの王女はその甘さを指摘し、ダーヌか我が国が主導権を握るべきだと騒いでおったが。」
「アドヴィス王は正直計りかねますな、臆病でありながら思い切りが良い。今回の件も正直に己が行動を起こした挙句に、勇者クレヴィがテルハに牙を剥くと告げたとか。」
「傲慢で人の言う事を聞かない前王よりはマシよな。アドヴィス王であれば、デーサイルも……いや、今更言っても詮無い事か。ザオリア軍国の参戦理由は了解した。」
ルホルと会話を終えれば、件の王に使えるラレンティアの文官ベリナに視線を向けて。
「とは言え、アドヴィス王がキングスレイなる者の口車に乗ったのは分からなくもない。先祖の罪が自身に降りかかるのを恐れていたのだろう。そこに疚しさがあるから、怯えるし足掻く。それを隠さず告白したことは、アドヴィス王なりの誠意であるとワシは思う。」
その言葉に、緊張した面立ちのままベリナは頷きを返した。
レオも鷹揚に頷きを返して、これ以上貴国を責める事は無いと言い添えて笑って見せた。
この会議室を当初包んでいた重苦しさはこれで払しょくされた。
レオを敗北に導いたザオレアのルホルが在籍することで険悪な雰囲気になるかと思われたが、そうは成らなかったし、今回の戦の原因であるラレンティアに所属する文官にもレオは柔らかく接したことで、懸念されていたギスギスとした空気は生まれる事は無かった。
残るはピリホン王国の勇者とその取り巻きについてである。
レオは一度、まだ少年とでも言うべき年齢の勇者を見やり、そっと息を吐きだして告げた。
「お主が取られた人質は、もうすぐここに来る。後は好きにせよ。傍観するも、敵になるも。ただ、敵になる際は出来れば事前に教えてくれ。計算をせねばならん。」
徐に告げた言葉は誰もが想像だにしていなかった言葉だ。
ソウタは両眼を見開いてレオを呆然と見つめた。
何か言葉にしようとして、何ら言葉にならなかった。
「お主も……いや、ミヤコもこの地で初めて他者を殺した。我らはそれを強要するしか出来なかった。その点、クレヴィ・アロは違ったようだ。クレヴィも元に召喚された勇者は、どうやらまだ一人も殺していないらしい。ワシはそれを知り、敗北感を抱いた。異界から来たとは言え、年端もいかぬ者に人を殺させ利用している我らでは、到底勝てぬとな。」
人間的な正しさでは、と言う意味だがと付け加えてレオは笑う。
未だに自身の事である筈なのに、どう言葉を口にして良いのか分からぬ様子のソウタに代わり、アンナリーザが深く頭を垂れた。
「礼には及ばん、ワシは勝てる状況を作っているに過ぎん。連合軍である我が軍は足並みを揃えねばならない。そうでなければ、各個撃破されるだけじゃ。敵は、連合に瑕疵があると知れば、必ず楔を打ち込み、連携を断ってくる。」
敵との発言が、勇者クレヴィに向けられたものとは思えず、ミヤコは問いかけた。
「レオ様が想定される敵とは?」
「異界から来た軍人、妖術師にして竜殺し……古い軍の階級である少佐の名で知られる恐るべき敵。」
そう告げるレオのその顔に浮かぶ笑みは、先ほどまでとは異なる凄惨な、戦う事でしか自己を表現することができない男の笑みであった。
その笑みに各人が何を思ったのかはわからない。
ただ、彼が対バルアド大陸における司令官として任命されるのは、これから暫く後の事である。




