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異世界における武力衝突  作者: キロール
序章
1/88

プロローグ(改定)

 ここバルアド大陸のほぼ中央に位置する古びた城砦は、魔法帝国の遺物である。

 しかし、城砦はその建築年数に反するように、その堅牢さを誇示し続けていた。

 今尚誇示できているのは、多くの幸運に助けられた結果でしかない。

 ここは、一ヶ月前には戦火の只中にあったのだから。


 城砦のテラスに立ち、眼下を見下ろす複数の者達。

 彼等は城砦に住まう者達だが、今この城砦には他国の者達も数多く逗留している。

 不可侵領域と定められたこの城砦が攻められたので、援軍を送り、政治的な処理に追われているのだ。

 眼下には大陸に存在する三国の混成軍団が各陣営に分かれて野営しているが、彼等がその援軍だ。


 階下で扉が開く音が響く。

 軋みをあげる扉はのろのろと開き、二人の人影が扉より出て行く。

 見送る物とて今は無く、まるで咎人の追放の様でもあるが、彼等こそが今回城砦の防衛に尽力した功労者である。


「不条理な事だ。」


 テラスに立つ中年の男が呟いた。

 穏やかそうな風貌ではあるが、その両眼に宿る意思は強く歳相応の口髭と相俟って堂々たる風格を備えていた。

 この城砦の主であり、三世紀もの間この城砦に封じ込められた勇者クレヴィ・アロその人である。

 その言葉にクレヴィを守るようにつき従う数名の衛士達は、無言を守った。

 その不条理さは彼等もまた感じて居たが、どうする事もできないのだから。

 こうして、不義理にもテラスからよりの見送りしか出来ないのは、三国の上層部に不用意な接触を禁止された為だ。

 クレヴィ・アロ、伝説の勇者。その声望は三世紀の眠りの間も落ちることなく、寧ろその眠りが一層神秘性を高め、神聖視するものまで居る始末。

 三国の上層部はそんな男と、三国が手をこまねいている間に武勲を挙げた男を必要以上に接触させたくは無いのだろう。

 だが、この追放劇が後の布石にすらなり得ることを彼等はまだ知らないのだ。

 僻地に追いやっただけで、あの軍人であり妖術師である男が大人しくする筈は無いというのに。

 彼等はあまりにあの男を理解できていなかった。


 衛士の中の一人であるエルフのロデリックは端正な顔を顰めさせて、言葉には出さずとも慙愧の念を露にしていた。

 その不条理を諸国に訴えたのは、彼の所属していたエルフとケンタウロスの二種族による統治がされているシャーラン王国なのだから。


「お前の所為じゃないだろうよ。」


 その表情に気付き、衛士の一人である黒髪の青年が声を掛けた。

 六郎と言う名のこの青年は、クレヴィと同じく異界から呼ばれた人間である。

 黒い髪に黒い瞳とあまり見かけない容姿である事からこの世界では目立ってしまう。

 不運な事に、彼はこの世界に召喚されて早々にこの城砦を巡るゴタゴタに巻き込まれてしまった。

 胸元に下げているペンダントが無ければ、意思の疎通もままならない状態で、彼はよく戦ってくれたとクレヴィは聞いている。


 ペンダントは、嘗てはクレヴィが付けていた物を彼の妻が貸し与えたものだ。

 クレヴィ自身、言葉を覚えるまでは世話になった言うなれば自動翻訳機だが、当然魔法の産物である。

 高名な魔術師である白き導き手グレイウォールの作品であると聞いている。

 そう、この世界には魔術が息づいているのだ。


「ロデリック、君自身は気にしないで欲しい。君は君の誇りが命じるままに剣を取ったのだから。」


 クレヴィは穏やかに告げて、勇敢なエルフの青年を慰撫した。

 ロデリックは自ら所属する国を棄ててクレヴィたちを助けてくれたのだ。

 六郎に対してもだが、彼等には感謝してもしきれるものではなかった。


 さて、階下では扉より現れた二人を見て、野営地に(たむろ)していた混成軍の中から足早に何人もの兵士達が駆けつけてくる。

 其れは国籍のみならず、種族も兵装もてんでバラバラな者達であったが一つだけ共通している箇所があった。

 右の二の腕に黒い布を巻いている。

 それが、如何なる証であるのか、城砦にて戦いに巻き込まれた者達の中に知らぬ者は居ないだろう。


「特別強襲部隊『B・B』(ブラック・ブラッド)か、まさかこの世界で特殊部隊を育成する者が出るとはね。」


 眼下の光景を見下ろしながら、クレヴィは言葉を続けた。

 彼等が一人の指揮官の元で勇敢に戦う部隊だと言うならば、驚くには値しなかっただろう。

 だが、剣と魔法の世界でありながら、三国の種族すべてを内包しながら、苛烈な訓練を施して連帯感を作り、各人の判断で動く恐るべき部隊を結成した男がいたのだ。

 言うまでも無く、今追放され、この城を去る二人のうちの一人である。

 クレヴィ等と同じく異界からの来訪者だが、彼は些かクレヴィや六郎とは来歴が異なった。

 勇者召喚と呼ばれる謎めいた術に依らず、何者かに元の世界から追放されたのだという。

 彼を拾ったのはクレヴィの旧友である妖術師ラギュワン・ラギュ、そして恐るべき死霊術師ロズワグン=ナグであった。

 故にその男の常識は、三国のどれとも重ならず、異質な精神と恐るべき手腕の為に三国に恐れられる結果になった。


 そして、誰よりも警戒を抱いたのがロデリックが所属していたシャーラン王国…いや、正確に言えばエルフの女王を後ろ盾にした人間の男だ。


 今、この大陸において人間と呼べる者は僅かに数名しか居ない。

 クレヴィ・アロと、エルフの女王メレディスに仕える胡乱な青年と、有無を言わさず騒動に巻き込まれた磯山 六郎(イソヤマ ロクロウ)、そして、今まさに追放されつつある異界の軍人にして妖術師、この四名だ。

 この四名とて、真の意味で人間であるのかは甚だ怪しいところだが。

 少なくとも、見かけは完全に人間である。


「私としては、彼の者には留まって貰いたいものですが。下手な事を言えば、諸国はクレヴィ様にも牙を剥きかねない状況でしたので。」


 重々しく口を開いたのは、衛士の一人であるスクートゥム。

 古き言葉で盾を意味する名を持つ女性型自動人形(オートマータ)である。

 その口調とは裏腹に澄んだアルトは歌でも歌うのが似合いそうだ。

 肩程度まで伸ばした金の髪に整った顔立ちとその口調とは裏腹に澄んだ声音は、正に人形と言うべき美しさを兼ね備えている。

 だが、スクートゥムの名に反して、かなり好戦的である。

 彼女の忠誠はクレヴィとその妻レーギーナにのみ向けられている。

 その彼女を以ってしても、諸国との軋轢は避けたかったと言う事だろう。


 彼等の眼下では、集まってきた兵士達が一斉に去り行く二人を見送るかのようにずらりと横一列に並び。


「少佐殿に敬礼!」


 凛とした号令の元、一斉に去り行く二人に敬礼をした。

 一糸乱れぬ行動は練度の高さを示していた。


 号令を口にしたのは、やはりこの城砦を守り続けていた女性型自動人形(オートマータ)の一体であるアルマ。

 古き言葉で武器とか戦争を表した名を付けられた固体だが自発性に乏しく大人しい娘であったと聞く。

 それが驚くべき事にあの特殊部隊の副官を務めているのだから面白い。

 スクートゥム等は、その様子に未だに驚きを露にするのだから尚更だ。


 自動人形(オートマータ)は古の魔法帝国の拠点防御及び要人警護用に造られた動く人形である。

 歯車と人工魔力で動くこの人形達は、愛玩用も含み概ね少年少女或いは年若い女性の姿をしている。

 感情はあれども自発性に乏しい存在であるはずだがクレヴィの妻の影響かこの城砦に居る個体はどれも感情が豊かだ。

 出自は造られた者かもしれないが、己の感情を持ち生きている。

 だが、それも各国の首脳陣が彼等を忌避する要因になっている。自動人形(オートマータ)達はクレヴィとその妻レーギーナにしか従わないからだ。


 敬礼を受けたうちの一人、黒い髪の男は悠然と敬礼を返して歩いていく。

 赤土色の瞳は妖術師としての証であり、悠然と敬礼を返すのは軍人として生きてきた証でも有る。

 立ち並ぶ兵士達は口々に去り行く男を惜しみ、留まるように懇願している。

 約五十名の兵士達の声は、テラスにも良く響いてくる。


「主要種族の者達が軋轢無く一つの作戦に従事する部隊、か。三国の恐れも分からなくは無いが。」


 クレヴィは眼下の光景を見詰めながら、誰に告げるでもなく呟く。

 今はエルフの女王が強権的な政治を行うシャーラン王国、ダークエルフとデモニアの二種族により構成されている軍事国家ギルギ帝国、それにオーク、ゴブリン、コボルト及びドワーフの所属する種族連合ユニオンと城砦の一室ではこの三国の上層部が一堂に会している。

 その一室に近づけば外交儀礼に塗装された諍いの声が聞こえてくる事だろう。

 領土問題、種族間の嫌悪、通商の妨害など彼等の間には問題が山積みだ。

 この城砦が不可侵領域でもなければ、野営している軍団が直ぐにでも戦闘を再開した事だろう。

 それがそのまま種族間の諍いとなっている筈である、少なくとも彼等はそう判断している。

 だから、それを一つに纏めたあの男を一層恐れるのだ。

 その恐怖が自身の権力基盤の崩壊を恐れる物と同一だと気付いているのか否か。


「…幽閉生活の身ではどうしようもないか。出来る事ならば、労に報いたかった。」


 封印を解かれた所でクレヴィには実権は何も無いのだ。

 ただ、伝説からなる声望と卓越した戦闘能力は敬われては居たが同時に危険性があるとしてこの地で幽閉生活を送る事になった。

 これらについては概ね覚悟していたので、クレヴィ自身に異論は無かったが。

 妻と衛士として残ってくれた者達、そして去り行く二人だけは異を唱えてくれた。

 だから、去り行く二人にも助け舟を出したかった。

 三人の衛士達も似たような思いを抱きながら、その二人の背を見送った。

 そうしていたのは彼等だけではなく、悠々と去っていくその背を立ち並んだ兵士達はいつまでも敬礼をして見送っていた。


 その他大勢の兵士達にとっても、この追放は不条理に映る事だろう。

 最も活躍した部隊の長が、何の評価もされずに辺境へと去っていくのだ。

 軍としての機能が損なわれていくのでは無いか、そんな思いを抱かせる光景であった。

 信賞必罰こそが兵士が命を懸けるに値する絶対の価値であるからだ。

 功績をあげた所でその代価が追放では、上がる筈の士気も上がらない。


「このまま終わる事は無いだろうな。大きく時代が動こうとしているのかも知れない。」


 大いなる転換期が迫っていると、運命が決断と言うナイフを、喉元に突きつけてきた気分に陥りながら

 クレヴィは予言めいた言葉を口にした。

 だが、それはこの光景を見ているものならば、誰でも思いついたことだろう。


「連中、本当に愚かな事をしたと思いますよ。奴等の足元が揺らぐのは時間の問題では?」


 六郎が軽口を叩いて、せせら笑った。彼は完全に三国を信頼していない。

 衛士達の苦境に救いの手を差し伸べてくれたのは、去っていく二人であり、その背を見送る兵士達だったのだから。

 その様子を横目で見やって、クレヴィは笑った。


「揺らがずとも分かった事が在るよ。彼等ではこの地を守りきれないと言うことは。」


 クレヴィは16歳の時にこの世界に召喚され、それから25年間戦い続けた。

 三世紀ほど眠って居たとは言え、その経験が錆び付いた訳では無い。

 錆びぬ経験が語るのは、彼等ではこの大陸は守れないだろうと言う確信。

 霧が晴れたら起こり得るであろう他の大陸からの大攻勢に、彼等では対処できない。保身の為に有能な人物を除外するようでは話にならない。


 それでは如何するべきか、幸いにクレヴィにはまだ時間はあった。ある決断をするべきか否かを迷う時間は。

 出来うる事ならば同じ大陸内の内乱で血を流すような愚かなまねはしたくは無いものだと眉根を寄せたままに去っていく二人を何時までも見送っていた。


 一方で、去り行く二人も一度だけ城砦を振り返った。

 未だにこちらに敬礼を向ける部下達。

 遠巻きに此方を見やるその他大勢の兵士達。

 そして、城砦のテラスに見受けられる複数の人影。最後に彼等すべてに敬礼を返して、踵を返す。


「さて、貴公。この先如何する?」


 死霊術師のロズワグン=ナグが口を開いた。

 フードを目深に被った姿から想像できぬ、涼やかな女性の声だ。

 マントの影、ズボンの背後から伸びるトカゲの様な尻尾を、揺らめかせ、可笑しげに問うた。


「暫し、ロズの塔で過ごさせてくれ。それからゆっくり考えるさ…。」


 ローブ姿の黒髪の男はそう笑って告げた。

 そして、過去を思い返すかのように一度双眸を細めて。


「借りは返すさ。良しにつけ、悪しにつけ。」


 黒髪の男…神土 征四郎(カンド セイシロウ)はそううそぶきながら、一度天を仰いだ。

 空には何時ぞやと同じように雲ひとつ無い晴天が広がりを見せていた。

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