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99/112

その99

「っ! 大丈夫……?」

「え、ああ……俺はなんとも……」


 ルミナスさんをベッドに寝かせて戻ってきた笹倉さんに声を掛けられて、一応頷いた。

 その自分の声は思ったよりも弱々しく、想像以上にショックを受けていることを自覚する。

 それを見て察したのか笹倉さんは表情を曇らせ、戸惑いがちに聞いてくる。


「もしかして……」

「はっきりとは……でも」

「そっか……」


 曖昧な言葉でも十分察してくれたのか一層悲痛な顔を見せた笹倉さんだったが、一つ二つと深呼吸を繰り返してややぎこちない笑顔を浮かべた。

 そしてこちらに近づいてきたかと思えば、そっと抱きしめられる。


「落ち着いて、今できることをしよう?」

「今できること……?」

「お腹、空いてるでしょ?」


 お腹……ああそういえば夕食前だったか。

 そう言われると途端に空腹を思い出したのか腹の虫がぐうと鳴った。

 とっさのことで麻痺してたが槍を受け止めるのにもそれなりに消耗したし仕方ないだろう。

 それに空腹だと余計悪く考えちゃうって言うし、エージに対して現状何かできることは見当たらない。であれば笹倉さんの言葉に従ってまずは空腹をなんとかしよう。


 そう決めて、夕食を用意し腹が満たされる頃には気持ちも大分落ち着いてきた。

 落ち着いたところで改めて念話を試すがそれはやはり繋がらない。

 だが一息入れたことで変に落ち込むこともなく、ただエージと連絡が取れなくなったという事実をはっきり認識することができた。

 やはり空腹でものを考えてもよくないようだ。


「何があったかは……ルミナスさんが知ってるか」

「そうだね。まずは彼女が目覚めるのを待つしかないと思うよ」

「だなあ。後は情報次第か」


 それから今後の方針を考えるが、エージに連絡できない以上はどうしようもなく、何かしら知ってそうなルミナスさんも今は気を失っている。

 現状できることは彼女が目覚めるのを待つことだけだろう。

 状況が状況なので聖夜のデートはおそらくキャンセルすることになるだろうが、笹倉さんも当然納得してくれた。

 まあ、別の日で補填させてもらいますけどね。

 じゃないともしエージと連絡が取れたときに怒られるだろうから。






 


 翌日の朝。

 目が覚めてまずは念話を試し、やはり繋がらないことを確認した後トイレへと向かった。

 そして日課である尿便意コントロールを使ってお腹をスッキリさせようとして気づく。


「え、使えない……?」


 昨日まで使えたそれが使えないことに衝撃を受けしばし座った状態で固まる。

 だが、それも数秒のことで能力は使わず普通に用を足す。

 能力を使っていつも強制的にしていたが、日課が体に染み込んでいるようで使わずともスッキリだった。

 まさかこんな形でエージが消息不明になった事実を突きつけられるとは……なんだか情けない。


 それよりも能力が使えなくなった件についてだ。

 エージが消息を絶ち結果使えなくなったというのはつまり能力保持者はあくまであっちということだろう。俺はあくまでその能力を繋がりを通して使っていたに過ぎないというわけだ。

 となればビージについても同じだろうことは明白で、万が一ビージがいなくなったときのことを考えるべきかもしれない。

 具体的には無限倉庫に無造作にしまってあるアレコレをなんとかしておかないと。

 っと、その前に一つ確認しておこう。

 そう思い念話をビージに繋ごうとしたタイミングでコンコンとドアがノックされる。


「新城くん、大丈夫? というかそろそろ私も限界かなーなんて」

「あっとごめん!」

「なんだ、また落ち込んでるのかなって心配したけど……大丈夫そうだね」


 笹倉さんの声でずっとトイレに篭ってアレコレ考えていたことに気づき、慌ててトイレから出る。

 いろいろ心配もかけていたようだけど大丈夫だ、元気だと身振り素振りで伝えれば安心したような笑みを浮かべてくれる。

 それから入れ替わるように笹倉さんがトイレに入って俺にお願いしてきた。


「それじゃいつものアレお願いできる?」

「あー使えなくなっちゃったんだよね」

「え!?」


 が、それを断ると彼女は驚きの声を上げた。

 そう、彼女もまた尿便意コントロールによって毎朝お腹をスッキリさせてきた。

 調整した尿便意コントロールにより約束された快便というはなかなかに心地よいものなのである。


「そっか……エージさん……」


 それから漏れ聞こえてくた惜しむような声に笹倉さんもエージがいなくなったことを強く実感したらしいことを悟る。

 無論、今まで他人事に捉えていたわけでもないだろうが念話やら特殊な繋がりやらを感じていた俺とは勝手が違うだろう。

 しかし客観的に見ればなんとも言えない情けないものがある。

 だがその滑稽さが、俺の中の喪失感を少しだけ癒やしてくれた気がした。




 少し気持ちが軽くなった俺はその後、キッチンへと向かい朝食の準備をしつつ先程できなかった確認をするためビージへと念話を繋いだ。


(なあ、ビージ。お前って近いうちにやべえ勢力と争ったり裏ボスと死闘繰り広げたりする予定あるか?)

『いや、ないけど。……なんだ、エージが消えたから俺もってか?』

(ん、まあ少しはそれもあるけどさ、尿便意コントロール使ってみ?)

『……ん、あれ、使えねえじゃん。ってことはアレか、俺もなにかあったらそっちは使えないわけか』

(そ。だから無限倉庫の中身整理しておこうかと思って。とりあえず平和そうなら地道にできるからな)

『そういうことなら大丈夫だ。各国の情勢とかも特に怪しいものもないしユナとのんびりしてる』


 無限倉庫にはそれなりに色々仕舞ってあるから処理するにも時間がかかる。

 だからビージにも万が一が起こりうる何かがあれば急がないとまずいだろうと、そう考えて確認したが幸いにもビージの方は特に問題もなく平和に過ごせているようだ。であれば、時間を見つけて地道に進めることが出来るだろう。


 そう決めたところで笹倉さんがキッチンの方を覗いてきた。ジェスチャーで念話中と伝え、しばらくリビングで待ってもらうようにとアイコンタクトをすれば彼女は頷いてトコトコと歩いていく。

 そんな彼女の後ろ姿を見つつ、ふと気になったことをビージに聞いてみる。


(しかしなんていうかビージはこう、落ち着いてるよな)


 昨日寝る前にもエージについて連絡を入れたがその時も軽く驚いただけで狼狽えたりすることはなかった。

 今も能力が使えないことを知っても、ただそれを確認しただけで平静であると感じる。


『あーまあずっと前にも言ったけどそもそも俺らって死に関してはなんかルーズだからなあ。それにこっちの世界は魔物もいて仲良かった奴が死ぬ姿もなんやかんや見てきてるし』

(そうか……。ビージのほうがその辺り経験豊富だもんな)


 なるほど確かに向こうはファンタジーバリバリの世界。

 ビージが如何に高い能力を持ってようとすべてを守れるわけもないしな。


『おっとそういうのに慣れたとかは思うなよ? 折り合いをつける術を身に着けてるだけで悲しいもんは悲しいし、辛いもんは辛いんだから』

(それは分かってる)


 別に血も涙もないだなんて思うわけがない。

 それを思うと自分自身がそうだと思われてるように感じるし。

 だが、次のビージの言葉には一瞬耳を疑った。


『それにさ。エージについてはそう落ち込むこともないだろ?』

(え?)


 なんでもないかのように告げられ思考が止まりそうになる。

 だがなんとか止まらず頭を回し、何かしら理由があってそう言ってるはずと判断してビージの言葉を待つ。


『ほら、ルミナスさん。彼女はお前のとこに来てとりあえずは無事なわけだろ?』

(ああ。まだ目を覚まさないけど近い内に目覚めるはずだ)

『でも目が覚めたらさショックを受けるよな? あいつの話を聞いてた限りはかなりいい関係だったはずだし』


 ……ああ。

 ビージの言いたいことが分かってきた。

 そう、このままだとルミナスさんは目を覚まして状況を知れば十中八九……いや間違いなくショックを受け傷つくだろう。


『それをあいつが黙って見過ごすと思うか?』

(いや、ありえない!)


 そう、ありえない。

 どんな状況であっても愛する女神様を一人残して消えるなど、あいつには。俺たちには絶対にありえない!


『だったら答えは一つだ。あいつは、戻ってくる。何かとんでもないこと仕出かしてでもあいつは戻ってくるだろうさ』


 その一切の迷いのないビージの言葉が胸の内に残っていた喪失感を一気に消し去っていく。

 ちょっとうれしくて涙が出そうになった。


(――――ありがとう!)

『うわ気持ち悪っ』


 思わず告げた感謝に返ってきたひどい言葉に苦笑する。

 まあ、いいさ。確かに今のは気持ち悪かったしな。

 だからさっさと念話を切って、ちょうどよく出来上がった朝食を両手にリビングへと向かう。




 そうしてリビングで待っていた笹倉さんの前に朝食を置くと、なぜだか彼女はこちらをじっと見つめてふいに笑顔を浮かべ呟いた。


「いいことあったみたいだね」

「ああ、とびっきりのがね!」


 俺もまた笑顔でそれに返すのだった。

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