第4話「連鎖」
バルアド大陸の三国の緊張度は一気に高まり、そして一気に収束に向かっている。
それはその地で暮らす人々であれば、日常として感じ取れるレベルでも明確なものになっていた。
勇者の目覚め以降、多くの事件が起きた種族連合では一気に戦乱の兆しが強くなった。
だが、いざギルギ帝国との戦いとなれば、二週間と掛からずに停戦に至ったのである。
その理由は既に民間レベルにも広がっていた。
征四郎は一切の口止めをしなかったので、広がるのは当然の帰結である。
つまり、種族連合の民には戦争の目的や進むべき方向性が明確になりつつあった。
勇者を頂きとした新国家の樹立。
新たな国として環境を整えて来るべき戦いに備えているのだと分って来たのだ。
そして、それは大部分の民衆にとっては喜ばしい事であった。
別にテルハ大陸と戦がしたいのではない、長きに渡り眠り続けた解放者が民を導くことに喜びを感じていた。
勿論、全ての者がもろ手を挙げて喜んだ訳では無い、既得権益者等は自身の利益が損なわれる事に明確な拒絶の意思を示そうとした。
だが、既に征四郎は種族連合内部に権力基盤を築いた際に、オークの元評議会員ゾスモに有能な既得権益者をピックアップさせ、取り込みを開始していた。
ゾスモの選定は正しかったのか、ピックアップされた殆どの者は時流を見定めて勇者の為に力を貸すことを決め、力を貸さないとした者達も既に年であるからと権益の譲渡を約束した。
征四郎は彼らには誠意と温情とプロパガンダで報い、それ以外の選定漏れした者は事務的に処理するようにゾスモらに言い含めた。
時流も読めず危機に対する鼻も効かない連中ならば、居なくても惜しくない。
資産を差し押さえられれば言う事は無いが、無理ならば他国に行けと言わんばかりの態度であった。
結局選定に漏れた者たちは、先に汚職の件で逃げ出していた評議会員を頼って他国に落ち延びたり、少しは賢いものは自ら征四郎の軍門に下ったりとその対応はばらばらだった。
自ら軍門に下ったものには、征四郎は手心を加えるように指示を出し直し(さほどの人数では無かった事が起因している。)彼が認める既得権益者の人心掌握にも努めた。
一方で逃げた者たちの足跡を盗賊ギルドを使って追わせており、犯罪組織に繋がりはしないかと泳がせてもいた。
その逃げ出した者達が慌てふためいて、遂に犯罪組織『ファミリー』と接触したのは停戦後から僅かに数日の事であった。
ギルギ帝国に逃げた者は、頼みの綱の国軍がいとも容易く停戦したように思えて、遂には我慢が出来なくなったのだろう。
それを見届けた盗賊ギルドの構成員がギルドマスターを通して、復讐に燃える老いた元盗賊ギルドマスターに報告したのだ。
それは停戦の使者や方面司令官のブルース自身から聞いた情報とも合致していた。
ここにきて漸く攻撃目標がはっきりしたのである。
場所が分かれば、如何な犯罪組織で在ろうともB・B部隊の敵ではない、そう考えた征四郎であったが、返らずの森での出来事を思い出す。
慢心は厳禁だと肝に銘じて、作戦を練るべく今は第七軍団付き参謀となっていたラルスとアルデアを訪ねた。
さて、一方でこの一連の流れに畏怖している者たちがいた。
それはテルハ大陸から送り込まれていたスパイの一族である。
勇者がテルハ大陸からバルアド大陸に渡る際、勇者が邪神官を打ち倒した際、そして勇者を眠らせバルアド大陸を霧に閉ざす際の都度三回に渡って送り込まれていたスパイたちは、地域に溶け込み密かに息子や娘をスパイに仕立て上げ、本国との連絡手段を保持し続けていた。
ルーグ城塞を巡る戦いの詳細をダーヌ王国に伝えたのも、彼らである。
その彼らは自分たちが偽の情報を掴まされて居た事に漸く気付いたのである。
一体誰が嘘を混ぜ込んだのか?
最早嘘は必要ない段階に至ったと言う事か?
自分たちがテルハ大陸のスパイであるとバレているのか?
それらの疑念は日増しに大きくなっていく。
或いはこれが、本国の……ダーヌ王国の諜報庁で訓練を受けていたスパイ達ならば抑え込めただろ疑念は、しかし、徐々に変質した教えを受けていたこの地で生まれたスパイ達の心を惑わし始めた。
そして、定例報告前…年に数回起こると言う嵐を待てずに本国との通信を試みた者が出てしまった。
それは、小さな綻びに過ぎなかったが、後の戦いに大きく影響を及ぼすことになる。
しかし、今はそれがどんな結果を齎したのかは定かではない。
そして、その報告が齎された遠くテルハ大陸でも大きく事は動き出した。
悠長に構えている暇はない、バルアド大陸内で早急に各国を纏め上げていると言う事は遠からず霧が晴れることを意味している。
そして、進軍の意思がある事はテルハ側から勇者の暗殺を企てたことで明白であり、此方にはすでに進軍の意思がないと言ったところで報復が起きるのは間違いない。
当然のことである。
ならば、先の事と悠長に考えて然程進んでいなかった諸王連合内の軍事演習など実地し霧が晴れると同じくして強襲をかけるしかないのだ。
先手を打って攻撃すれば、相手は対応せざる得ない。
戦場を動かせるものは積極的な者だけである、そうダーヌ王の前で老いた軍師レオは演説をぶちかました。
レオは最早老い先短いと思われていた大軍師、その称号に恥じず今まで戦った戦場は大小合わせて百二十一にも上る。
その殆どで勝利ないし引き分けに持ち込み、敗北は僅かに三つを数えるだけ。
それすら、最小限の出血に留めた稀代の大軍師のその頭脳が、近年には無かったほどに活力に満ちている事にレオ自身が驚いていた。
当初は歴史に学び知識を得ていたレオは対クレヴィ戦線に対して乗り気ではなかった。
勝者が歴史を作るとは言え、各国に残る文献が細かなところで齟齬をきたし、それらを照らし合わせると非がどちらに有るのかは明白であった。
如何に言葉を飾っても大儀は此方にはなかったのだ。
年老いると気力が充実せねば動くこともままならない。
他者は知らないがレオはそういう人物であった。
だから、彼はこの一件を副官のリクハルドと勇者のお嬢さんに任せっきりにしていた。
それもまた、敵の罠に掛かって居た事を気づかされて、老いた獅子はまどろみから目を覚ました。
王や居並ぶ大臣たちに演説をぶちかました老軍師は、与えられている執務室に戻り副官や孫のように可愛がっている異世界の娘を呼んだ。
老齢である軍師には気になることが多々あったが、まずは自身の不明を詫びねばならないと感じていたからだ。
今回の一件で見事に騙されていたレオの副官リクハルドは叱られると思っていたらしく、畏まった様子で入室してきた。
異世界の娘こと勇者ミヤコにしても申し訳なさが全面に出ている風だった。
その二人を見て、レオは座っていた椅子から立ち上がり頭を垂れて告げた。
「すまなんだ。甘く見ていたつもりもないがまんまと踊らされたわい。」
告げて、顔を上げると若い副官と勇者は驚きに目を瞠って、そのあと狼狽したように謝ろうとして、言葉を重ね合わせた。
その様子が可笑しく、レオは呵呵と大笑した後に柔らかな視線を二人へと向けた。
それから、不意に表情を改めて。
「強敵じゃ、内に不安を抱えては当たれん。」
その言葉の意図を汲めずにリクハルドは双眸を細めたが、勇者である榊 都は何かに気づいてはっとした。
ダーヌ王国は勇者であるミヤコを厚遇してくれている。
対勇者クレヴィの切り札としてではなく、一人の戦士として。
それがレオや諜報庁の長であるグリヴィネの尽力であることを今ではミヤコも知っている。
前線ではリクハルドが彼女を補佐してくてた。
この扱いは過去の勇者クレヴィに対する扱いの酷さを自覚し、改めようとした三代前のダーヌ王と当時の大神官が定めた法に則っている。
現王は割と事なかれ主義で貴族達の言葉に流されがちであったから、レオやグリヴィネが尽力せねば如何なって居た事か。
貴族たちは勇者と言う既得権益を侵しかねない存在を容認できずにいたのだ。
だが、召喚から1年半以上が過ぎた今、状況は変わりつつある。
彼女はレオの助言に従い、既得権益を損なわない程度に自身の利益を求め、それに満足して見せた。
前線に出れば勇猛に戦わざる得ない状況ではあるが、彼女の身体能力は著しく向上し、暁と戦の女神と呼ばれる神に関する神聖魔術も扱える程になっていた。
戦えば戦うほどに強くなり、生き延びる確率が上がっていく。
両手は既に血まみれだが、この地で生きていくと決めたのだと自身に言い聞かせてきた結果、貴族たちの反感が薄らいでいったのだ。
暁と戦の女神はダーヌの国教であり、その神聖魔術が扱えるという点が信心深い貴族の一派には好印象を与える材料になった。
軍人気質の貴族の一派には、前線で共に戦うに足る戦友であると認識され、そうでない貴族たちにも、利をある程度求める姿勢が、勇者も自分達と変わらぬ人間であると言う安堵を与えた。
これが利を際限なく求めると見られれば、今度は憎まれただろうがその辺のさじ加減はレオが行い、ミヤコはそれを忠実に守ったのだ。
これも勇者クレヴィや当時の権力者達の行動を鑑みてレオが考え出した安全を買うための方策である。
そして、この老軍師の方策は見事に当たったのだ。
人心の動きを把握しなくては、百を超える戦いを指揮し勝利を重ねるなど不可能である。
つまり、この場合の内にある不安とはダーヌ王国内のみの話では無い事になる。
ダーヌ王国では諸問題はうまく片付きつつあるからこそ、リクハルドにはピンと来なかったのだろう。
この場合の不安とは諸王連合内のある一国に向けられている事を、ミヤコには分った。
ピリホン王国と彼の国の勇者に対する扱いが問題なのだ。
扱いが酷い事はミヤコですら聞き及んでいる。
レオならばより多くの情報を得ているだろう。
不安げにレオを見やれば、老いた軍師は小さく笑って見せて。
「大丈夫。この爺に任せて置け。」
そう言い切った。
話し合いが終わり、若い二人が部屋を出ると老いた軍師はゆっくりと息を吐きだして思う。
今回の敵とは、自身の絶頂期に会いたかったものだと。
見事に情報を扱い、今回の報告で十中八九スパイ網を見破っただろう敵。
久方ぶりに強敵と見える事になる、そう感じればレオは十も二十も若返ったように感じていた。
彼の人生には、敵が必要なのだ。
忌まわしい戦争と言う人類が繰り返す愚行でしか、自身の力を発揮できないこの男には。
その皮肉さに老いた軍師は苦笑を浮かべるしかなかった。




