自転車から始まる物語。
「ぜぇ、ぜぇ、、、、ぜぇ、、、」
体育の授業で「1500m走」を作った奴は悪魔だ!こんなにも苦しくて脚が前に進まない競技を淡々と出来るみんなはどんな体をしてるんだよ!
「ぜぇ、ぜぇ、、、、ぜぇ、、、」
体育の授業で「1500m走」を作った奴は悪魔だ!こんなにも苦しくて脚が前に進まない競技を淡々と出来るみんなはどんな体をしてるんだよ!
瀬戸内駆。と書いてせとうちかけると読む。両親は元気ハツラツな子供になって欲しいという意味でこの名前を付けたんだろうが、何だよ駆って。
実際の話は
身長165センチ、体重90キロ。
駆どころか、歩く、寧ろ座るぐらいの名前が良かったんじゃないかよ。中学二年生で学年一番のデブにのし上がった駆は、この悪魔の所業である1500m走を全力で駆けていた、つもりである。
「くっそー!今回は負けちまった!」
「何だよ、お前俺に買ったことなんてほとんどないじゃねえかよ」
4分38秒、4分43秒。先頭の二人がゴールを駆けたその約5分後、駆はゆったりと、水浴びを終えたカバのようにゆったりとゴールした。全力で。
9分57秒。1500m走で10分を切った。心臓が痛い。膝が痛い。熱い。苦しい。
「お前ってほんとおっせえよなぁ」「デブだもんな」「見たかよ、あの腹の揺れ」
散々言われて慣れきったクラスメイトからの祝福?を受け、駆はノソノソと教室へと戻った。
つぶやく「俺だって好きでデブになった訳じゃねえんだよ」。
中学二年生という、全てが綺羅びやかなこの時期に90キロもの、みんなよりも約30〜40キロもの余分な重りを背負ってしまったら、その豪華絢爛な青春はとても諸行無常な色合いへと変化してしまう。と言うよりはその綺羅びやかな世界を知らないと言った方が正解かもしれない。
名古屋市昭和区。
名古屋の中でも山の上にあるこの地域は、坂道が多い。そして名古屋で一番の高級住宅街である。文字通りのお屋敷が幾重にも並び、その中ではどんな生活が送られているのかを知る手段はない。
そんな地域、中学生にとっての移動手段は親の車の助手席、もしくは自転車であり、行きか帰りかのどちらかが天国、もう一方は地獄となる。
いりなか駅前のゲームセンターや三洋堂といった本屋へ行こうと思うと、自転車で一旦坂を下り、そこから緩やかな登りと鋭角な下りを行かなければならない。ちょっと変わった街で、その鋭角な下りの横には南山教会という大きな教会があり、信号を少し進んだところにはかの「デロリアン」がぽつんと置いてあるガレージがあった。
一旦、仮想山間を下ってしまえば大きな平野が広がる。その代わりに帰りの仮想山道が駆を襲う。
ただ、雑誌を買うために三洋堂へ行ったのは良いものの、帰り道は逆に鋭角な登りと緩やかな下りしかない状態となる。
「俺って、デブだよなぁ」
ぜぇぜぇと息を吐いて坂を登る。体重90キロにはこの坂はキツい。
「ったく、なんでこんなにキツいんだよ!」
ママチャリのチェーンはギシギシと音を立て、駆の心臓は潰れんばかりに鼓動を打った。
ーーーギシギシ
ギシギシ…ギ…ーーー
バチーン!
炸裂するような機械音と共にチェーンが千切れ、ペダルを回す脚が空転したのは、南山教会からの登りを登り切る直前のことだった。
「おいおい、俺がデブだから千切れたのかよ…」