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異世界における武力衝突  作者: キロール
第一章、ルーグ城砦の攻防
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第10話「指揮権の譲渡」(改定)

 ルーグ城砦より援軍要請の使者が妖術師の元に放たれてから、既に8日が経過していた。

 要請は断られたのか、或いは途中でブラウニング軍に捕まったのか…あの三名は死んだのか。

 レーギーナをはじめ、城砦内部では徐々に増大する不安と戦う日々が続いていた。

 8日目も終わりを迎えるべく、太陽が地平に沈み暗闇が訪れると、城壁の門に忍び寄る一団が居た。

 三騎のケンタウロス騎兵と4人の人影。

 彼等は門にたどり着くと、その中の一人が門を叩いた。

 定められたリズムで叩くと城壁の上より、敵陣を監視していた自動人形(オートマータ)がそっと駆け寄り確認する。


「アルデア…!」


「スクートゥム、開けて。」


 門を叩いていた茶色の髪の少女は、微かに笑みを浮かべて告げた。

 程なくして開かれた門に素早く入り込めば直ぐに門は閉じられる。

 門が開いた事で何人かが様子を伺いに来て、生きて帰ってきた三人に安堵の笑みを向けたが、直ぐにケンタウロス騎兵やフードを目深に被った男を疑わしそうに見やった。


 自動人形(オートマータ)三人と城壁で見張り番をしていたスクートゥムのみがレーギーナに報告に向かい、残りの三騎と一人はその場に留まり、その他の見張りに監視される事になった。

 特に異論も無い様子で、しかし居心地悪そうにケンタウロス達が佇んでいると、程なくしてレーギーナ本人が使者のとなった三人を伴なって現れた。

 スクートゥムはまた見張りに戻ったのだろう。

 レーギーナはまずケンタウロスたちに視線を向けて、微笑を浮かべた。


「事情は聞いています、あなた方は襲撃自体には参加していなかったとも聞きました。ここで、私がとやかく言うことでは無いでしょう。助力に感謝します。」


 怒りをぶつけられるでもなく、糾弾される訳でもなかったが、エスローをはじめ、カイサもルーヌも返って余計に居心地が悪くなる。

 非は確実に此方にあるのに、何も言われ無いと言うのは精神的に苦しい。

 だが、それも仕方が無い事だ。

 そう思う以外に道は無い。

 それに、ケンタウロス達が何処か安堵した気持ちを持ったのも事実なのだから。

 無論、レーギーナは彼等を遠まわしに責めているのでは無い、彼女にとっては反省している者に怒りをぶつけるのは意味が無いものであったからだ。


 一方、フードを目深に被った征四郎へとレーギーナは視線を向ける。

 そこには明らかに懐疑的な色が見て取れた。

 征四郎はそれが当然のことであるかの様に受け止めていたが、そう言えばと目深にかぶっていたフードを後へと落とし、顔を露にした。

 赤土色の瞳、嘗てのラギュワン・ラギュのそれと同じ色の瞳を見て、少しばかり得心したようにレーギーナは頷いたが、まだ懐疑的な色は消えない。


 それは、征四郎の要求がそれだけ無茶であったからだ。

 一部指揮権の譲渡、それが無くば支援できないとこの男は要求したのだと聞けば、誰もがそう言う反応になるだろう。 

 ここで叩き出さないのは、レーギーナの器量によるものか、征四郎の後ろ盾によるものか。

 或いは双方と言う事もある。


「ラギュワン・ラギュ自身は、クレヴィの目覚めを手伝う為。ロズワグン=ナグは百体ほどの骸骨兵を揃えてから、こちらに向かう…そう聞いています。」


「それは事実です。」


 征四郎は腕を後で組み、背筋を伸ばして答えを返す。

 嘗て、上官にそうしていた様に。


「その両名の支援も、ラギュワン・ラギュの弟子たる貴方に兵権を渡せば行う、と言う解釈で宜しいですか?」


「そうです。」


 この遣り取りは、佇んでいたケンタウロスたちだけではなく、様子を見に来ていた者達にも聞こえている。

 その場でざわめきが起きるのも致し方ないだろう。

 そのざわめきが、征四郎にとって好意的なものでない事は明白であったが、彼は顔色一つ変えず平然としている。


「無論、すべての指揮権を譲渡せよとは申しません。自動人形(オートマータ)の指揮は、貴方がお執りするのが最良でしょう。私には、志願兵の指揮を取らせていただきたい。」


 背筋を伸ばしたまま臆することなく朗々と声を張り上げる征四郎。

 志願兵、との言葉に城門から幾人か若者達が顔を覗かせている。

 それを知ってか知らずか、征四郎は更に言葉を続ける。


「ブラウニング軍は総勢五千の大軍勢ですが、約二千は領地に残っています。三百からなる魔術師部隊もブラウニング領にて待機しています。篭城戦となった今、彼等が到着するまではあちらが攻勢を掛ける事は無いでしょう。……三国は互いにいがみ合い、ルーグ城砦に兵を送る余裕がなくなっているので。」


 状況を端的にまとめて告げやり、征四郎は一息ついた。

 先程までのざわめきは別種のものに変わっている。

 援軍の望みが暫くは無い、それが知れ渡ったのだから当然である。

 レーギーナはその報告を今もたらされた事に眉根を寄せた。


「しかし、ブラウニング軍は当初こそ領主の為に戦っていましたが…。城砦を攻めるに辺り多くの兵士が抗いました。その結果彼等の長であるヴィルヘレム戦士長はお孫さんを殺され、その首が陣中に届けられたとか。詰まる所、家族を人質に兵を動かしている状況です。」


 征四郎は眉根を寄せて、自身のローブの胸元をぎゅっと握り締めた。

 それは、怒りに打ち震えているようですらあった。

 そして、不意に身振りを大きく動かして力説を始めた。


「なれば、その人質の安全を確保すればこの無用な戦は終わりを迎えるでしょう! ブラウニング軍の兵士達は、この不名誉な任務から解き放たれ、愚かな領主に牙を向けるものと愚考します! 雇われ者や城砦襲撃と言うこの任務を恥じても居ない者達の数は、多くて五百! 人質の安全さえ確保すれば、十分に生き残る算段が付きます。その人質解放作戦に従事する者を、どうか指揮させて頂きたい。」


 扇動者の様な口調から、冷静な物へと変じながら征四郎はこうべを垂れた。

 レーギーナは、ひとつ苦笑を浮かべて頷くよりなかった。

 悪い報告の後に、希望をチラつかせるやり口は些か感心しないが、少なくとも孫が殺されたと言う一事に見せた怒りは本物であろうと思えたのだ。

 それに、妖術師と死霊術師が揃って協力の条件に挙げた男の手腕が如何程か、見てみたいと言う思いも在った。

 勿論、その話にレーギーナも勝算を見出したからと言うのが一番だが。


「分りました、妖術師の弟子よ。一部の指揮権を貴方に譲渡しましょう。ですが、少し漠然とした話なので詳しい所を聞きたいのですが。」


「実務レベルの話をご所望でしたら、明日の朝までにはまとめて文書にしておきます。戦闘作戦に精通された方が幾人か居られるならば、文書にて精査いただいたほうが宜しいかと。」


 官僚的な答えを返して、征四郎はわずかに安堵の息を吐いた。

 ここで指揮権の譲渡がなければ、正直勝ち目がなかったからだ。

 今の城砦の守備は烏合の衆により行われているのと然程変わりがない。

 自動人形(オートマータ)が如何に優れていようとも、それを倍するお荷物を抱えては厳しいと判断せざる得ない。

 これが、篭城であるからまだマシなのだが。


「ただ、人質の解放なくしてこの城砦を守りきるのは至難の業でしょう。」


 それだけは付け加え、征四郎は挙手敬礼を行い口を閉ざした。

 語るべき事は語り終えた、後は作戦を書き出して了承を貰えば良い。


「承知しました……。時に、妖術師の弟子と呼び続けるのも可笑しな話。何とお呼びすれば?」


「では、少佐とでも。」


 レーギーナの問い掛けに征四郎はただ階級のみを告げた。

 ここでは、その階級は征四郎以外を示すものでは無いからだ。

 レーギーナは不思議そうに首を微かに傾いだが、それ以上は問いかけなかった。

 征四郎が早くも思考に没頭している事に気付いたからだ。


 一方の征四郎は、この先を思案しながらも安堵していた。

 師やロズの事もあれば、無碍には扱われないだろうと言う憶測はあったが、然程問題なく指揮権を譲渡されたのはありがたい。

 例え、それが新兵ですらない民間人であったとしても。

 作戦を練るのと同時に、練兵計画も練らねばならないと一つ息を吐き出す。

 今のままでは、人質解放など夢のまた夢。

 それは、この城砦が落ちることも意味していた。



 城壁の上では、一連の遣り取りを眺める影が三つ。

 自動人形(オートマータ)のスクートゥム、エルフの剣士ロデリック、そして召喚された男、磯山 六郎(イソヤマ ロクロウ)である。

 六郎は既に魔法のペンダントを貸し与えられており、言葉の遣り取りは可能になっていた。

 その六郎が思案するように首を傾げながら口を開いた。


「少佐……? 詐称やあだ名じゃなければ、軍人だと思う。俺の時代のじゃない、もっと前の。つまり、戦争経験者。俺の生まれた時代の軍人にはその階級は残っていない。同じ世界から来たのであればだが。」


「軍人、そして、妖術師の弟子?何とも胡散臭い経歴だな。」


「アルデアやラルスが言うには15年前からラギュワン・ラギュの弟子になったそうだ。そして、死霊術師とも付き合いが深いと…。アルデアが奴から貰ったと言う羊皮紙を見せて貰ったが……、お前達は間接アプローチ戦略論なるものを聞いた事は?」


 スクートゥムの問い掛けにロデリックは首を左右に振った。

 六郎とて知らぬ話だが、彼が軍事に精通していれば気付けただろう。

 それが彼の生まれた時代には既に存在しており、サーの称号を持つ軍事研究家の著作であった事を。


「死者より聞き出した戦略を纏めたものだそうだ。オリジナルはあまりに古く、概要を知る者を呼び出せた程度らしいが。」


 軍事と死霊術の融合とでも呼ぶべきか、過去の戦術論、戦略論をあの男は幾つも携えているらしい事は3人にも窺えた。

 それを非難する気は全く無い。

 ただ、薄ら寒い物を感じてしまうのは致し方ない。


「これが、実践を知らない戦術マニアの類で無い事を願うばかりだな。」


 六郎はそう呟き、城壁の外へと視線を向ける。

 悠々と野営の陣を築いているブラウニング軍を恨めしげに見やって、一つ息を吐き出した。

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