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異世界における武力衝突  作者: キロール
序章
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第5話「平穏な日々」(改定)

 神土カンド 征四郎セイシロウが妖術師ラギュワン・ラギュに弟子入りして既に15年の歳月が流れている。

 最初の数年は殆どが言語の習得に励み、それに費やした。

 やはり思考を読まれるというのは、できるならば遠慮したい、そう言う理由もあるが魔術、妖術の類は言葉も重要な要因である。

 生半可な知識では己の身を危うくするだけだ。


 また、征四郎個人の趣味としてこの世界における戦術や戦史を研究したいとの考えもあったので、言語の講師である死霊術師と妖術師は、その意を汲んできっちりと嘗て世界の公用語であったと言う言語を教えてくれた。

 更に古い言語の習得は、魔術や恐るべき神話の伝承を学びながら覚える事になった。


 征四郎の日常は15年間然程変わりはなく、師と共に洞穴に住まい地下世界の驚嘆すべき者達から、師自身が苦労の末得たであろう知識を伝授される日々を過ごした。

 食事と言えば豊かな大地とは程遠い、この不毛の地で育つ僅かな草木の実や根を食し、時折暴れている甲殻で覆われた恐るべき獣を狩り、食した。


 また、地下世界に住まう毛むくじゃらの奇妙な一族が作る葡萄酒で喉を潤し、昔滅びたと言う四足の種族のねじくれた建造物の遺跡から吹く怨嗟混じりの風に晒され過ごした。


 出会う者は、師の外にはロズワグン=ナグ位な物で時折彼女の住まう塔に遊びに行ったりもした。

 家族、親族以外の女性の邸宅に赴く機会等殆ど無かった征四郎は最初は幾分緊張したのを今でも覚えている。

 基本的には、師の居室と大して変わらぬ印象ではあったが何か良い香りがしていたようにも思えたものだ。

 それが死霊術師なりのお洒落である事が分かったのは後になっての事である。


 今では、時に寝所を共にする程仲良くなっているが、これが恋愛感情なのか否かは征四郎には良く分らなかった。

 だが、彼女は好意に値する女性である事は間違いなく、何れは共に過ごす様になるかも知れないと言う漠然とした思いはあった。

 ともあれ、征四郎は概ねこのように、暗い知識を蓄えつつも平穏な日々を過ごしていた訳である。


 ある日、ラギュワン・ラギュは次の段階に進むべきだと征四郎に告げた。

 そして、征四郎は師に伴われ地底世界に赴き、古ぶるしき神との対面した。

 眠たげな赤土色の双眸、頭の平べったいトカゲのようなのっぺりとした面構え、柔毛で覆われた顔と体。

 ずんぐりとした胴体より生える四肢には蹄があり、背には猛禽の如き羽が二対生えていた。


 奇怪な獣と言う姿ではあったが、その眠たげな双眸に宿る光は明らかに畏怖すべき輝きを見て取れた。

 そして、初めて見える筈の恐るべき神に、征四郎はどこか懐かしさを覚える自分に戸惑っていた。

 その戸惑いを振り払い、偉大なる存在である事を悟れば征四郎は考える間もなく師と同じく礼拝の姿勢を取り、頭を深く垂れていた。


 その畏怖すべき眠れる神は、征四郎を気に入ったのか幾つかの事柄を教えてくれた。

 征四郎は魔法帝国の帝都ディクシュワカについて。

 廃都ジーカイの主ジュアヌスについて、幾ばくかの知識を得た。


 故に、師ラギュワン・ラギュと同じく地底で眠る神に祈りを捧げ神の好む生贄…大型の獣を時折捧げて、ここでは無い遠いテルハ大陸、其処に存在した廃都ジーカイに一人で住んで居たと言う大魔術師ジュアヌスの記したとされる書を読み解いた。

 書から垣間見るジュアヌスの人生は、奇妙な既知感が付き纏っていた。

 地底で眠る神は、燃え盛る者…すなわち、この世界に混乱と退廃をばら撒いた存在と同格の存在であったが、正しき祈りと、生贄を捧げる事で多くの秘密、真実を伝授してくれる偉大な神でもあった。


 何より、暗い霧に覆われた世界で見た…一体化した泥濘が征四郎に見せたあの暗黒世界にて出会ってしまった、黒く巨大な泥濘の塊に較べれば、より付き合いやすく穏当な存在である様に思えたものだ。

 それらの理由から、神に出会ったその日より征四郎は師と同じく眠れる神の信奉者となった。


 ある意味、師と同格になりはしたものの、征四郎は師と較べればくちばしの黄色いひよっこであると自覚していた。

 故に変わらずに師に教えを請う日々は続いたが、その頃になると師の教えは魔術、妖術のみならずこの大陸の歴史や常識について等多岐にわたるようになった。


 この大陸に栄える三国について、生息する種族について、大陸を覆う様に沿岸部に発生している霧について…そして、大陸のほぼ中央に位置し、不可侵の聖域の如き扱いを受ける魔法帝国の古い城砦とそれにまつわる伝説について等々。

 これらの知識の伝授は征四郎が何れ一人立ちできるようにとの配慮であったのだろう。


 魔法帝国といえばロズワグン=ナグが随一の死霊術師を名乗っていたが遠い昔に滅びた帝国であるゆえ、彼女なりの諧謔である可能性もある。

 そのロズワグン=ナグことロズ(征四郎がロズワグン=ナグに非常に強くそう呼ぶように強要された。)は

 三日に一回程度の割合で洞窟を訪れて征四郎に言語を教え続けた。


 それだけではなく、死者の魂を呼び起こして過去の戦について語らせてもくれた。

 征四郎は元の世界では知り得なかった戦争を知り、戦術を知り、兵器を知った。

 戦争の動機も、戦術を駆使した英雄も、兵器に引き裂かれた兵士達を。

 無論、その全ては簡単に聞き出せたわけでは無い。

 朧げな死者たちの言葉をつなぎ合わせて、推測し征四郎自身の軍事知識と組み合わせ、道理が通るか否かを計る気が遠くなるような作業の末に知り得た事だ。

 事実とは違った解釈をしている可能性もあるが、それでも征四郎には有り難かった。

 征四郎が人であったよすがとして、戦を学び続けていたかったのだ。

 軍人としての生は最早望めなかったが。


 その一方、征四郎は古き鎖こと魔術兵装のcatenaカテナをロズにより半ば強引に授けられた。

 未だにすべての能力を把握していないし、頭部を守るヘルムが欠損しているとの事であるが伝承通りの力を有した兵装は、甲殻に覆われたナケウ猪の狩にはよく役立った。

 この全身鎧のような兵装は、脚部と腰部に推進器が付いており、装着者が魔力を循環させると結構な速度で大地を滑る。

 独特な駆動音を響かせ、砂埃を巻き上げながらす進む姿は歩行戦車等と呼び習わされていただけの事はある。

 その為、甲殻に覆われた猪に追いすがる事も可能であるし、時折反転して突っ込んでくる猪の特攻にも耐えうる事が出来た。

 


 旧文明と呼ばれる遥か昔には、この兵装が隊伍を組んで進んでくる時代があったという。

 当時の歩兵にとっては正に地獄であっただろうと容易に推測できた。

 高い機動力、それに白兵武器を触媒としての魔力による攻撃は歩兵には防ぎようが無いからだ。

 銃火器を持てれば、並みの戦闘車両を凌駕する働きを見せただろう事も想像に難くない。

 このような兵装があれば、塹壕戦等と言う悠長な戦いはできなかっただろうとしみじみと思える。

 もっとも、どちらであっても戦う兵士にとっては地獄に変わりはなかったが。


 幾つかの装備が欠けていようとも、今更戦場に出ることもないのだから、征四郎には過ぎた力に過ぎない。

 だが、これもロズの好意であると思い、征四郎は時折装着して機動訓練はしていた。

 それが戦への未練からくるのか、ロズへの好意に応える為なのかは当人にも良く分らなかった。

 おかげで、今では、その動きで翻弄し、追い立てた挙句に、自棄になり向かってくる猪の額に拳打を打ち下ろし仕留める、と言う猟法まで確立するに至っていた。

 征四郎自身は知らないことだが、その動きは旧文明時代でもベテランの域に達していた。


 さて、15年の歳月は征四郎に多くの力や経験を与えたが、一方で年齢を重ねる結果にもなった。

 既に征四郎は50近い年齢になっているのだが肉体的には、あの頃、つまりこの地に来た時より全く変わっていない。

 それは、征四郎の体の一部となった泥濘の所為である。

 征四郎の意思が弱ければ無形の何かになっていたと言う恐るべき治療を受けた結果、肉体があの時に思い描いた状態を維持し続ける事になったのだ。

 端的に言えば、征四郎は肉体的にな老化は止まってしまい、完全に人ではなくなったということだ。


 では、一切の成長が止まったのかと言えば、不思議な事に髪も髭も伸びるのである。

 それも、征四郎が強く思い描いた身体の働きであるからだろうか。

 人間の体の働きにおいて、征四郎が知らぬ物があれば、それは既に止まっている可能性も在った。

 それでも生きているのだから、やはり生物として別種の存在に成り果てた、そう解釈するべきかも知れない。


 では、征四郎は一体どの程度生きていけるのか。

 それについては、征四郎にも治療を施した二人にも皆目分らない。

 だが、何時死ぬか分らないなんて事は、当然の事でもあるので征四郎は気にする事は無く、今を懸命に生きようと考えていた。


 一方で精神に起きた変化は自覚的には殆ど無い。

 あからさまな肉体の変容はあれど、見目がそれ程変わらないと言うのは大きいらしい。

 確かに、知識に対する欲求は強くなった気は征四郎もしているのだが、大きく性格を変えたような話では無い。

 其れは今のところはと言う表現が付くだけかも知れないが、精神的には以前と然程変わりがないというのが現状だ。


 その様に平穏且つ有意義な生活を送っている征四郎の現状は、未だに師より幾つかの知識を授けてもらっている事に変わりはなかった。

 だが、今はどちらかと言えば師の生活の面倒を見ている割合が増えている。

 食事を作ったり、片付けをしたり、実験を手伝ったり。

 或いは、死霊を呼び出し、過去の知識を吸収しようと足掻いたり、得た知識を編纂し書き記したり。


 ロズの塔に赴いた際も、やっている事に違いはなかった。

 つまりは、概ね平和に過ごしていると言う事だ。

 尊敬すべき師が居り、好意に抱くに値する女性が居るのだから、これ以上を望むのは罰当たりでは、とまで征四郎は考えていた。


 しかし、平穏で平和だったのは人里を離れて住まう妖術師達だけだったのである。

 事実、戦火は直ぐ其処にまで広がりを見せていた。

 征四郎には懐かしく、愛しいとも言えるあの戦の炎が。

 其れは、奇しくもロズワグン=ナグにも言えた事であった。

 彼等は無意識的に戦を求めながら、しかし、今の平和を享受して生きていた。

 その日々は、ある日を境に終わりを迎えるのである。

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