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異世界における武力衝突  作者: キロール
序章
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第1話「転移、或いは追放」(改定)

 大地に倒れ、空を見上げている血塗れの男が一人。

 男は、自分が死んだのかまだ生きているのかいま一つ定かではなかった。

 生死に関しては何一つ確信は持てないが、見上げる空には在ろう事か恒星が一つしか見当たらない事は確かだった。


 まさに驚嘆すべき事なのだが、生憎とそんな余力は無く無感動に空を見上げ続けていた。

 疲れ切っていると、驚くべき事を見聞きしても反応が鈍くなる事が在る。

 それであってくれれば良いのだが、実際には違う事は男の体が教えていた。


「…っ」


 周囲に視線を巡らせようにも、全身に痛みが走り力が入らず、難儀している様子で小さく呻いた。

 呻き声すら弱々しく聞こえ、ここが何処なのかさっぱり掴めないままに、如何やら死ぬようだと男は思った。


 男は如何してこうなったのか、追憶に耽るのは皇国軍人としては些か相応しくないかと煩悶するも、状況把握に努める事も立派な職責だと思い直して、自身に起きた事柄を今一度整理し始めた。


                 ※ ※ ※


 まずは私自身についてだ。

 名前は神土(カンド) 征四郎(セイシロウ)

 皇国暦2458年生まれ、現在が2491年であるから年齢は三十三歳、独身。

 神土家は代々軍人の家系で、父は早くに鬼籍に入り、祖父も昨年没している。

 母は流行り病で征四郎が十歳の時に、祖母は生まれる前に亡くなっていた。

 故に残されている家族は兄と姉、それに妹とその家族と言うことになる。


 軍人にならずに外交官となって祖父と揉めた八つ年上の兄。

 些か戦に感け過ぎて結婚もしない征四郎に、幾つか見合いの話を持ってくるのは常に兄だった。

 参謀本部に勤務する中佐の家に嫁いだ三つ上の姉は四人の子供の母として忙しい日々を送っている。

 一番下の妹も三年前に商社に勤める青年と世帯を持った。

 出征前に挨拶に言った折には二つになる姪共々見送ってくれた。


 ――不覚にも家族を思い出して少しばかり泣けてきたのか、私は双眸に熱がこみ上げてくるのを感じた。誰が居る訳でもないのに誤魔化すように恥ずかしげに笑い、痛みで顔を顰めた。

 そして、気を取り直す様に息を大きく吸い込んで、咽たように咳き込む。

 咳と共に喀血し口元を赤く濡らし、色々と思い出す間もなく己自身が終わりを向かえそうだと自嘲しかけて、止めておいた。

 先程、笑って痛みを感じたばかりなのだから。


 さて、次に職業だが大葦原皇国(おおあしはらすめらぎのくに)陸軍軍人、階級は少佐。

 軍大学を出てのこの年齢で少佐なのだから、出世自体は遅くは無い。

 所属は第2師団歩兵第16連隊の大隊の一つを任されていた。

 第2師団は『多神教文化保全連合』別名東方連合の要請に従いヴェルク平原の大防衛戦に参加。

 ティーゼル大陸を縦断する大塹壕にて東方連合に所属する友軍と共に敵、『神教を信仰する諸国による揺るぎ無き同盟』別名西方同盟と対峙。

 それから十一ヶ月、防衛線はほとんど動くことも無く、小競り合いを繰り返していた。

 つい先日までは。


 私、神土征四郎は今回も戦況は然程動かず第2師団は任期を終えて後続の第6師団と交代するだろうと考えていた。

 それと言うのも、ヴェルク平原の大防衛戦はすでに始まって二十数年の月日が過ぎている。

 馬鹿馬鹿しい話だが、それが事実として長々と戦争は続いていた。


 そも、東方連合と西方同盟の争いの発端は数百年前に遡る。

 当初こそは宗教戦争の凄惨さと泥沼化の一途という地獄のような戦争だったが、世界をほぼ二分するような戦争を今迄通り行ったのでは人は滅びるより他はないと、特定戦場下における戦争を以て勝敗を決する、という本当に馬鹿馬鹿しい戦闘法が国際基準となった。


 その名も提唱者の名をとったフランシス国際戦闘法、フランシス法といえば通常はこれを指すのだが、一言で言うなれば盤上ゲームを実際にやってみようと言うわけだ。

 兵士はその駒であり、広大なヴェルク平原は大きなゲームの盤上と化した。


 勿論、このフランシス法が適用されるのは東西陣営が争う場合にのみ適用されるのであり、同陣営同士の争いには適用されないため各国が防衛を疎かにすることはない。

 あくまで宗教戦争の凄惨さや泥沼化を一部に限定する為の措置である。

 一方を否定しつくそうとする宗教戦争において、奇妙な話ではあるが私の世界ではその様な歯止めが掛かるシステムが出来上がっていた。


 さて、フランシス法が成立した頃は会戦が主な戦闘方法であったから問題は少なかったのかもしれない。

 だが、今の時代は違う。

 同陣営とはいえ言葉も文化も違う国の兵士たちと、塹壕を掘り塹壕に身を隠して、或いは塹壕から這い出て敵の塹壕へと突撃を行う。

 ある種連帯感は生まれるかもしれないが、軋轢とて当然生じる。

 ましてや、砲声止まぬ暗い戦場では士気も上がらず、ただ任期が過ぎるのを待つ消極的な戦い方が蔓延していた。


 そう各国の派遣師団には任期がある。

 そして、こんな物があるから戦闘は一層消極的になる。

 だが、それを非難することは私にも難しかった。

 誰だって、重機関銃陣に突撃をかましたい輩は居ないだろう。


 勿論、各国にも例外は居る。

 戦闘狂とでも言うべき恐るべき突撃精神の持ち主だ。

 そして、往々にそう言った精神性を持つものだけが大きな勝利を得る事がある。

 私自身とて少尉時代に分隊を率いて、敵のトーチカを二つ無力化した事とてあった。

 ただ、戦略的な価値は殆ど無かった……そして、その代償は部下の死で支払った。

 古参の軍曹は、敢えて囮となり死んでいった。

 あの日以来、出血に見合う価値のない戦いは避けるようになった。

 戒めとして、私の心に深く刻まれている出来事だ。


 厭戦感情満載の戦場ならば、砲撃でも加え続けていれば良いという御仁は居るかも知れない。

 砲撃は確かに戦の主役であり、花形である。

 神の如くと称する者だっている。

 だが、直接殺り合わない限り塹壕を無力化することは難しいのだ。

 敵に生半可な砲撃を加えたところで、塹壕の兵は併設された退避壕に逃げ込むだけだからだ。

 私の部隊が砲撃晒されたら、私だってそれを指示する。

 皆言うまでもなく行う行為だが。

 さりとて、退避壕にも被害を及ぼそうと長時間の砲撃など行えば如何なるのか?

 一つの点に砲弾を集中させれば或いは可能かも知れないが、他の場所の兵士達の動きを止める事が難しくなる。

 それに、砲弾の生産も追いつかなくなっていくだろう。

 現状でもギリギリな所はあったのだから。

 兵を突撃させながらも砲撃を続けるとなれば、同士討ちは必至。

 士気は下がり、その指示を出した者へは不信しか募らない。

 またそんな馬鹿げた命令を出した者が所属する国は陣営内で袋叩きになる。


 ならば新しい技術革新か、少なくとも新たな戦闘ドクトリンが必要なのだが……前線は先ほど述べたとおり消極的なのだ。

 戦闘ドクトリンを考案する者は少なく、後方で机上の空論を垂れ流されることも多い。

 かく言う私自身もいくつか考案したが、どうにも決め手が欠けている。

 ともあれ、そんな状況であるから任期を終えて本国に戻れるという甘い考えを、一時とは言え持ってしまった。

 その甘い考えが一瞬で吹き飛んだあの日に大きく戦況は動いた。

 遂に、敵方が新たな戦闘ドクトリンを行使したのだ。


 肌寒さが感じられる秋の、そして冬の到来を意識し始めたその日。

 戦場を覆う霧が全てを覆い隠し、一日は静かに終わりを迎えるかと思われた。

 勿論、私もそれ以外の指揮官も奇襲を警戒しないわけは無いのだが。

 後、一ヶ月も経てば冬季の兵交換の時期に入る。

 何処かに油断があったのかもしれない。


 異変が起きたのは、深夜の二時過ぎのことだった。

 観測妨害を行っていた大隊所属の魔術師分隊の者達が体に変調をきたす騒動が起きた。

 それは彼等がその役目を果たせないという重大な事柄だ。

 伝令より報告を受けた私も一体何事かと魔術分隊の観測所へと足を運んだ。


 ちなみに、魔術分隊とは魔術適正がある魔術師による観測やその妨害を行う隊だ。

 魔術適性を持つものは数も少なく、性別でいえば比較的女が多かったが塹壕戦等に引っ張り出されるのは、勿論男ばかりである。

 理由は態々述べるような事ではない。


 それはさて置き、魔術と言う物は便利なもので、遠目と呼ばれる魔術などは砲撃の観測に良く使われている他、敵情視察に用いられている。

 単に遠くまで見えるだけではなく、上空から目標を見る事が出来る。


 以前、従軍魔術師に興味で尋ねたら鳥の視点を持ったようなものだと言われた。

 そして、それは霧などを透過して見る事が出来るのだと。

 そんな術があるのならば対策を練らねば、観測され放題で砲弾の雨が降って来るのは必定。

 だから、大隊所属の魔術師は観測分隊と観測妨害分隊に分かれている。


 この魔術師達の存在が航空機の発展を遅らせているという意見もあるが私には与り知らない事である。

 有る物は有効に使う、それだけの話だ。

 それに、如何に魔術師が居ようとも、航空機が発展しようとも、連絡手段が伝令のみでは迅速な行動は出来ない。

 早く、無線技術が実用化されることを願っているのだが。


 …話が逸れたが、機能不全に陥ったのは観測妨害の分隊であった。

 早急に手を打たねば、敵に観測され砲撃に晒される。

 私はは急ぎ観測分隊に属する魔術師達に魔力妨害網の形成を指示した途端、遠くで豪雷の様な音が響き…砲雨が降り注いだ。

 あまりに早すぎる、と砲撃と分った瞬間に私は疑念を覚えたが、それを口にする暇などなかった。

 まるで、魔術師達が一斉に変調を来たす事をあらかじめ知っていて即座に観測されたかのようだと言う思考は、砲撃音に消された。


 敵砲撃の狙いは指揮所、観測所、通信拠点の三箇所。

 それは塹壕を破壊しようと言う今までの試みではなく部隊の中枢神経を破壊しようと言う新たな試み。

 それが、新たな戦闘ドクトリンであり、後に浸透戦術と呼ばれる作戦の第一歩であった。

 だが、私はその戦術の威力をその目で見ることはできなかった。

 観測所を訪れていたので激しい砲雨で吹き飛んだのだから。


               ※ ※ ※


 ……ここまでは良い。

 男は力なく上空を見上げながら思う、ここまでは特に問題がないと。

 そのまま死んでいるなり、砲弾や観測所のコンクリート片を食らってのたうち回っていたのならば、何も迷う事は無い。

 だが、実際は如何だ。

 体の節々は痛いが、空には一つきりしかない恒星が浮かぶ不可思議な場所にいる。

 ……あれは決して『二つ陽』の片割れでは無い、それにしてはあまりに大きすぎる。

 ならばここは何処だ?

 あの世とやらでは無さそうだが、実際には地獄か何かだろうか。

 どうせ動けないのだから、あの時何が起きたのかを可能な限り思い出そうと、痛みで気が遠くなる意識に鞭打って考え始める。

 ここから随分と記憶が混濁している。


                ※ ※ ※


 私の記憶にあるのは、何処とも知れぬ空間で、壮年の男と会話していた事だ。

 夢の様でもあり、本当に会話をしたのかは定かではないほどに朧にだが、思い起こせる。


「浸透戦術と言うものを聞いたことはあるかね」


 低い声だ。

 だが、聞き取りやすくある種の魅力を感じさせる。

 同時に、ぞっとさせるような響きもあった。


「知らない。」


「アレクセイ・ブルシーロフが初めて使ったとされる戦術だ。その後は主にドイツ軍が駆使したが。」


「お前は、誰だ?何の話をしている。ドイツ軍とは何の話だ?」


「私の名を問うことは推奨しない、もはや私の名前は呪いに等しい。話については簡潔だ、私が最初に生まれた地の歴史を話している。」


「ますます分からない。お前は狂人か?それとも狂った私の妄想か?」


「残念ながら、そのどちらでもない。そうだな、君にもわかる話をしよう。ヴェルク平原の塹壕戦が始まって二十六年、漸く浸透戦術が生まれた。勿論、技術、戦術の発展を抑制していたが此処までかかるとは予想外であったよ。」


 私は目の前の男が何を語っているのか未だに良く分らなかった。

 だが、背筋に冷たい汗が流れ出すような恐るべき感覚を覚えたのは確かだ。

 目の前のモノは人間とは到底思えなかった。

 見てくれは、紳士然とした姿。そう、見るからに仕立ての良い洒落たスーツを着こなした男だ。

 金の髪を後ろに撫で付けて、穏やかな表情を浮かべている。

 黄金の瞳が真っ直ぐにこちらを見据えており、興味深そうに私を見ている。


 私にはこの様な視線をどこかで見た記憶があった。

 そうだ、甥が観察日記を書くと言って鈴虫を見つめていた時のような……。

 其処まで考えて私は身震を一つした。

 それが、傷の痛みによるものか、恐怖の為かは定かでは無いが。


「お前は何だ…、私に何の用だ?」


「私は敵だよ、人間の普遍の敵でありたいと願う者だ。だが、人間は未だに私に及ばない。待つ事は苦でもないが…どうにも私と戦う前に滅びてしまうことがあってな。自滅されたのでは、私が何の為に生まれてきたのか分からんからな。」


 何を言っているのか、言葉上では理解できても真意の程が全く分らない。

 人間社会に害をなす……急進的な無政府主義者と言うわけでもない様子だが……。

 言葉をそのままに捉えれば、所謂悪魔や魔物の類だと自身で言っている様な物だ。

 戯言の類でしかないが、私には如何にもそれを否定しきれないのだ。

 目の前の男の持つ得体の知れない恐怖が、そうさせるのかも知れない。

 私はいつの間にか、喉がからからに乾いている事に気づいた。


「そして、砲弾の雨に打たれて死に掛けた君をここに転移させたのは他でもない、我々だ。何用かと問うたな。ただの偶然だよ、結社員が無作為に選び取った数名の中に君が居た。これは一つの実験だ、君はこの世界から追放される。運良ければ……幾つかの真実を垣間見て正気を保ち尚且つその怪我で生き残る事が出来れば……君は何者かになれるやも知れない。」

 

 そう言って男は笑う。

 その笑みを見て、私は意味を把握できぬままに激しい怒りが胸中に湧いて来るのを感じた。

 人として許しておけぬ笑みである、そう思えたのだ。

 怒りが恐れを飲み込み、私は敢然と男を睨みつけて言った。


「狂人の戯言は沢山だ! 貴様が何者で、目的が何であろうとも思い通りになるものか!」


 その言葉を男は頷きながら笑い、そして片手が振られると征四郎の視界は暗転した。


「良き旅を、神土(カンド)少佐。」


 征四郎の体は男の前より消えていく。

 男の姿もまた、ゆっくりと消えていく。

 その男が消えきる前に一言だけ呟きを零した。そこには、ある種の感慨が感じられた。


「偶然、確かに偶然では在ったがな。」


 その呟きが空間に響いた頃合には、私の体も男の体もその場には無かった。


               ※ ※ ※

 

 征四郎が後覚えている事は、それこそ悪夢か何かのようでしかない。

 燃え盛る者の復活と旅立ち、脈打つ泥濘の跳梁、腐敗と再生の上皇の凱旋、ディクシュワカの興隆……、そして魔術師ジュアヌス…何処と無く懐かしさを感じる名前の魔術師が書いたとされる書に記された地底にて眠る神。

 それらの単語が、情報の断片が、真実の一片が映像となり彼の心を侵食した。

 意味する所は分らない、いや分りたくないのか。


 その精神が、病的な真実に押し潰されそうになった時に征四郎は涼やかな呼び声を聞いた。

 其れも偶然だったのだろう。

 それでも、征四郎の魂は誘蛾灯に誘われた虫の様にふらふらと其方に漂っていった……。


 そうして、目を覚ませば恒星が一つだけ浮かぶ空が視界を占めた。

 雲一つない晴天が。

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