第8話「抵抗する者達」(改定)
召喚された異世界人、磯山 六郎は25歳のしがないサラリーマン。
仕事は営業で外回りが殆ど。
成績は平凡で可もなく不可もない…いや、若干悪いか。
趣味はゲームと大学時代に興味を持って学んでいたアフリカの歴史くらいである。
歴史については趣味と言うと大袈裟かも知れない、ただ本で調べたりした程度なのだ。
その彼がある夜、家でゲームをしているといきなり雷鳴が轟いて、気付けば異世界に召喚されていた。
彼は知らない事だが、六郎の住むアパートに雷が落ちてアパートが炎上したのだ。
火は程なくして消しとめられたが、六郎の部屋を含め2階の三部屋が全焼と言う結構大きな火災となった。
焼け跡から死体が出てこないが、部屋の主とは連絡が付かないという状況に消防も警察も頭を痛めている所だが、六郎には最早関係がない。
何れは、行方不明者の列に加わり、数年後には死亡とされるだろうが、それは戻れぬ世界の話である。
その彼が、時空を渡る際に見たものを思い起こしながら、双眸を開けた。
未だに耳がおかしい感じがするが、その他は概ね問題無さそうだ。
…六郎が見たものとは、召喚者達が行った非道とそれに抵抗する者達との戦いの光景だ。
些か目つきの悪い六郎は、目の前の偉そうな老いたエルフとエルフの少女を睨み、周囲を威嚇しながら思い返す。
先程まで見えていた出来事を。
※ ※ ※
始めに見たのは、一人の男だ。
黒い髪に黒い瞳、緋色のジャケットを羽織った六郎と同じような日本人だと思われた。
彼と少し話をした後に名前を問うと、到底日本人とは思えぬ名前が返って来た。
ルーベル・ドラコ。
その名が何を意味するのか、話した内容は思い出せないが、何故か恐怖を覚えた事を六郎は思い出した。
続いて見えたのが緑の多い大地だ。
いや、場所によっては酷く荒れている大地でもある。
どちらにあるにせよ、上空から凄まじい勢いで大地に向かって落ちている事が理解できた。
だが、その時には恐怖は殆ど感じていなかった。
思い返すと、少し怖かったと思える程度の感覚である。
そして、城壁に囲まれた城砦が見えてきて…其処で行われている戦いの情景もまた見えて来た。
戦いと呼べるのか、分らないほど一方的な情勢から変化していく様も。
自動人形達の反撃とは別に、城砦を訪れていた者達もまた黙ってやられている訳ではなかった。
戦える者、戦えぬ者、それぞれがそれぞれのやり方でブラウニング軍に抵抗していた。
彼等は、その日偶々ルーグ城砦に来てしまっただけの不運な犠牲者である。
だが、不運な犠牲者のまま終わる事を良しとしない者達でもあったのだ。
エルフのロデリックは、王国のあり方に悩んでいた。
強権的な女王は支持できないが、反乱などと言う行いが正しいとも思えず、一人ルーグ城砦を訪れていた。
数多いる神に祈りを捧げるより、勇者の武とその行動から自分に何が出来るかを考えた方が建設的に思えたからだ。
結果、彼は筆舌しがたい怒りと悲しみを味わう事になる。
事もあろうに同国の…或いは同族の者が敬愛すべき勇者の眠る城を襲い、民を惨殺すると言う不名誉極まりない現場を目にしてしまったのだから。
ロデリックは城砦内部の公開されている最奥まで訪れていた。
そこで不意に外から響いた尋常では無い声を聞き、城の衛士である自動人形に混じり走り外へでたのだ。
そして、繰り広げられていた光景に絶句した後、今、正にゴブリンの老婦人と孫と思しき幼子を手に掛けようとしていたケンタウロスに駆け寄り、持っていた片刃の剣でその槍の穂先をきり飛ばした後に、返す刃でその前足を叩き折った。
「ぐ……剣兵の分際で……っ」
足を折られ、目線の高さがロデリックより下る羽目に陥りながらも、嘲るケンタウロスの言葉を最後まで聞かずに、その喉元に刃を当てて引いた。
そして、吐き棄てるように告げたのだ。
「弓を扱えずとも、貴様等に比べればはるかにマシだ。」
ロデリックはケンタウロスの首から吹き出る返り血を避けもせずに、その青い双眸に怒りの炎が揺らめかせ、死に行くケンタウロスを睨んでいた。
剣兵である事はエルフにとっては恥ずべき事とされていた。
弓が一定の水準以上には扱えぬと言う証であるからだ。
白兵はケンタウロス、射撃はエルフが担うのが一般的であり、その常識から外れている者はよく嘲りの対称になっていた。
ロデリックは、弓を扱うのが下手である。
弓よりは剣や槍の方が得意であったので、やはり嘲りの対象になっていたが彼は其れを甘受して来た。
弓を上手く扱えぬ己が悪いのだと。
だが、ロデリックは今強く思っている。
この惨劇を作り出している連中に較べれば、己は遥かにマシだと。
そして、この惨劇を作り出す輩を許す事はできないと。
だから、ロデリックは走り出す。
助けたゴブリンの老婦人とその孫を自動人形の衛士に託して。
同国人であるからこそ、連中の無道を止めねばならないのだと。
殺してでも止めねばならず、殺されても止めねばならない。
久しく感じることのなかった、成すべき事を成していると言う感覚を思い出しながら、ロデリックは歳若いオークに放たれていた矢を叩き落して、突き進んだ。
ブラウニング軍には、この光景を恥じ入る者は居なかったのだろうか。
或いは、如何に雇われのならず者とは言え躊躇を覚える者はいなかったのいだろうか。
結論から言えば、そんな者達は少なからず居たのである。
そして、彼等もまたこの光景に、我慢が限界に達した。
例えば、エルフの山賊であるイゴー等がその際たるものであった。
彼は今回の襲撃に参加する気などさらさら無かった。
幾ら金を積まれても、やって良い事と悪い事が在るというものだ。
そもそも、ルーグ城砦に攻め入る意味をイゴーには理解できなかった。
反乱軍は大義名分を捨てる所か、女王に献上するようなものだ。
だから、何かのブラフなのだろうと思っていたのだが、奇妙な胸騒ぎを覚えて愛用の弓を片手に矢筒を背負いルーグ城砦へと向かった。
そこで見た結果は、彼の想像以上に酷いものであった。
「……馬鹿野郎がっ!」
吐き捨ててイゴーはすぐさま城門より惨劇が繰り広げられている城壁内へと入り込み、人の居ない露店の屋根に登る。
そして、熟練したものの動きで弓に矢を番えて暴れまわるブラウニング軍に矢を射掛けた。
放たれた矢は、エルフの騎士の頭を射抜いてその命を奪う。
イゴーは戦場を思い返して、吐き気を覚えた。
逃げ出した戦場で覚えた感覚が蘇るかのようだった。
弓兵の一部隊ではトップの腕前を誇ったイゴーであったが、少年と思しき年齢の兵士を射抜いて以降、戦争に嫌気が差して逃げ出した経緯があった。
其れからの彼は酒に溺れ、その酒代や日銭を稼ぐ為に山賊に身をやつしていた。
イゴーの腕前であれば、威嚇だけで金品を奪えたので気は楽になったが、罪悪感が拭える訳も無く、自堕落な生活を送っていた。
其処に来て、ルーグ城砦の襲撃の依頼である。
受けても良かった、その筈なのに、イゴーは其れを了承した振りをして行かない事にした。
断れば口を封じられる、そう言う類の話であると踏んだからだ。
そも、そんな事を行う筈が無いさと無視を決め込んでいたのが、こんな結果を生むとは…。
もし、イゴーがこの情報を衛士である自動人形に伝えていたら、こんな結果にはならなかったはずだ。
この地獄を作り出した、その手伝いを結果としてしてしまったと言う思いは、強迫観念じみてイゴーを責めた。
「俺のヘマは俺が取り返せば良いんだろ!」
叫びながら、イゴーは矢を放ち続けた。
もし、彼が万全であったならば…つまりは酒に逃げ込むことなく、鍛錬を続けていたならばこの争いはもっと違った展開を見せていただろう。
遠く陣取るジャスパー・ブラウニングを狙い撃ちにできたかも知れない。
だが、彼の体は既に軽度とは言えアルコール無しでは生きていけない体になっていた。
そして、酒を飲んでから大分時間が経っていた。
胸騒ぎの命じるままに慌てて城砦に来た事が、仇になったか。
指先がまず震えだして、矢羽を掴む事すら厳しくなっていく。
自身に毒づきながらイゴーは矢を放とうと足掻くが…逆に彼が矢を射掛けられ撃たれた。
露店の屋根から落ちて、気を失う間際に彼が見たのは、コボルトとゴブリンの青年が掛けてくるところであった。
オークのアゾンは兄の代わりにルーグ城砦に参拝に来ていた。
アゾンの兄アギムは種族連合の軍人であり、重装歩兵の一人であった。
その兄の部隊が種族連合の領土と接する南のイルカシュ山、其処に住まうと言うブラックドラゴンが襲来した際に戦って撃退に成功するも、兄達は体に傷を負って寝込んでいる。
勿論、城砦に兄の回復を願ってきたのでは無い。
兄の名代として戦勝報告に赴いたのだ。
戦勝報告とは種族連合に所属する軍人が、大きな手柄を立てた際にルーグ城砦に赴いて、勇者の目覚めを祈ろつつ、その報告を行うと言う風習の俗称だ。
ドラゴンを退けたアギムの部隊の者の半分は死亡して、生き残った者達も、無傷の者など一人とて居なかった。
それ故に功績が目覚しかったアギムの血縁者に向かわせようと言う事になったのだ。
兄は間違いなく勇士であるが、アゾンはそうではなかった。
だから、名代とは言えルーグ城砦に戦勝報告に赴くのは憂鬱だった。
不出来な己と違って、兄はアゾンにとっても英雄だったのだから。
代わりなど務まるはずがない。
アゾンは重い足取りで歩き、漸くルーグ城砦にたどり着いた。
せめて腹ごなしでもしようと、干し肉を露店で買っていた時である。
突如、エルフとケンタウロスの軍勢が攻めて来たのだ。
いや、良く見れば見るからに柄の悪そうなオークやコボルト、ドワーフなんかも混じっている。
訳も分からないままに、アゾンは逃げようとした。
この聖域を襲ってくる者が居るなんて想像だにしていなかった。
邪神官でも復活したのかという恐ろしい考えが、突然閃き恐怖で体が震えだす。
…アゾンは兄と違い、臆病だったのだ。
危機が其処にあっても、如何すると言う決断を下す事ができないほどに。
もし、今少し襲撃者と敵対するエルフの剣士の到着が遅れていたら、その体を矢が打ち抜いていたことだろう。
ゴブリンのマウロは歳若い兵士である。
英雄を夢見て、種族連合の軽装歩兵部隊に先日入隊したばかりだ。
今日は初陣を控えたマウロの為に、祖母が幼い弟と一緒にルーグ城砦に連れてきてくれたのだ。
無事に生きて戻れますようにと祖母は勇者に願掛けし、マウロは勇者のような英雄になりたいと願を掛けた。
さて、そろそろ帰ろうかと言う頃合でブラウニング軍の襲撃を受けたのだ。
突如始まった混乱の最中、マウロは狼狽してしまい右往左往するばかり。
祖母は幼い弟を抱え上げて、マウロに声を掛けた。
「マウロ! 城砦の中へ!」
「あ、ああ…」
祖母に生返事を返した直後だった、狼狽えたままのマウロは横合いから何者かに吹き飛ばされた。
その瞬間に、先程までマウロの居た場所を力任せに振り回された剣が通り過ぎる。
その剣は吹き飛びつつあったマウロの衣服を切り裂き、青みがかった灰色の体毛の無い肌を露出させた。
そして、その肌を隠すように流れ出した真っ赤な血。
石畳の地面を転がりながら、何とか膝立ちになったマウロが見たものは、中年のコボルトが震えながら誰かを突き飛ばすような姿勢で立っていた。
そして、その中年のコボルトを見るからに柄の悪いオークが、剣技など関係ないとばかりに力任せに振るった剣で惨殺する所だった。
「おっさんっ! 何だよ、これ……なんなんだよ!」
崩れ落ちるコボルトにマウロは見覚えがあった。
先程ボーダ鳥の干し肉を買った露店商である。
叫ぶマウロに残忍そうな笑みを浮かべ、血脂のこびり付いた剣を振り上げたオーク。
「マウロ!」
祖母が叫んだ。
このままでは、次は婆ちゃんとヤコポがやられちまう…そう考えたマウロは痛みを訴える背中の傷を無視して立ち上がった。
武器も無い、怪我もしている、しかし、ここで諦める訳には行かないのだ。
振り下ろされる剣を横に飛んで避けて、オークの巨体にタックルを仕掛ける。
ゴブリンとオークの身長差は約二倍。
平均身長が120~130cm程のゴブリンと230~250cm程のオークとでは、純粋な肉体のぶつかり合いではゴブリンに勝ち目は無い。
それでも、今は足掻く為にそうするしかなかった。
圧倒的な体格差の為か、剣を振るう野蛮なオークは下卑た笑みを浮かべて待ち構えていたが、それがそのオークの死因となった。
棒立ちの的を逃さない射手が露店の屋根からそのオークを打ち抜いたのだ。
それと同時にマウロのタックルがオークの足に当たり、その反動でオークは路上に倒れこんだ。
如何にオークと言えども、頭に矢が刺さり脳に損傷を受けては生きる事は出来ない、それだけの話である。
襲撃して来たオークは倒れたが、マウロ達に安息は無い。
誰が助けてくれたのかと、周囲を見渡して露天の上のエルフの射手を見つけた。
一瞬身構えたが、そのエルフは敵を攻撃している、エルフと言えども敵では無いようだと小さく息を吐いたマウロは、見てしまった。
向こうでコボルトの青年が襲われているのを。
「婆ちゃん、ヤコポを連れて城砦の中へ!
俺、何とかやってみるよ!」
先程助けてくれた露天商の姿を思い出す。
マウロを助けずに逃げていれば、自分は助かった筈なのに態々助けて死んでしまった中年のコボルト。
その同族が襲われているのならば助ける以外に道は無い。
祖母と幼い弟に別れを告げて、マウロは駆け出した。
※ ※ ※
…六郎の回想は終わりを迎える。
地に落ちるまでの一瞬の出来事でありながら、何故こうも沢山の情報を得ているのかは分らない。
ただ、この映像情報が正しければ、目の前のこいつらが襲撃者側である事は明白であった。
六郎の様子にただ事では無いと悟ったのか、エルフの少女は引きつった笑みを浮かべて何か語りかけて来た。
だが、六郎には何を言っているのか理解できない。
不思議なもので、先程の回想の中では各々の喋っている言葉の意味は理解できていたのに、今は全く理解できなくなっていた。
周囲のも様子がおかしいと気付いたのか、ざわめきが生まれ、それは次第に大きくなっていく。
(ちょっと…まずいんじゃないかな。)
内心、六郎はそう思うが敵対しようにも、友好的に振舞うにも言葉が分らなかった。
だから、六郎は一歩前へと威嚇するように踏み出して少女に迫るかと思わせながら、一気に右手側へと駆け出した。
そちら側には余り人が居なかったからだ。
素人判断の甘い目測ではあったが、これが攻を奏した。
虚を突かれたブラウニング軍であったが、それでも逃げ出す勇者候補を捕らえようと、エルフの騎士が足元に矢を射掛けた。
六郎はそれを自身でも驚くほどに軽やかに避けて、城壁の方へと駆けていく。
自分がこれほど動けるのが不思議ではあったが、今は必死に逃げるだけだ。
実の所を言えば、これこそが召喚で呼ばれた者が勇者と呼ばれる所以である。
つまり、何の訓練をしていなくとも身体能力が尋常では無いのだ。
半年も軍事訓練に耐え得れば、召喚で呼ばれた異世界人は軽くベテランの戦士を凌駕する。
その事実が勇者クレヴィが恐れられる所以の一つでもある。
彼は25年間も実戦経験を積んで尚、成長していたと言うのだから。
城砦に逃げ込まれてはと、魔術師の少女は慌てた様子で追っ手を繰り出すも六郎は運にも恵まれて、無事に城砦へと駆け込んでいった。
奇妙な事にジャスパー自身は肩を軽く竦めただけで、特に感情を表すこともなかった。
魔術師の少女だけが、金きり声を上げて追っ手を差し向ける為に騒いでいたが、彼女にまともに従う者も稀である為、返って六郎を逃げやすくしていた。
六郎が逃げ込んでから程なくして、城壁内部から襲撃側は外に追いやられて、四方の門が閉じられた。
一気に攻入り城砦奪取を目論んだブラウニング軍は城砦攻略に失敗した。
少なくとも三国が直ぐに懲罰部隊を送っていれば。




