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異世界における武力衝突  作者: キロール
序章
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第4話「師との邂逅」(改定)

 神土征四郎カンドセイシロウはロズワグン=ナグと名乗る娘に案内されて、荒野の只中にある洞穴へと進んでいた。

 征四郎を拾って治療の段取りをしてくれた恩人が居るのだという。

 名をラギュワン・ラギュ。

 数世紀にもわたり存命しているという大妖術師だという。


 何故助けてくれたのか、如何なる存在なのか何も分らなかったがロズ(征四郎に対して、ロズワグン=ナグがそう呼べと強要した略称。)に連れられて、赤茶けた大地を踏みしめて進む。

 征四郎が今纏っているぼろきれに近いローブも、妖術師の持ち物なのだと知らされていた。

 ならば、確りと礼をするのが礼儀と言うものだと征四郎は思うのだ。


 ちなみに、軍服は血と泥に汚れており、尚且つ傷口を見るのに切り裂いたが一応残してあるとの事だった。

 その配慮も実に有り難かった。

 あれは、きっと己のよすがだと征四郎は感じているのだから。


「ラギュワン・ラギュは魔術、妖術の達人。地底にて眠る神にも覚えが良く、全盛期には国々と不可侵の条約を結ぶほどだ。」


 道すがら告げられる評価は、尋常ならざるものである。曰くこの大陸一の術者で、どの国からも恐れられており不可侵条約を締結している等。

 征四郎の常識と較べれば、規格外の力を持っている。


 征四郎の生まれた世界における魔術師達は長い詠唱の末、漸く火の玉を飛ばせる程度で一度戦闘となれば銃火器を用いた方が遥かに楽に敵を倒すのだ。

 治療と言う分野でも、精々が気休め程度のものでしかない。

 その所為か、ロズの語る逸話の幾つかは如何にも征四郎には眉唾物に思えた。

 例えば、そのラギュワン・ラギュなる人物が齢数百歳であると聞けば、懐疑的な思いを抱いた事など、例をあげればきりは無い。


 だが、ゆったりとトカゲの様な尻尾を振りながら、先導しているロズとて凡そ異様な存在だ。

 ありえないと頭から否定するのは、征四郎には愚かな行為に思えた。

 或いは、先程までの夢とも現実とも付かぬあの恐ろしい体験が、征四郎に神秘主義の啓示でも与えたのかもしれない。

 洞穴にたどり着くと、無遠慮にロズは征四郎をいざないながら足を踏み入れる。


 洞穴に足を踏み入れると、奥からしわがれた老人の声が響く。

 奥へと視線を凝らせば、その姿が見えてきた。

 フードの付いた暗褐色のローブを纏う痩せた老人と思しき姿、だが目深に被ったフードの陰に隠れて仮面が見え隠れし、目の位置に開いている覗き穴からは微かに暗紫色の光が漏れている。

 漏れ出る光が、魔力の放出であると何故か征四郎は分った。

 現れた老人に、征四郎は頭を下げて礼の言葉を口にしてみるも、言葉は通じない。

 そう言えば、先程響いた声も意味は分らなかったと今更ながらに気づいた。


「言語体系が違えばそうなろうな。仕方なし、ラギュワン・ラギュよ今一度思考を読み取るよりはなかろうよ。」


 ロズの言葉だけは意味が理解できた。

 ただ、それは言葉として理解していると言う訳では無いことに気づく。

 淡々とした声音は耳に心地良いものの、音として認識しているに過ぎない。

 だと言うのに、意味が理解できている。

 全く、先程から訳が分からないことだらけで、精神が麻痺してしまっているようだと征四郎は胸中で呟く。

 今の現象も驚く事もなく、そう言うものかと得心してしまったのだから。


 老人は、こちらに顔を向けて何やら思案している様子だったが

 ゆったりと近づいてきて、指先を征四郎の額へと伸ばす。

 思わず征四郎が一歩後退りかけると、ロズが退がるなとだけ告げた。

 老人の、枯れ木のような指先が仮面より零れ落ちる暗紫色の光と同色の光を纏い、征四郎の額に触れた。

 途端に…。


「これで、通じるか。その姿のまま、戻り来るところを見ると意思は強いようだ。何はともあれ、生存おめでとう。」


 と、しわがれた老人の落ち着いた声が響く。


 やはり、言葉としては理解出来ぬが意味だけは通じた。

 征四郎が礼の言葉を述べようとすると老人は片手を上げて制し。


「生きているのは、君の生命力と意思の強さによる。その命を授けてくれたご両親とその意思を育んだ環境に感謝すると良い。それに…ワシとしては些か心苦しい所がある。」


 老人はやはり落ち着いた声でそう告げた。


 それから、立ち話もなんだと奥へといざなう。

 征四郎は老人の語る言葉…と言うか、その意味が伝え聞く逸話より

 遥かに常識的であったので些か拍子抜けしてしまい、少しばかり呆然としつつ誘われるままに奥へと進む。

 ロズも何食わぬ顔で征四郎の後を付いていく。

 この蛇目の娘は一体何なのであろうかと言う思いが、征四郎の脳裏に今更ながらに浮かんでは消えていった。


「余か? 余はロズワグン=ナグ。古の魔法帝国随一の死霊術師にしてcatenaカテナの守り手。」


 と、征四郎が喋ってもいないのにまた返事が返って来た。


 幾つか知らない単語が出てきたが、今はそれ所では無い。

 征四郎は思考を目まぐるしく回転させる。

 彼女は私の後ろを歩いているのだ。

 私の疑問を表情を読み取るなどして気付いた訳では無い、と。

 これはつまり…あの空間で想起したように心を読まれていると言う事か。

 そこで一つ征四郎は息を吐き出して、自然と早くなった鼓動を抑えようとした。


「ワシもロズワグン=ナグも意識を読み、意識へ語りかける術を用いている。君が此方の言葉を喋れぬ以上、ワシらが君の言葉を喋れぬ以上はこの不自由を我慢してもらうほかない。意思疎通が出来ねば、身の振り方も決められまい。」


 そう、前を行く老人、ラギュワン・ラギュは告げた。

 そう言う事かと先程までの違和感に説明がつき、征四郎は微かに安堵した。

 思考を読まれるなど良い気分では当然ないが、疾しい事を考えねば良いだけの話だ。

 それに、説明が付くと人は少なからず安堵するものである。

 何れはそれが居心地悪い事この上ないと思うにしても。


 さて、異国情緒たっぷりな織物が敷かれた場所にたどり着くと座るように促されて老人の対面へと座った。

 ロズは、当然のように征四郎の直ぐ隣に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべて征四郎の顔を覗き込んできた。

 征四郎には、その行いが盛り場の酌婦の如き振る舞いにも思えたが、嫌悪感は抱かずどちらかと言えば、胸中に羞恥が湧き起こる。

 一体何のなのだこの娘は、と思いはするが、やはり嫌悪は無く。

 そして、何故自分は学生でもあるまいにこんな事で恥ずかしがるのかを、不思議に思うのだった。


 思わず自省するも、思考を読まれることを思い出して、征四郎は慌てて頭を振って思考を振り払った。

 ロズは、覗き込むのは止めていたが顔をニヤ付かせて征四郎を見守っている。

 征四郎は取りあえず落ち着こうと、大きく息を吸い込んで吐き出す。

 そして、一段落付いてた頃合に、老人がゆっくりと語りだした。

 その内容は非常に衝撃的なものであった。


 征四郎の身体、内臓や骨の一部は完全に砕けて致命傷を負っていたこと。

 それを癒す為の治療行為により征四郎の体は人より逸脱した事。

 つまり、あのタール状の泥濘のような物が征四郎の体の一部を形作っているのだと言う。

 下手をすれば、征四郎の体はタール状の泥濘のような物に変わり果て意識も消えていたかも知れないという事実は、彼を心胆を寒からしめる。


 視線を落として、恐怖に微かに震えた征四郎の肩にそっと手を添えてくれたのはロズであった。

 彼女の少しばかり冷たい、しかし柔らかな掌が征四郎の肩を軽く叩き、擦って労わってくれた。

 征四郎は傍らの彼女に視線を向けて、微かに頷き脳裏に思い描く。

 了承したのは私自身だと。

 老人は暫しの沈黙の後に再び口を開く。


「生き残らせる為に、人を逸脱させた事は心苦しいが君の意思は君を再び形作り、今ここに居る。それは大変喜ばしい事だ。其処まで形を作れたならば、少なくとも君があの姿に戻る事は無いだろう。それに、君は鎖の守り手と出会ったのだ。人の形を繋ぎ止める古き鎖と。」


 征四郎は老人の慰めるかのように響いた声に、感謝しつつ疑問に思う。

 鎖とは何であろうか。

 無論、鎖自体は知っているがここでは示すそれは征四郎自身が知るものでは無いようだ。

 その疑問に答えるべく老人は口を開く。

 それは要約すれば以下のような物だ。


 旧文明の魔術的兵装『catenaカテナ』。

 古い言葉で鎖を意味するこの兵装は、全身を覆う鎧のような形状をしている。

 装着者を人の形に押し留めて置く為の兵装でもあると言うのだ。

 魔術を用いる事で、人以外の何かに変容する事がないようにと。

 これは一種の呪であり、装着者に自身は何者かを明確にさせる為の兵装でもあったと言う。

 つまり、それを纏う事で征四郎は人の形を保つ事ができるのだと言う。

 有り難く思う一方で征四郎は懸念を覚えた。

 四六時中鎧を着て過ごさねばならないのだろうか、と。


「最も簡易な方法がそれだ。だが、他に方法が無い訳では無い。君自身が魔術を学び、意思をより強く研ぎ澄ませれば磐石となるだろう。或いは、自身の望むままに体の一部を変容させる事も可能になる。異界の地で、言語を学び、魔術を学ぶとなると相応の覚悟が必要であろうが。」


 どちらであるにせよ、言葉を学ばねば生きてはいけない。

 言葉を交わせる生命体が居るのならば、意思疎通は肝要だ。

 意思疎通もままならない状態では、碌な目には合わないだろう。

 今、意思疎通が出来ている眼前の二人は、例外中の例外と心得ねばならない。

 征四郎は自身の経験と認識からその様な結論に至った。


「ああ、その判断であっているぞ。貴公は半ば余が招いたような物、言葉くらいは教えてやろう。」


 ロズの言葉…意識は征四郎の判断を補強するものであった。

 そして、その申し出は有り難かったが、何一つ持ち合わせていない身である。

 礼のしようも無いのが気が引ける、とも征四郎は考え。

 そんな思考を読んでか、ロズは可笑しげに笑った。

 そして、すっと双眸を細めてにまりと笑みを浮かべなおせば、口元を征四郎の耳に寄せ様とでもするように僅かに腰を浮かび上がらせた。


 其れと同時に、思案するように沈黙していたラギュワン・ラギュが、不意に口を開いた。

 仮面の覗き穴からは光が漏れていなかったので、瞑目して思案していたのだろう。


「ワシは見ての通り老いて朽ち逝く身だが君さえ良ければワシが培ってきた魔術、妖術の類を教えたい。一人練り上げてきたが、死が近づくと思うのだ。このまま無に帰すのは、虚しく口惜しいとな。」


 告げながら仮面を外す老人、その素顔は、皺の多い老人のそれである。

 側頭部には根元辺りで切り落とされた角の跡が見えて征四郎は初めてそこで老人が人間では無いことに気づく。

 仮面を外したことにより、周囲を照らすように両眼の輝きが増したように思えた。

 尋常ならざる魔力量と言える。

 しかし、征四郎はその双眸をじっと見据えてその真意を探ろうとした。

 言わんとする所は分からなくは無いが、唐突であり

 尚且つ老人に利があるのかと訝しんだのだ。

 思考は読み取られているのだろうが、構うことなく視線を向け続けて。

 暫し、そうしていたが穏やかに笑む老人の双眸に、結局は頷きを返した。


 他に道はない。

 これが如何なる罠であっても本来ならば死んで居た身である。

 ならば、助けてくれた人物のいう事を聞くのも良いだろうと。


「なれば、歓迎しよう。まずは言葉を覚えねばなるまいな。」


 再び仮面を付ける老人ラギュワン・ラギュはそう厳かに告げた。


 こうして征四郎は死霊術師と妖術師に言語を教わる事になった。

 流されるように物事を決めたが、征四郎にはそれ程不安も無かった。

 確かにここが何処なのかすら分らなかったが、ただ分っている事は、家族の元には戻れないであろう事は分かっている。

 ここが異界である可能性もあるが、そうでなかったとしてもきっと戦死の報告は既に齎されている筈だ。

 それに妙な事だが、征四郎は何故か懐かしき我が家に戻ったような不思議な気持ちを抱いていた。

 その思いがどこから来たのか征四郎には分らなかった。

 だが、胸中を探る思考は直ぐに消えた。

 隣で何やら機会を逸したようにロズが視線を彷徨わせ口元を引き結んでいた事の方が、今は気になっていたのだから。

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